宇佐盆踊り

はじめに

 旧宇佐市(安心院・院内と合併する前の宇佐市:以下、宇佐市)は宇佐、駅川、長洲、四日市などいくつかの地域に大別され、それなりに面積が広い。一般に宇佐の盆踊りといえばマッカセが有名で、盆踊りの中心に位置づけられており名実ともに宇佐を代表する踊りである。マッカセよりはやや知名度が劣るがレソも盛んに踊られており、マッカセとレソの2種類が、ひとまず宇佐の主だった踊りといえよう。
 しかし地区あるいは集落レベルで見てみると、この2種類以外の踊りも伝承されている。その上、全域に残るマッカセとレソも、その節回しや踊り方には地域差が認められる。まだ踊りに行ったことがない地域も多い上に、各地域の特色をまとめた文献もめぼしいものがないためいささか知識が不十分ではあるが、今の段階でわかっていることを元に、どうにか宇佐市の盆踊りの特徴をまとめてみたい。

「まっかせ踊り」と「マッカセ」

 一般に、宇佐地方の盆踊りを「まっかせ踊り」と呼ぶことが多い。「まっかせ踊り」と「マッカセ」は同義ではなく、「まっかせ踊り」はマッカセをはじめとしてレソ、ヤンソレサなどこの地方の一連の地踊りの総称である。当地においては、盆踊り=マッカセといってもいいほど、広く人口に膾炙している。そのため「レソ」や「唐芋踊り」などは「マッカセ」に追従するものであると捉えられているため、固有の踊り名称の知名度がマッカセに比べて著しく劣るようだ(踊ったことはあっても名前がわからないという例が多い)。マッカセ偏重の傾向は時間配分に如実に現れており、マッカセを踊る時間は他の踊りの時間よりも明らかに長い。
 マッカセは大分県内のかなり広範囲に亙って流行したようで、現在の伝承範囲は日田地方・玖珠地方・下毛地方・宇佐地方・西国東地方に及ぶ。それぞれ、今なお高い人気を保っている地方もあれば下火になっている地方もあるが、大分県内で10本の指に入るくらいに盛んな踊りであるといえる。もちろん地域ごとに節回しや踊り方は異なるが、マッカセの本場は宇佐なので、県北の盆踊りは、宇佐の盆踊りの影響を多かれ少なかれ受けていると言える。

宇佐盆踊りの概要

 かつては「まっかせ踊り大会」と称して、宇佐市全体の懸賞盆踊り大会が開かれていたのだが、どうも近年は開催されていないようだ。それでも盆踊りはそれなりに盛んで、集落或いは大字ごとに「供養踊り」「観音様の踊り」「地蔵踊り」などの名目で公民館或いはゲートボール場、小学校などの広場で踊っているほか、お寺主催の盆踊りも数箇所で続いているため、一夏に何回かは踊る機会がある。盆踊りの内容は昔ながらの地踊り(まっかせ踊り)で、通常はテープなど使わずに地域の人が櫓の上で音頭を取り、それに合わせて踊っている。伴奏は太鼓のみで、その叩き方は、速見地方(山香や杵築周辺)ほどではないにしろ入れバチを多用する早間のもので、やや技巧的な面もある。
 マッカセとレソは全域に伝承されており、最低でもこの2種類は必ず踊っている。多い集落では今でも5種類程度の踊りが伝承されており、おそらく昔は全域で、5種類程度は踊っていたと思われる。踊るときは必ず右手にウチワを持ち、そのウチワをくるくると回したり叩いたりする所作に、宇佐地方独特の特徴がある。全体的に所作が大きくて躍動感があり、県南の方の盆踊りとは対照的。大雑把に踊る人といちいちウチワをねじ回しながら踊る人では見た目に大きな違いがあり、それぞれの良さがあると思う。また、地域差も大きい。通り一遍にどの踊り方が正調であると決め付けて観光化されることなく、生活の中に残ってきた踊りであることが伺える。
 隣接する山香町の盆踊りでは一般に、数種類の踊りをループして切り替えていく傾向にあるのに対して、宇佐市においてはループせず、全ての踊りを1回ずつ踊って終了することが多いようだ。前者の場合は切り替えの頻度が大きいが、後者は頻度が小さい。従って、同じ踊りを踊り続ける時間が長くなり、先述したが宇佐市の場合はマッカセ>レソ>その他の順に比重が置かれているため、マッカセを極端に長く踊り続けることが多い。それは、マッカセは段物口説なので長時間口説き続けるのに向いている上に、1節で7・7の句を3句(計42字)分を口説くので、1節辺りにかかる時間が他の唄と比べても特に長いからだろう。レソは1節2句なので、たとえばマッカセとレソを同じテンポで10節唄っても、かかる時間は圧倒的にマッカセの方が長くなる。まして節回しがなかなか変化に富んでいるため、音頭取りに厭きが来にくいのだろう。おまけに踊りの方も、誰もが踊れるしそれなりに楽しい踊りなので、大きな輪が立ち易い。このような理由からマッカセ偏重の傾向が生じていると思われるが、それに伴ってマッカセとレソ以外の踊りを踊る時間は短時間になりがちである。なお、踊りの切り替えには速見地方や国東地方と同様、切り替えの文句を用いる。伴奏に太鼓しか使わないので、全く途切れることなくなめらかに次の踊りに移行することができる。

宇佐・馬城の盆踊り

 当地域では、大抵マッカセ・レソ・ヤンソレサ(二つ拍子)・らんきょう坊主の4種類を、この順番に踊っている。唄も踊りも、隣接する山香町大字向野のものとほぼ同じ。どれも5呼間から6呼間程度で最初の手に戻るごく易しい踊り方。子供からお年寄りまで、誰でも簡単に踊れるようなものばかりなので、特定の踊りで輪が小さくなったりすることもなく、踊りがよく揃う。
 マッカセとレソはそれなりに似通った手振りで、うちわを1度叩き、手首を返しながら継ぎ足で円心向きになり片足を蹴り出して下がるような踊り方をする。この所作は宇佐地方の盆踊り独特のもので、西国東地方の盆踊りの所作にも取り入れられている。反対にヤンソレサ(二つ拍子)は西国東地方の方が盛んで、その節回しは速見・国東地方が本場の二つ拍子(ヤンソレサ)や杵築踊り(六調子)の類と似通っており、踊り方に至っては西国東一円に残るヤンソレサ(二つ拍子)と全く同じ。継ぎ足で前に出ながら2度うちわを叩き、ナンバで歩きながら円心向きになるような踊り方。宇佐が先か国東が先かはわからないが、おそらく西国東から宇佐に入ってきたのだろう。当地に残る4種類の踊りの中では唄も踊りも最も素朴なものであり、おそらく成立年代はこれが最も古いだろう。反対に、マッカセが最も新しいのではないだろうか。もちろん断定はできないが、まあマッカセよりはヤンソレサの方が古いだろう。素朴な唄だが、イレコを挟むなどして変化をもたせている。
 残るはらんきょう坊主だが、これはこの地に残る踊りの中でもやや趣が異なっている。他のものが段物口説であるのに対して、この唄のみ一口口説。しかも詩形が風変わりで、奇数節では下の句の頭3字を伏せて唄っておいて、偶数節の際に前節の下の句を返して唄い、ここで初めて下の句の頭3字が出てくるという、なんともおもしろい返し方をする。これは宇佐の俚謡の特徴なので、この唄はおそらく宇佐発祥のものだろう。隣接する山香町向野地区や豊後高田市のごく一部の集落にも残っているが、全県的に見ればごく局地的な伝承にとどまっており、とても珍しい唄・踊りである。らんきょう坊主という名称も意味不明でおもしろいが、これはかつて「らんきょう坊主が…」云々の文句があったのだろう。それを筆頭に唄っていたので、唄い出しをとってそう呼んだと思われる。踊り方は安心院町の「大津絵」をさらに簡単にしたようなものでごく易しいが、独特の所作があり、マッカセやレソ、またヤンソレサとは全く別種のものである。何から何まで異色ならんきょう坊主踊りは、盆踊りの最終に短時間踊られている。
 現在は上記4種類に限られているが、昔は唐芋踊りをはじめとして、杵築踊り等も流行した時期があったと思われる。特に唐芋踊りに関しては、山香町で昭和30年頃まで踊られていたという記録があり、現在も駅川の一部集落に残っていることから、その中間に位置する当地域において踊られなかったとは考え難い。おそらく、あまりに簡単な踊りであったので興味を引かれなくなり、マッカセ・レソなどのおもしろい踊り・流行の踊りに人気を奪われ、いつしか踊られなくなり忘れられてしまったのだろう。唐芋踊りに関しては次項で詳述する。
 宇佐・馬城の両地域では、集落ごとに供養踊りをしている。また南宇佐の大楽寺では毎年8月21日に観音様の踊りをしており、この日は踊り手にたくさんのお接待が出るので比較的大きな輪ができている。8月の終わり頃に、宇佐神宮の辺りで八朔踊りも踊っているようだ。

駅川の盆踊り

 当地域の踊りはマッカセ・レソの2種に限られつつあるが、法鏡寺などごく一部の集落に唐芋踊り(ヨイトナ)も残っている。マッカセとレソは、節回しも踊り方も、宇佐・馬城とはやや異なる。踊り方は簡単だが、レソの節回しは宇佐・馬城よりはやや技巧的で、唄い出しの頭3字を長く引き伸ばしている。太鼓の叩き方も独特で、殊にレソの唄い出しの部分の叩き方に特徴がある。踊りはごく易しいが、宇佐・馬城ほどマッカセとレソの踊り方が似ておらず変化がつくので、たとえ2種類しかなくてもそれなりに楽しく踊れる。
 マッカセは、宇佐・馬城のように円心向きにはならずに、常に輪の進む方向(前)を向いたまま踊る。それ以外は大体同じだが、片足を蹴り出す所作がない。。おもしろいのは3句目の唄い方で、間にサーという音引きを挟んだ分、下7字を詰めて唄うために節の終わりがストンと切れるようになっている。レソは、ナンバで数歩前に進んで円心を向き、うちわを回しながら両手をすくい上げるようにして左、右と動いて2歩下がってうちわを叩くような踊り方で、こちらも片足を蹴り出す所作がない。節回しの特徴としては、唄い出しが高調子であることが挙げられる。先に述べたように頭3字を長く引き伸ばすのだが、その伸ばす部分が高音であるために音頭取りが声を張りやすく、理にかなった節になっている。マッカセに比べると単純な節ではあるがなかなかおもしろい。
 最後に唐芋踊りだが、これは西国東地方一円に残る六調子(速見地方・東国東地方のものとは異なる)と同種の唄である。ただし、西国東の六調子は高速で、しかも高く唄い出したり低く唄い出したりと自由奔放に節を変えながら唄っていくのに対して、この地の唐芋踊りはマッカセなどと同程度のテンポで、常に同じ節回しで唄っていく。また踊り方も西国東地方とは全く異なる。西国東ではうちわを何度も叩きながら踊り普通7呼間程度で初めの手に戻るのに対して、ここではナンバで前に出て円心を向き、片足ずつ浮かせながらうちわを2回叩くのみ。わずか3呼間で初めの手に戻るという、ごく単純な(単調な)踊り方である。この唄が駅川発祥か西国東発祥かはわからないが、駅川の唐芋踊りの方がより古い形なのだろう。また、この地に残る3種の踊りの中では最も古いものと思われる。誰でも踊れる簡単な踊りだが、唄も踊りもあまりに簡単でやや単調なので厭き易く、現在は一部集落で盆踊りの最終にごく短時間踊られるのみとなっている。或いは、昔はこの踊りを初めに踊り、ある程度輪が立ってからマッカセやレソなどといった「流行の踊り」に移行していたのかもしれない。
 駅川地域では、集落或いは大字ごとに供養踊りをしている。また法鏡寺では毎年8月17日に観音様の踊りをしている。この地域は踊りの種類の減少が著しいが、まだまだ盆踊りはそれなりに盛んに行われていると言えるだろう。

長洲・柳ヶ浦の盆踊り

 この地域の盆踊りには行ったことがないのであまり詳しくは書けないが、踊りの種類はマッカセとレソに限られつつあるようである。長洲の一部集落に唐芋踊りが残っているほか、かつてはエビすくい踊り、相撲取り踊りなども踊っていたようだ。エビすくい・相撲取りの両踊りに関しては西国東地方の一部地域でもかつて踊っていたようで、おそらく西国東から宇佐にかけての沿岸部を中心に流行したものと思われるが、現在全く廃絶している上に音源なども残っていないようで、踊り方どころか節回しも文句も全くわからなくなってしまっている。これらの踊りが廃絶したのは相当に昔のことだろうから、もう覚えている人もいないのではないかと思う。
 ところで、民謡大観北九州篇を見ると、「マッカセ」の題で、どこをどう見てもマッカセではない長洲の盆踊り唄が掲載されている。近隣に同種の唄が全く見られず、今も残っているのかどうかもわからない。どうして「マッカセ」の題になっているのかというと、おそらく地元の人が民謡大観の編纂に携わった人達に曲名を尋ねられたときにそう答えたからだろう。そこに、尋ねた側と答えた人との間の意識の違いが見てとれる。つまり、質問に答えた地元の人は「まっかせ踊り」(地踊り)の中の1曲としてその唄を捉えており、その唄固有の名称はあまり意識しておらず、「まっかせ踊り」の意で「まっかせ」と答えたと思われる。それに対して、尋ねた側は「まっかせ踊り」と「マッカセ」が同義でないという事実に気付かず、踊り名としての「マッカセ」と捉えてしまったのではないだろうか。
 この点からもよくわかるように、伝承の盆踊りを名称だけで分類するのは極めて危険なことである。なぜかというと、めいめいの踊り・唄の名前など、地域ごとに個々人が好き勝手に呼んでいるに過ぎないからだ。特に「一つ拍子」「三つ拍子」「扇子踊り」など、踊り方から生じた名前は、唄の分類には全く役に立たない。伝承の踊り・地踊りを地域ごとに比較しながら紹介したりまとめたりする場合、このことをいつも肝に銘じておかなければならないと思っている。
 ずいぶん脱線してしまったが、いつかは長洲・柳ヶ浦の盆踊りを訪ねて、当地のマッカセやレソの節回しと踊り方、それと謎の「マッカセ」についても、詳しいことをまとめてみたいと思っている。同時に、エビすくい踊りや相撲取り踊りなどに関しても聞き取り調査などできればと思う。また、長洲の盆行事は御殿燈籠を燃やすなど非常に特徴的なので、それについてもこれから詳しく調べてみたい。

四日市の盆踊り

 この地域の盆踊りにも行ったことがないのだが、聞いた話ではほとんどの集落において、マッカセとレソに限られつつあるようだ。唐芋踊りなど、その他の踊りも少しは残っているのかもしれないが概ね下火になっているのだろう。
 マッカセの踊り方は安心院や院内のものに近く、宇佐・馬城や駅川のそれとは全く異なる由。レソは、加藤正人著「ふるさとのうた」によれば、返しがついている。レソに返しをつけるのはとても珍しく、昔は山香町山浦地区にも返しをつける人があったそうだが、今となっては四日市に残るのみだろう。節回しの点でも、駅川や馬城・宇佐と大きな違いがある。すなわり、駅川などで下の句の頭3字を上の句の後にくっつけてしまうのだが、四日市のものは上の句と下の句がきれいに離れているのである。ところが、四日市と駅川との間に単純に区分線を引くことはできない。なぜなら西国東地方においても、下の句の頭3字の扱いは地域によってバラバラなのである。或いは、四日市においても下の句の頭3字を上の句にくっつけて唄う集落もあるかもしれない。四日市は広いので、十分に考えられる。
 何分わからないことが多いのだが、四日市では集落や大字ごとに供養踊りをしているほか、8月16日に大乗寺でも盆踊りが開かれている。宇佐市の中心となる地域であり人口が多いので、盆踊りもそれなりに盛大であると思われる。

おわりに

 いささか不十分な内容になってしまった。時間はかかると思うが、少しずつ加筆・訂正していきたい。

盆踊り唄一覧

「マッカセ」
(長洲) <77・77・77段物>
 ☆わしが出しますヤブから笹を(ソレマッカセマカセ)
  つけておくれよ(コラショイ) ナント短冊を(ヤホーイコリャ)
  それじゃこれから文句にかかる(ソレー ヤートハーリサテ ヤートホイ)
(南宇佐) <77・77・77段物>
 ☆女房エー 持ちにて二人の子供(ソリャマッカセマカセ)
  二人子供は(ヨイショヨイショ) 伊達には持たぬ(ドッコイドッコイナ)
  二人子供のあるその中に(ヤットハーリハリ ヤーノエイ)
(法鏡寺) <77・77・77段物>
 ☆しばしヨー オー間は マカセでせろな(ソラマッカセドッコイセ)
  しばしサ 間は(ヨイショヨイショ) マカセでせろな(ヨイヨイ)
  マカセマカセのサ お囃子頼む(トハーリハリ ヤーノヨイショヨイショ)
(四日市) <77・77・77段物>
 ☆しばしエー 間はマカセでせろな(ソラマッカセマカセ)
  しばし間は(オイオイ) マカセでせろな(ドスコイドスコイドスコイ)
  マカセマカセのコラエー お囃子頼む(ヤトハーリハリ ヤーノエー)

「レソ」
(宇佐市南宇佐) <77段物>
 ☆紺の暖簾に桔梗の御紋 コラサットコサ 紺の(アードスコイドスコイ)
  暖簾に桔梗の御紋(ソレーヤ ソレーヤット ヤンソレサ)
(法鏡寺) <77・75一口口説>
 ☆レソを 踊るなら品よく踊れコラサノサ 品の(ヨイショヨイショ)
  良いのぬ嫁にとる(ソレイヤ ソレイヤット ヤンソレサ)
(四日市) <77・75一口口説>
 ☆レソを踊るなら ドッコイ しな良く踊れ コラサノサ
  しなの良いのぬ嫁にとる(レソーヤ レソーヤ ヤットヤンソレサイ)
  良いのぬ ドッコイ 良いのぬしなの コラサノサ
  しなの良いのぬ嫁にとる(レソーヤ レソーヤ ヤットヤンソレサイ)

「らんきょう坊主」
(南宇佐) <77・75一口口説>
 ☆待つがナー コリャよいかよ(ヨイショヨイショ) 別れがよいか(別れよ待つがよい)
  嫌なナー コリャ別れよ(ヨイショヨイショ) 別れよ嫌な(別れよ待つがよい)

「唐芋踊り(ヨイトナ)」
(法鏡寺) <77段物>
☆今年ゃ浦辺の唐芋(ヨーイヨイトナ) 唐芋をやろか(サノサ)

「ヤンソレサ」
(南宇佐) <77・77段物>
 ☆そこでどなたか入れ子はないか(オトショイ コラショイ)
  そこでどなたか入れ子はないか(ヤーンソーレ ヤンソレサ)
 ○ヤンソレサ音頭さんちょいと止めた(アーちょいと止めた)
  お留め申すは気の毒じゃ(アー気の毒じゃ)
  気の毒ぁ蔓にしておいて(アーしておいて)
  私が一言入れまする(アー入れまする)
  私が音頭に謎かけよ(アー謎かけよ)
  私がかけたら解いてたも(アー解いてたも)
  十三娘とかけたなら(アーかけたなら)
  それまた音頭さん何と解く(アー何と解く)
  音頭が解かねばわしが解く(アーわしが解く)
  十三娘とかけたのは(アーかけたのは)
  竹やぶ雀と解きゃせぬか(アー解きゃせぬか)
  さわれば逃げるじゃないかいな(アーないかいな)
  さあさ音頭さんにお返し申す(オトショイ コラショイ)
  さあさ音頭さんにお返し申す(ヤーンソーレ ヤンソレサ)
☆今の入れごとなかなかお上手 さてもお上手な入れ子の後で

盆踊り唄   ※民謡大観には「マッカセ」とあり。
(宇佐市長洲) <77・75切口説>
☆嫌じゃ嫌じゃよ(ハドッコイショ) 畑の芋は
 頭振る振る ホントニ子ができる