三つ拍子と豊前踊り

はじめに

 今度紹介する「三つ拍子」は、「三つ拍子(蹴出し)」とはまた別のもので、「豊前踊り」と呼ばれているものである。この踊りは、かつて大分県北部でそれなりに盛んに踊られていた。平成25年現在、山香町と安心院町・耶馬溪町・山国町を除いて下火になってしまっていて、今では全く踊らなくなってしまったところもある。そのためバリエーションがやや少ないが、ひとまず大分県内で唄い踊られるいろいろな「豊前踊り(三つ拍子)」を簡単にまとめてみることにする。

 二つの呼称「三つ拍子」と「豊前踊り」は地域ごとに片方しか通用しておらず、両方の呼称が通用する地域はないようだ。「豊前踊り」の呼称が通用している(いた)のは山香町中山香・東山香・立石、日出町藤原、杵築市大片平、大田村、安岐町、武蔵町、国東町で、いずれも「豊後国」にあたる地域である。「豊前国」の地方から入ってきた踊りといった程度の意味で「豊前踊り」と呼んだと思われ、そうであれば杵築や大田、安岐などの「豊前踊り」はみな山香から伝わっていったものと考えられる。ところで「豊前踊り」と呼んでいる地域では「三つ拍子」というと普通「蹴出し」の方を指す。きっと「三つ拍子(蹴出し)」の方が早くから伝わっていたために、あとから伝わってきた別の「三つ拍子」を、区別のために「豊前踊り」と呼んだのだろう。

 それに対して「三つ拍子」の呼称が通用しているのは山香町上村・山浦、別府市天間、安心院町、院内町、耶馬溪町、山国町で、このうち安心院町と院内町、耶馬溪町、山国町が「豊前国」にあたる地域である。「三つ拍子」の呼称はごく単純で、踊りの所作が一巡するうちに3回うちわを叩くのでそう呼んでいるだけだろう。当然だがこの地域では「蹴出し」を「三つ拍子」と呼ぶことはない。このうち、耶馬溪町のものと山国町のものは節回しも踊り方もやや異質な感じがするが、ここでは同系統とみなして一緒に紹介することにした(その理由は後述)。

 節回しは、瀬戸内海沿岸に広く伝わっている段物口説の盆踊り唄の類で、特に珍しい点はない。大分県でいえば別府湾沿岸部の「二つ拍子」とか「六調子」、西国東方面の「杵築踊り」や「ヤンソレサ」などの亜種というべきもので、しいて言えば中囃子を欠いているのが特徴である。これから各地の「豊前踊り(三つ拍子)」を紹介していくが、まず山香町からスタートして日出町・杵築市、大田村・安岐町・武蔵町・国東町と進む。ここで山香に戻って、安心院町・別府市・院内町と進み、最後に耶馬溪町・山国町で終わりにしようと思う。では、山香町の「豊前踊り」から… 

豊前踊りいろいろ

a 「豊前踊り」(山香町中地区・東地区・立石地区※大字向野を除く)

☆豊前踊りはしなよい踊り(ハイハイ) イヤサソウカナ しなよい踊り

 (アラヨーイサッサノ ドッコイショ)

 

 aは長調の田舎風の節回しで、「豊前踊り」と呼んでいる地域の中ではそれなりにテンポが速い方である(あくまでも豊前踊りというワクの中で)。上の句と下の句の間の「ハイハイ」は囃子ではなくただの掛け声なので、なくてもよい。同系統の「二つ拍子」や「六調子」では間に「アラサーヨイヨイ」とか「アラショイコラショイ」等の囃子を挿む上に、「豊前踊り」よりも少しテンポが遅いのでのんびりとした雰囲気だが、「豊前踊り」は軽やかな感じがする。太鼓の叩き方も、ドドカカドンカカ…という簡単な手を早間に繰り返すもので、「二つ拍子」の太鼓の叩き方とは全然違う。

 踊り方は「二つ拍子」によく似ているが、テンポの違いが細かい所作に影響していて、「二つ拍子」では裏拍で踏み出す部分も「豊前踊り」では全て表拍になっている。また、「二つ拍子」は唄と踊りがずれていくので揃いにくいのだが、「豊前踊り」は唄と踊りがぴったり合うので揃いやすい。このことから、踊りの手数がより少ない「二つ拍子」よりも「豊前踊り」の方が親しみやすいようだ。

(右回り)左足を前に踏みながら両手を開き気味に下ろし、右足を左足の横に寄せながら両手をフセで胸の前あたりまですくいあげて軽く握るように返す。これの反対、反対、反対で都合4回すくう(このとき、右足に体重が乗って左足を寄せた状態)。イヤサ…のところで、両手を軽く流しながら左足から3歩下がり、右足から3歩出ながら右にカーブして輪の中を向き、左足をトンとつきながらチョンチョンと手拍子、左足を輪の進む向きに踏みかえてチョンと下向きに手拍子で両手を開き、右足を左足の横に寄せながら両手をフセで胸のあたりまですくいあげ軽く握るように返す。右足を前に踏みながら両手を開き気味におろし、左足を右足の横に寄せながら両手をフセで胸の前あたりまですくいあげて軽く握るように返す。

 この踊り方だと、後ろにさがり始めるところがちょうど「イヤサソージャナ…」の部分に重なっているのでわかりやすい。都合6回すくうのだが、上の句の頭から数え始めると4回+下がって進んで手拍子+2回となっている。言い換えると、「アラヨーイサッサノ…」の囃子の頭から数え始めると、6回+下がって進んで手拍子となるということである。一方立石地区の一部地域においては、上の句の頭から数えた場合に6回すくって下がって進んで手拍子と踊る例も見られる。この場合は下の句の「しなよい」でさがり始めて、「ドッコイショ」のところに手拍子のチョンチョンチョンが重なる。唄と踊りの関係が違うだけで実際はどちらも同じ踊り方なのだが、「イヤサ」でさがり始める踊り方の方が、よりわかりやすい。よその「豊前踊り」や「三つ拍子」は、上の句の唄い始めに合わせて規定の回数(6回か5回)すくうか流すかしてからさがり始めるのが殆どであって、下の句の囃子部分からすくい始めるのは珍しいようだ。

 「豊前踊り」があちこちで廃れている中、aは平成20年代に入っても盛んに踊られている。中山香・東山香・立石(向野除く)においては「三つ拍子」「二つ拍子」「セーロ」「祭文」「豊前踊り」の5種類の地踊りが踊られている。ほかに、今は踊っていないが昔は「六調子」「三勝」「一つなーえ」「粟踏み」「唐芋踊り」など数多くの地踊りがあった。この中では、「豊前踊り」は比較的新しいと思われるが、一連の地踊りとしてすっかり定着している。反対に、おそらく杵築方面から入ってきたものであろう「六調子」は踊り方が難しかったので、昭和30年代にはまだ踊っていたそうだが今は全く踊らない。「豊前踊り」が都合6回すくう踊り方であることや節回しの類似性から混同したのか、これを「六調子」と呼ぶ人もあるが、もともと「六調子」と「豊前踊り」は全く別の唄・踊りである。

 

b 「豊前踊り」(日出町清水)

☆豊前踊りはしなよい踊り イヤサソウカナ しなよい踊り

 (アラヨーイサッサノ ドッコイショ)

 

 日出町藤原の清水集落はかつて東山香村だったが、交通不便のため日出に分割編入された。盆踊りは山香の踊りが伝わっていたそうで「豊前踊り」も踊ったとのことだが、現状は不明。

 また、杵築市大片平のうち境木などは、東山香村と同一の経済圏・文化圏であったので盆踊りにも山香の影響が見られた。戦前までは杵築の踊りである「三つ拍子」「六調子」「祭文」「セーロ」に加えて山香の踊り「二つ拍子」「レソ」「豊前踊り」も盛んに踊られていたほか「ストトン節」「東京音頭」「別府音頭」なども踊ったらしいが、現在踊られているのは「三つ拍子」「六調子」「祭文」の3種類(稀にセーロも踊る)。豊前踊りは廃絶している。

三つ拍子いろいろ

e 「三つ拍子」(山香町上地区 日指)

☆よんべ山香の踊りを見たら おうこかたげて鎌腰差いて

 (アラヨーイサッサノ ドッコイショ)

 

 eは「三つ拍子」と呼ばれているが、実際は山香町中・東・立石地区に伝承されているaの「豊前踊り」とほぼ同じものである。「三つ拍子」というのは踊りの所作が一巡する間に3回手拍子を打つという意味だろうが、現在、日指では手拍子2回で踊っている(後述)。節は、こちらの方がやや平板な感じがする。テンポもやや遅いような気がするが、これは唄い手の個人差の範疇かもしれない。aの「豊前踊り」では「よんべ山香の踊りを見たら、イヤサソージャナ踊りを見たら」と上の句を返して唄っているのに対して、eの場合は上の句を返さずに唄っている。そのため、こちらの方が文句の進み方が倍速い。

 踊り方は、立石地区の一部で踊られている、6回すくってさがって進んで手拍子を打つ踊り方とほぼ同じ。(右回り)左足を輪の進む向きに踏みかえてチョンと下向きに手拍子で両手を開き、右足を左足の横に寄せながら両手をフセで胸のあたりまですくいあげ軽く握るように返す。右足を前に踏みながら両手を開き気味におろし、左足を右足の横に寄せながら両手をフセで胸の前あたりまですくいあげて軽く握るように返す。これの反対、反対、反対、反対で都合6回すくう(このとき、右足に体重が乗って左足を寄せた状態)。鎌腰…のところで、両手を軽く流しながら左足から3歩下がり、右足から3歩出ながら右にカーブして輪の中を向き、左足をトンとつきながらチョンと手拍子ではじめに戻る。手拍子は都合2回(チョン、チョン)であって、これは「三つ拍子」の呼称から乖離している。おそらく昔は中地区などの「豊前踊り」と同様「チョンチョンチョン」と早間に3回手拍子を打っていたのだろうが、踊り方がよく似ている「二つ拍子」の手拍子の打ち方に影響されて、「三つ拍子」のときにも「チョン、チョン」と打つように変化したのだろう。

 山香町上地区では「二つ拍子」「三つ拍子」「レソ」「蹴出し」のほか一部では「マッカセ」なども踊られている。「三つ拍子」はゆったりとした踊り方で疲れないし、唄と踊りの頭が合っているので踊りが揃いやすく、輪が立ちやすい。なおこの地域の「二つ拍子」は、中地区のように裏拍を踏まずに全て表で踏んでおり、「三つ拍子」と全く同じ所作で、ただ単に2回すくうか6回すくうかの違いだけである。唄の節もよく似ているので、「二つ拍子」と「三つ拍子」が続くとやや飽きやすい。上地区は高齢化が著しく盆踊りをやめてしまった集落も多いが、細々とではあるが今のところは命脈を保っている。

 

 

f 「三つ拍子」(安心院町津房地区 楢本)

☆鈴木主水という侍は 女房持ちにて二人の子供

 (アーヨーイヤサッサノ ヤレマカショイ)

 

g 「三つ拍子」(安心院町津房地区 尾立)

☆東西南北 静まりたまえ こいさ大事なお供養の踊り(ヨーヤーナ ヨーヤーナ)

 

 fとgは囃子が違うだけで、節回しも踊り方も全く同じなのでまとめて紹介する。eと同じく「三つ拍子」と呼んでおり、やはり踊りの手が一巡する間にうちわを3回叩くことからだろう。テンポはeよりも若干速く、付点のリズムを多用している。現在、安心院町の盆踊り唄の文句は一口口説が主流になっているが、「三つ拍子」では段物と決まっている。内容は「盂蘭盆経」や「鈴木主水」などポピュラーなものが多い。

 踊り方は、何回もすくう点など山香町の「豊前踊り(三つ拍子)」に類似している部分もあるが、こちらの方が複雑でややわかりにくい。特に足運びが忙しく、外に踏み出しては継ぎ足で内に踏みかえていくのがややこしい。山香では継ぎ足をそえるだけだったのが、踏みかえ踏みかえ踊るので、それにつられて所作も大き目である。(右回り)右足を左足の前に踏み出してすぐ左足を寄せて体重移すとともに両手を胸の前あたりまですくいあげ、右足を少し輪の中向きに踏みかえるとともに両手を開き気味に下ろす。これの反対、反対、反対で、継ぎ足を交叉するようにして進む。通しで、左前・右前・左前・右前とジグザグに進んでいく。右足を左足の前に踏み出してすぐに左足を寄せて(体重は右足のまま)両手を胸の前あたりまですくいあげ、左足をやや右向きに前で踏むとともに両手を左に捨てる。右に反転し輪の中を向き、右足を右後ろに踏みながら右下でうちわを叩く。左足に体重を戻し、左に反転して右足を左足の前に踏み込むとともに両手を左に捨て、左足に体重を戻す。右に反転し輪の中を向き、右足を右後ろに踏みながら右下でうちわを叩く。輪の進む向きに左足を踏み、右足を僅かに右に踏んで両手を小さく開き、左足を右足に寄せて束足になりながらうちわを叩き、左足を少し輪の外向きに踏み出す。最初に戻って、ジグザグに進む。 こうして言葉で書き表すととてもややこしいのだが、実際は最後に束足でうちわを叩くところ以外は途切れることなくなめらかに踊る。唄と踊りの頭がぴったりと合っているのでそれなりに踊りは揃うのだが、やはり所作が込み入っていてわかりにい。慣れればどうということはないが、初めての人にはハードルの高い踊りである。

 安心院町津房地区では「ばんば踊り」「三つ拍子」「マッカセ」「レソ」「蹴出し」「二つ拍子」「大津絵」「七つ拍子」の8種が踊られている。昔は「せきだ」や「六調子」「三勝」なども踊ったと思うが、今は踊っていないようだ。現在踊られている8種の地踊りのうち「ばんば踊り」は庭入りに伴う踊りで、一般の地踊りは7種類ということになるが、このうち「七つ拍子」は踊り方がややこしく多くの集落で廃絶している。残る6種類はどれも簡単な踊りで、「蹴出し」と「大津絵」は10呼間程度、「マッカセ」「レソ」「二つ拍子」は5呼間前後で所作が一巡するという、とても親しみやすいものばかりである。ところが「三つ拍子」はちょっと異質で、所作が一巡するのに19呼間も要す上に足運びもややこしく、他が簡単な踊りばかりなのでよけいに難しく感じてしまう。現在この地域では、一連の庭入り行事と「ばんば踊り」がすんだら「三つ拍子」に切り替え、「マッカセ」などを次々に踊って最後も「三つ拍子」で終わっている。「三つ拍子」では「盂蘭盆経」など盆踊りの由来に関する口説なども盛んに聞かれることから、「ばんば踊り」ほどではないにせよ宗教的に意味を持たせた踊りだったのかもしれない。本来、「マッカセ」や「レソ」「大津絵」などは娯楽的要素の強い、ある意味では余興の踊りであったのではないかと思う。今では「ばんば踊り」以外の地踊りは全て同列に見えるが、この中でも「ばんば踊り」の後と踊りの最後は必ず「三つ拍子」と定めていることからも、やはり「三つ拍子」をそれなりに重視していることがわかる。

 

i 「三つ拍子」(別府市天間)

☆さんさ東西おんそれながら しばし間は口説いてみましょ

 (アーヨーヤサー ヨーヤヨイ)

 

 iは、fやgと同種のものである。節回しはほぼ同じ。まだ実際に踊ったことはないが、踊り方もおそらく似たり寄ったりだろう。

 天間地区の盆踊りは安心院町のものに似通っており、「ばんば踊り」「三つ拍子」「七つ拍子」「マッカセ」「レソ」「せきだ」「蹴出し」の7種を踊っていた。昔は「六調子」や「三勝」も踊っていたとのこと。おそらく「二つ拍子」と「大津絵」も伝わっていたことと思う。踊りの種類が多い上に庭入りのやり方も昔からの様式を残していたのだが、高齢化等により庭入りを伴う供養踊りを休止し、2012年現在は地踊りではなく「別府音頭」などを踊っている由。しかし復活の意志はあるそうなので、地踊りが全く廃絶したというわけではない。

 

h1「三つ拍子」(山国町、耶馬溪町樋山路)

☆花が散りても繋がにゃならぬ コラサーンア

 中津殿様 ナント 御用の駒(アーヨイソレナ コラヨーイヨイ)

 

h2「三つ拍子」(耶馬溪町金吉)

☆裏の窓からカニの足投げた コラサ

 今宵這おとの ホント知らせかな(ヨイソレナー ヨイソレナ)

 

 hのシリーズは、耶馬溪町と山国町の全域に伝承されている「三つ拍子」である。今のところ採集できていないが、おそらく本耶馬渓町の一部でも踊られているだろう。曲調も踊り方も、今まで紹介してきた「豊前踊り」「三つ拍子」とずいぶん違うが、よく注意してみると共通点が多い(後述)。耶馬溪町・山国町ともに地踊りの種類がとても多く、5種類から10数種類の踊りをセットにして次々に切り替えていくのだが、「千本搗き」や「祭文」、そして「三つ拍子」は特によく親しまれている。踊り方のみに注目すると、「三つ拍子」は「千本搗き」の派生形である。「千本搗き」の所作の途中に、後ろにさがっていって前に進み、右足をトンと地面にたたくような所作が入っているだけなので、「千本搗き」が踊れる人にとっては朝飯前の踊りである。

 ところで、hの唄を「三つ拍子」と呼ぶのは所作が一巡するまでの間に3回うちわを叩くからなのだろうと思っていたのだが、「千本搗き」も3回うちわを叩く。「千本搗き」は、おそらく池普請か何かの作業唄の転用であって、そこから「千本搗き」と呼んだのは容易に想像できるが、hの唄を「三つ拍子」と呼んでいるのはどうも不自然な感じがする。というのは、3回うちわを叩くから「三つ拍子」と呼ぶというのは、数々の踊り(唄)を区別するための一種の符牒のようなものだが、これは数多くの踊りの中で、3回うちわを叩く踊りがこれだけである場合に初めて意味をなすのであって、3回うちわを叩く踊りがほかにもあっては「三つ拍子」と呼んでも、明確に区別できない。このことをつくづく考えるに、やはり耶馬溪町・山国町の「三つ拍子」は、ずっと昔に「よそから入ってきた」唄なのであって、入ってきたときから「三つ拍子」という呼称だったのだろう。院内か安心院辺りからと思われるが、安心院や院内では単に3回うちわを叩くから「三つ拍子」と呼んだのだろうが、耶馬溪や山国では3回うちわを叩くから…といった理由ではなくて、「三つ拍子」の呼称で入ってきたから、そのまま「三つ拍子」と呼んでいるのではないだろうか。

 耶馬溪町や山国町の地踊りは、元来太鼓などを使わず、無伴奏で唄われる。今は、柿坂や深耶馬溪など太鼓を使うところもあるが、それはおそらく寄せ踊りが主流になってからのことであって、初盆家庭を順々に廻って踊っていた時代には無伴奏だったのではないかと思う。太鼓を使わないということもあってか、この地域の盆踊り唄は他地域の同種の唄に比べるとやや早間になっていたり、ピョンコ節に変化していることが多い。その分、息継ぎが少なく、節の上がり下がりがなめらかになっておりサラリと唄える。「祭文」や「マッカセ」を、玖珠や宇佐のものと聞き比べるとその特徴がよくわかる。「三つ拍子」も例外ではなく、安心院のものと比べるとずいぶんあっさりと唄っている。

 hは上の句と下の句の間に「コラサ」とか「コラサーンア」が入っているが、これまで紹介してきた「三つ拍子」や「豊前踊り」には、上の句と下の句の間にはお囃子は入っていない。せいぜい、踊り手が「ハイハイ」などと掛け声をかけるのみである。おそらくhは、昔は踊り手が「コラサ」と掛け声をかけたのを、音引きの囃子として音頭が取ったのではないかと思う。h2の文句で例示すると、かつては「あし・なげ・た(コラ・サー)こ・よい…」というリズムだったのではないだろうか。このリズムで唄うと1節が19呼間になって、他地域の「豊前踊り」「三つ拍子」と同じ尺になるし、踊りも19呼間で元に返るので、唄と踊りの頭がぴったり合うことになる。ところが「コラサ」を音頭が取った上でこのリズムで唄うと息継ぎがとても難しくなってしまう。今は「あし・なげ・たコラ・サー・、こ・よい…」というふうに「コラサー」の後に一息置いて唄っているが、これはより唄いやすくする工夫なのだろう。その結果、ますます他地域の「豊前踊りや「三つ拍子」から節回しの感じから離れているし、唄と踊りの頭が合わずにどんどんずれていっている。しかし、この地域の地踊りは唄と踊りの頭がずれていくものばかりなので別に違和感はないし、踊りが乱れることもなく、よく揃っている。

 踊り方は、先述の通り「千本搗き」の途中に後ろにさがって前に進み、右足でトンと地面を叩く所作が入っているだけで、覚えやすい。それでも、後ろにさがっていくときの歩き方が独特で、耶馬溪方面の踊りの特徴がよく残っている。普通に後ろ向きに歩くのではなくて、膝をあまり曲げずに、体を揺すりながらナンバでさがっていくのである。この歩き方は慣れないとなかなか難しい。膝をあまり曲げないので、小さく前に蹴り出しながらさがるような歩き方になり、自然と体が揺れる。他の踊りでは普通に歩く踊り方も出てくるのだが、こと「三つ拍子」はナンバ歩きが特徴になっている。お年寄りの中にはそれを区別して踊っている人もいるが、膝を曲げずにナンバでさがっていくのは慣れないと歩きにくいし、一つひとつの踊り方の区別があいまいになっていることもあって、今は「三つ拍子」のときも、普通通りに後ろ向きに歩いてさがっていく人の方が多くなってきている。

(踊り方)輪の進む向きに左足を出して右足を後ろにそえながら、両手を顔の前まで振り上げて手首をクルリと返し、右手のうちわの柄を握った手の中でクルクルと回す(うちわの面が横回りになるようにする。宇佐地方のマッカセはうちわ全体を縦回しに回すが、それとは回し方が違う)。これの反対、反対で3回振り上げる。右足からナンバで3歩戻って4歩目は前、5歩目(右足)は体重を乗せずに、トンと地面を叩く。右足から2歩進んで、輪の中向きに右足を出して左足をそえてうちわを叩く。左足から輪の外に1歩下がって右足をそえてうちわを叩く。右足を輪の中に出して左足をそえてうちわを叩く。これで初めに返る(19呼間)。両手を振り上げるのが3回、うちわを叩くのが3回で、どちらも足運びは一続きになっている(継ぎ足の繰り返し)。つまり継ぎ足は都合6回になっている。

 hの「三つ拍子」の唄い出しに、よく「アンリャアンリャ言うて後に引きなされ…」というような文句を耳にする。この「アンリャアンリャ」というのが、後に引く…つまり後ろに下がっていくときの、ナンバ歩きで体をゆすりながら下がっていく動きをよく表現しているのがおもしろい。

 

i「三つ拍子」(耶馬溪町山移)

☆やろなやりましょな三つ拍子やろな

 どうせ踊りは三つ拍子限る(アヨイソレナー ヨイヨイ)

 

 iは、hとほぼ同じ節である。しかし、上の句の後ろに「コラサー」がついておらず、ぴったり19呼間である。hよりも「豊前踊り」により近い節になっている。踊り方はhと全く同じだが、唄と踊りの頭がぴったりと合っている。

おわりに

中山香や大田、安岐の「豊前踊り」と、上村や安心院の「三つ拍子」が同種であろうということは早くから気づいていたが、この記事を書くにあたって他に類似する唄がないかよくよく考え直してみた結果、耶馬溪方面の「三つ拍子」もおそらく同種であろうということに、今回はじめて気づいた。所詮素人の考えなので間違いがあるかもしれないが、唄の節や踊り方などからできるだけ深く検証してみたつもりなので、多分、大方あたっているのではないかと思う。また気づいたことなどあれば訂正したい。