盆踊り唄「長音頭」(直川村下直見) <77・77・77段物>

☆そこで叔母上 申せしことにゃ(ハヨイトセー) 明日は日がよい船出をしましょ

 そこで叔母上 餞別なさる(ハヨイトセー ヨーイヤナー)

☆小判を百両盆には載せて これは亀井に餞別なさる 表羽二重 裏縮緬の

☆仕立おろしの大振袖よ 船の乗り降り気をつけなされ 道の辻々その宿々を

○アレ そうして六部というものは 日に七軒の修行して 晩の七つに宿をとり

 朝の五つに宿を立ち これが六部の道として(ハヨイトセー ヨーイヤナー)

☆さらばさらばと暇となりて そこで兄妹船乗り込んだ そこで兄妹船から招く

☆おばば両手で丘から招く 見える間は手招きなさる 急ぎゃほどなく四国に着いた

○ヤレ 四国の島では伊予の国 伊予の国では岩屋山 

 かずらぜんじゅうや せり割りの 二十一小屋 十六羅漢

 札所札所にゃ札うち納め 奥の院までおまいりなさる

 

盆踊り唄「長音頭」(宇目町重岡) <77・77・77段物>

☆エーイエー あまた寄りたる皆様方よ(アドッコイセー ドッコイセー)

 少し静まり(アラソコジャイ ソコジャイ) これ聞きなされヨ

 ここに孝女の口説がござる(セーノ ヨイトマカセー)

☆国は豊後の大野の郡 日向の境の山一重越し 村は重岡 字名は敷倉

○エーイエーさま方よ待ちなされ(ヨイショ) 私はもとより入れ子が好きで

 道の三里もあるところ(ヨイショ) わざわざこれまで入れに来て

 入れずに帰るはあと惜しや(ヨイショ) つくつく尽くしをちょっとやろな

 港々にゃ船が着く(ソレ) 船にゃ櫓がつく船頭つく

 船の船頭さんにゃカカがつく(ヨイショ) と言った調子で若い衆の

 ちょいと目をさます(ヨーイヨーイ ヨーサンサ)

 

盆踊り唄「長音頭」(鶴見町沖松浦) <77・77・77段物>

☆ここが よかろと ゴザ打ち拡げ(アリャナー ソーレワヨイ)

 銚子 盃 はや取り出して お為 飲んでは(ソコ)

 半蔵に差して(ヨイヤセノセー ヨーイヤセ)

☆半蔵飲んではお為に差して 差しつ差されつ差し酒盛りよ そこで二人が夢あいしする

○ヤレー こんな ことが あろうとえ 正月 二日の 初夢に(エーイエーイエーイヤナ)

◇私の さしたる 簪の(ジャロー ジャロ)

●ヤレー 簪 抜けて お前さんの 腹に 立ちたる 夢を見た(ヨイヤセノセー ヨーイヤセ)

★明けりゃ お寺の 鐘が鳴る(アリャナー ソーレワヨイ)

○ヤレー 今鳴る鐘はどこの鐘 今鳴る鐘は柏江の(エーイエーイエーイヤナ)

◇柏江 お寺の江国寺(ジャロー ジャロ)

○また鳴る鐘はどこの鐘 また鳴る鐘は汐月の

◇汐月お寺の真正寺

○また鳴る鐘はどこの鐘 また鳴る鐘は常楽寺

◇下城お寺の天徳寺

○また鳴る鐘はどこの鐘 また鳴る鐘は御城下の

◇殿様屋敷の養賢寺

☆さしも五か所のはや撞き流す 心中急がにゃ夜が明けまする 言えば半蔵は言葉にならで

☆二尺一寸すらりと抜いて 花のようなるお為とならば なんと刃が当てらりょものか

☆言うて刃をはや取り落とし そこでお為がはや申すには 早く斬らんせ卑怯なことよ

☆妻と思えば刃は立たぬ 親の仇と思うて討って 言えば半蔵はまた立ち上がり

☆落とす刀をまた取り上げて お為体にただ一太刀よ 死んだお為に腰うちかけて

○火縄に火をつけ火鋏に トンと撃ったがこの世の別れ

◇光も高き行灯の

☆灯す明かりの消えゆくごとく とろりとろりと成仏なさる 残る哀れは堅田の谷よ

☆今も残れる比翼の塚に お為半蔵が心中の口説 聞くも涙の語り草

メモ:沖松浦の盆踊りは最初から最後まで長音頭で、お為半蔵の口説を最後まで全部口説いている。この口説は南海部地方・北海部地方・大野地方から宮崎県にまで広く流布しているが最後まで口説くことは稀で、沖松浦の長音頭は貴重である。終盤の今鳴る鐘は…云々から心中までの場面はまさにこの口説のハイライトとも言うべき名文句なのに、今では沖松浦などごく一部の盆踊り以外では滅多に聞くことがなくなった。なお堅田踊りで口説かれるお為半蔵と上浦町や北海部地方、大野地方で口説かれるお為半蔵は文句が違い、後者は旧お為半蔵と呼んでいるが、鶴見町のものはそのどちらとも文句が異なる。ところで沖松浦では地の音頭だけでなく、5字になるところに祭文などの違う節を挿み込む唄い方をしている。この唄い方は昔は本場・堅田谷でも普通だったが長音頭を長時間踊らなくなったことや、節回しが難しいなどで今では見られなくなっている。その意味でも沖松浦の長音頭は貴重である。踊り方は三つ拍子(うちわ踊り)、扇子踊り、提灯踊りがあったが、今では三つ拍子以外は踊られていない。三つ拍子というのは踊り方からの呼称で3回うちわを叩くことからそう呼んでいるが、足運びがややこしく、地元の人以外にはなかなか難しい。うちわをこね回すように踊るので独特のシナがあり、身のこなしが大変軽やかな、よい踊りである。お年寄りから子供までよく踊りが揃っている。手の動きや足運びがかなり変化しているも、注意深く見てみると堅田踊りの長音頭に見られる16足の踊り方の変形であることがわかる(かなり複雑になってはいるが)。

 

盆踊り唄「長音頭」(蒲江町河内) <77・77・77段物>

☆坪野庄屋の太郎兵衛様は(ヨイヤナーヨイヤナー) 蔵が七軒酒屋が五軒

 出店貸家が三十五件(ヨイサノヨー ヨイサノヨー)

 

盆踊り唄「長音頭」(弥生町) <77・77・77段物>

☆国は筑前 遠賀の町よ つごう庄屋の太郎兵衛さんは

 何につけても不足はないぞ

☆不足なければ世に瀬がござる 子供兄弟持ちおかれして

 兄が亀松 妹のお塩

メモ:長音頭は南海部一円に伝承されており、1節に7・7×3行を口説くのが特徴。節回しが変化に富んでおり、地域ごとに異なっている。大野地方においても「佐伯」「八百屋」の名で伝承されており、往時の流行のほどが窺える。佐伯市の堅田地方においては専ら「お為半蔵」の口説が用いられる。

 

盆踊り唄「長音頭」(本匠村笠掛) <77・77・77段物>

☆盆の踊りとさて申するは(アヨイヤヨーイ) それはもとより 謂れがござる

 釈迦の御弟子の目連様が(アヨイトセー ヨーイヤヨーイ)

☆悟りを開いた知識であれど これな母人 業人なれば

 死して冥土へ成仏できぬ

メモ:本匠村では、長音頭の口説き手がみんな亡くなってしまったので、近年ではカセットテープを流して、それに合わせて太鼓を叩いているようだ。踊り方は堅田とは全く違っていて、手拍子をしながら前を向いたり後ろを向いたりするような踊り方だったと記憶している。

 

盆踊り唄「長音頭」(佐伯市木立) <77・77・77段物>

☆淵にヨー 身を投げ刃で果つる(ヨイヤヨー) 心中情死は(ドッコイ)

 世に多かれど(ホホンホー) 鉄砲腹とは剛毅な最期(セノセー ヨーイヤナー)

☆どこのことかと尋ねてきけば 頃は寛延 二年の頃で 国は豊州海部の郡

メモ:木立の長音頭は扇子踊りである。近年は祭文の方が盛んで、長音頭はほとんど口説かれていないようだ。

 

盆踊り唄「長音頭」(佐伯市臼坪) <77・77・77段物>

☆頃は 寛永十四年どし(ドッコイショー) ハ父の仇を ハ娘が討つは

 今は世に出てあら珍しや(ヨイヤセー ヨーイヤセー)

☆今は世に出てあら珍しや 国はどこよと尋ねて訊けば 国は奥州仙台の国

☆国は奥州仙台の国 時の城主にゃ正宗公と 家老片倉小十郎様よ

メモ:臼坪の長音頭は頭3字を高調子で長く引っ張っており、堅田踊りのそれと比べるとやや技巧的な唄い方である。踊り方は「団七踊り」と「手踊り」があり、団七踊りのときには志賀団七の口説を、手踊りのときには炭焼き小五郎やお為半蔵などの口説を乗せて唄う。いずれも、1節3句のうち3句目を次の節の1句目に返して唄う。これは他地域の長音頭と大きく違う特徴であり、この唄い方だと1節に都合2句ずつしか文句が進まないため、文句を少ししか覚えていなくてもそれなりに長く唄うことができる。

 

盆踊り唄「余念仏」(上浦町浅海井) <75・75・75・75段物>

☆南無阿弥陀仏(南無阿弥陀仏 南無阿弥陀)

☆これはこの世の(ことならず 死出の山路の裾野なる)

☆賽の河原の(物語 聞くにつけても哀れなり)

 

盆踊り唄「地蔵和讃」(鶴見町羽出浦) <75・75段物>

☆南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀

 帰命頂礼地蔵和讃 一つや二つや三つや四つ

☆南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀

 七つに足らぬ幼子が 一度娑婆に生まれ来て

☆南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀

 錦や綾を着飾りて 死して冥土に行くときは

メモ:和讃とは長編の御詠歌のようなもの。宇佐地方などでは踊りの開始前に唱えることが多い。それに対して羽出浦では、盆踊りの最終に全員で、太鼓に合わせて唄う(踊りは伴わない)。音引きの多い難しい節で、30分近くかけて最後まで唱えている。

 

盆踊り唄「ごうし音頭」(上浦町浅海井) <77・77・77・77段物>

☆アー 今度豊前の小倉の町に(ハードッコイサイサイ)

 染屋九兵衛という人ござる もとは栄華で暮らしもしたが

 今は世に落ち憐れな者よ(ソリャー ヨイトヨイヤマカ ドッコイサーノセー)

メモ:ごうし音頭とは江州音頭の転訛。江州音頭が当地に根付き、節回しが変化したもので、江州音頭の往時の流行のほどが伺われる。昔、南海部地方の若い娘さんが、関西の紡績工場に出稼ぎに行くことが多かったと聞く。おそらくその関係で、関西で流行していた江州音頭を覚えて持ち帰ったと思われる。踊りは本場のものとは全く違い、後ろ向きに進んで行くおもしろい踊り方である。簡単なので誰にでも踊れるし、節回しが軽やかで人気が高い。浅海井の二十三夜踊りで、供養踊りがはねた後に余興的に踊られるほか、西上浦や佐伯市街地でもそれなりに親しまれている。

 

盆踊り唄「念仏踊り」(本匠村山辺) <75・75段物>

☆そもそも都の傍らに ルイシと申せし女人あり

 南無阿弥陀 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀

☆死するという字があらばこそ 呼べば我が家に在りしたが

 南無阿弥陀 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀

メモ:8月14日に初盆家庭の庭でしていた「道がけ」という行事で踊っていた。笛・太鼓・鐘の伴奏で、4人の女性が扇子を持って踊り、「道がけ」の後、通常の盆踊りに移行した。昭和35年頃以降は「道がけ」は省略している。

 

盆踊り唄「野辺和讃」(蒲江町畑野浦) <75・75段物>

☆ソレ 一つや二つや三つや四つ 十にも足らぬ幼子が

 (エーイエーイ エーイヤナー)

メモ:上浦町や津久見市の祭文に類似したものである。

 

盆踊り唄「出し節」(蒲江町丸市尾浦) <77・75切口説>

☆ヤレ引いてきたがなヨー サヨンヨー 引いてきたがな鰯ゅヨー

 鰯ゅ引いてきたが ほんに塩がないサ 塩は大阪 アレ塩釜に ハレバエー

メモ:「切り音頭」などと呼ばれる「サンサ節」に類似したもの。

 

盆踊り唄(上浦町津井) <77・77段物>

☆アー島の始まりゃ 淡路の島よ(ヨーヤヨーイ)

 アー国の始まりゃ 大和の国よ(ソリャ ヨーヤセー ヨーヤセー)

☆鐘の始まりゃ三井寺の鐘 滝の始まりゃ白糸の滝

メモ:この種の唄は臼杵市以南の沿岸部に広く伝わっており、特に津久見の扇子踊りの唄として有名。節回しは各地各様に変化しているがいずれも7777の段物。津井地区ではうちわを持つ人もいれば扇子を持つ人もいるが、津久見の市街地とは踊り方が全く異なる。

 

盆踊り唄(上浦町浅海井) <77・77段物>

☆春は花咲く青山辺の(アラ ヨーヤヨー)

 鈴木主水という侍は(ソイヤ ヨーヤセー ヨーヤセー)

☆女房持ちにて二人の子供 二人子供のあるその中に

メモ:やはり津久見扇子踊りの節と同種だが、津井とは踊り方が全く異なる。手数は16足程度だが同じことの繰り返しばかりで、覚えやすい。扇子を持ってもうちわを持ってもよい。簡単な踊りだが、ゆったりとしなよく踊るのはそれなりの慣れが必要。初盆の供養踊りの際には提灯踊りも見られるようだ。文句の字脚が5字になる部分にかけて祭文の節を挿入し変化を持たせることがあるが、踊りには影響なし。

 

盆踊り唄(鶴見町羽出浦) <77・77段物>

☆国はどこよと尋ねたなれば(ヨイヨイ)

 国は豊州海部の郡(コリャー ヨーヤセー ヨーヤセー)

☆宇山なりゃこそ名所でござる 名所なりゃこそお医者もござる

 

盆踊り唄(米水津村、蒲江町屋形島) <77・77段物>

☆エー 扇エー めでたや末広がりて(ヨーヤヨー)

 エー 鶴は千年亀万年と(ハヨーヤーセー ヨーイヤセー)

☆祝い込んだる炭ガマの中 真名野長者の由来を聞けば

 

盆踊り唄(弥生町) <77・77段物>

☆それじゃ皆様しばらくしばし(アヨーヤヨーホー)

 牡丹長者のおん物語(ヤーレ ヨーヤセー ヨーヤセー)

☆弓は袋に刀は鞘に  扇めでたや末広がりの

 

盆踊り唄(蒲江町畑野浦・尾浦・楠本浦) <77・77段物>

☆国は豊州海部の郡(ヨイヤセー)

 佐伯領とや堅田の谷よ(ヨイヤセー ヨイヤセー)

 

盆踊り唄(蒲江町深島・蒲江浦) <77・77段物>

☆佐伯エー 領土や堅田の谷よ(ソレ エーソレ)

 堅田谷でも宇山は名所(ソリャー アーヤットセー エーヤットセー)

☆名所 なりゃこそお医者もござれ

 医者のその名は玄隆院と

メモ:蒲江浦では両手に扇子を持ち、高く翻しながら踊る。手数が少なくごく易しい踊りで、お年寄りから子供までよく踊っている。踊りの坪が狭いが踊り手は多く、4重5重の輪が立つ。一斉に日の丸扇子を翻して踊る様は壮観である。唄は津久見扇子踊りの唄「ヨーヤセー」の仲間と思われるが、節回しはかなり変化している。

 

盆踊り唄(蒲江町小蒲江・猪串浦) <77・77段物>

☆島の始まり淡路が島よ(ヤラナーヨラナー)

 寺の始まり天王寺でらよ(ソラヨイヤセー ヨイヤセー)

 

盆踊り唄(蒲江町竹野浦河内・高山・元猿) <77・77段物>

☆国は豊州海部の郡(ワリャナーヨヤナー)

 佐伯領土は堅田が宇山(ヨーイヤセー ヨヤセー)

 

盆踊り唄(蒲江町竹野浦) <77・77段物>

☆アー 佐伯ヨーホー 領土や堅田の宇山(アリャナー ヨイヤナー)

 アー 宇山なりゃこそ名所もござる(ヨーヤセー ヨーヤセー)

☆名所あるほどお医者もござる 匙もよう利きや見立ても上手

 

盆踊り唄(蒲江町波当津浦) <77・77段物>

☆国は坂東 下野さかい(アレバセーコレバセー)

 那須与一の誉れの次第(ハーセイヤセー コレバエー)

 

盆踊り唄(蒲江町丸市尾浦) <77・77段物>

☆親の仇を 娘が討つを(アリャセー コリャセー)

 国に稀なき世に珍しや(ソリャヨーイヤ セーヨーイヤセー)

☆どこのことよと尋ねてきけば 国は奥州や仙台様よ

メモ:津久見扇子踊りの唄に類似する節回しだが、こちらの方がずっとテンポがのろい。扇子踊りで、県内各地に伝わるいろいろな踊りの中でもかなり難しい部類である。扇子は始終開きっぱなしだが要返しその他、扇舞の技法が多くて難しいし、所作が初めに戻るまでが長く容易には覚えられない。お年寄りから子供までよく踊っているが、女性ばかりである。段物はいくつも伝わっているが白石口説(団七)が最も親しまれているようだ。しかし、団七踊りは伝わっていない。或いは、昔は扇子踊りのほかに団七踊りも伝わっていたのかもしれない。

 

盆踊り唄(蒲江町越田尾・森崎浦・野々河内・坪、宇目町) <77・77段物>

☆国の始まり大和の国よ(ヤラサー コラ)

 滝の始まり白糸の滝(セノヨーイヤセー ヨーイヤセー)

☆島の始まり淡路が島よ 寺の始まり天王寺寺よ

 

盆踊り唄(蒲江町西野浦) <77・77段物>

☆淵に身を投げ刃で果つる(ソーソー)

 心中情死は世に多かれど(ヨイヤセーヨイヤセー)

メモ:西野浦ではうちわを持って踊っている。円の内側で踊る「中踊り」と、円の外側で、みんなで手をつないで行ったり来たりする「輪踊り」がある。

 

盆踊り唄(蒲江町葛原浦) <77・77段物>

☆エー 千秋万歳 治まる御代は(アリャセー コリャセー)

 エー 末はますます繁盛なさる(アラヨーイヤセー ヨーイヤセー)

☆ここで切ろうかや 向かいで切ろか 向かいまわれば七里の通い

 

盆踊り唄(蒲江町葛原) <77・77段物>

☆ときの大将が正宗公よ(アリャセー コリャセー)

 家臣片倉九十郎と呼び(アラヨーイヤセー ヨーイヤセー)

☆支配なされし川崎街道 つくる百姓に名は与茂作と

○待ちなされ待ちなされ(ドンゴイ) 私がとんしゃく入れ拍子(ドンゴイ)

 立つ立つ尽くしで申すなら(ドンゴイ) 正月門には待つが立つ(ドンゴイ)

 二月初午市が立つ(ドンゴイ) 三月三日にゃ雛が立つ(ドンゴイ)

 四月八日にゃ釈迦が立つ(ドンゴイ) 五月お節句にゃ幟立つ(ドンゴイ)

 六月祭典旗が立つ(ドンゴイ) 七月七夕笹が立つ(ドンゴイ)

 八月九月の頃となりゃ(ドンゴイ) 秋風吹いて埃立つ(ドンゴイ)

 十月出雲に神が立つ(ドンゴイ) 霜月寒さで雪雲が立つ

 十二月となるなれば(ドンゴイ) 借金取りが門に立つ(ドンゴイ)

 というて音頭取りをよこわせた(アラヨーイヤセー ヨーイヤセー)

 

盆踊り唄「祭文」(佐伯市木立、蒲江町屋形島) <75・75・75段物>

☆サドー 東西ヨー 南北おだやかに(ヨイヨイ) しずもりヨー 給えば

 尋常にヨー 所は都の大阪の(ヨーイヨーイ ヨーイヤナー)

☆京屋の娘におすみとて 年は三六十八で いま振袖の丸額

メモ:木立の祭文は扇子踊りと手踊りがあり、踊り方が全く異なる。

   どちらで踊ってもよい。長音頭もあるが、近年は祭文の方が盛んなようだ。

 

盆踊り唄「祭文」(蒲江町畑野浦、蒲江町楠本浦) <75・75・75段物>

☆一つや二つや三つや四つ(ヨイヨイ) 十より下の幼子が

 一度娑婆に生まれ来て(ヨーイヨーイ ヨーイヤナー)

 

盆踊り唄「祭文」(上浦町浪太) <75・75段物>

☆アー私のエー アー差したる簪がエー(ソレーソレ)

 アー抜けてあなたの脇腹に(ヤーレ ヨーヤセー ヨーヤセー)

☆しっかと立ちたる夢を見た しっかと立ちたる夢を見た

メモ:津久見市日見の祭文に大変よく似た節回し。

 

盆踊り唄「祭文」(上浦町浅海井) <75・75段物>

☆アー一つやエー 二つ アー三つや四つ(アーヨイヤー)

 アー十にもならぬ幼子が(ヤーレ ヨーヤセー ヨーヤセー)

☆賽の 河原に 集まりて ただ父恋し母恋し

メモ:一般に地蔵和讃を口説くが、地の音頭(ヨーヤセー)の文句が5字になる部分に祭文の節を単独で挿んで唄うこともある。いずれにせよ踊り方には全く影響を及ぼさない。節回しは浪太のものにそっくりだが、こちらの方がわずかにテンポが速い。

 

盆踊り唄「精霊送り」(蒲江町屋形島) <77・77・77段物>

☆国は奥州仙台のこと(ソレマッカセマカセ) 牡丹長者の

 (コラショイ) 由来をきけば(ヤホーイコリャ)

 四方四面に蔵建て並べ(ソレエー ヤートハリサテ ヤートホイ)

メモ:宇佐地方のマッカセである。精霊送りの名からは、宇佐市長洲の盆行事が思い浮かぶ。宇佐地方より伝わったことは想像がつくが、海部地方でマッカセが伝わっているのは屋形島のみである。

 

盆踊り唄「祝い音頭」(蒲江町屋形島・丸市尾浦) <77・77段物>

☆祝いめでたの若松様よ サー枝も ホイ 栄えて アー根も葉も茂る

 アーレバエー サーンヨーンヨーイヤナー

 

盆踊り唄「二孝女踊り」(蒲江町屋形島) <77・77段物>

☆人は一代 名は末代よ ドッコイセー ヨーイヤセー

 エー 虎は死しても皮をば残す サンヤートセイセイ ヤーレトーコセー

メモ:野津町の「三重節」である。「二孝女踊り」の名は「二孝女口説」から。

 

盆踊り唄「切音頭」(上浦町浅海井) <その他の字脚>

☆ヤレー切りましょうぞいエーイエー アーヤレここで切りましょうぞな(エイエー)

 ここでヨー(アラエーイエーイ ヨーヤナー)

 ここでちゃんと切りましょ エンヤコノサンサ(アラエイエイ サーンサ)

 「ヤレ太鼓も踊りも みんなよく揃うたぞな」

 お月を見やれな(ヤーレ お月ゃ山でわしゃここに ヤレコラセー)

☆宮島のエーイエー アーヤレ宮島はナー(エイエー)

 安芸の宮島はエー(アラエーイエーイ ヨーヤナー)

 安芸の宮島はサマ エンヤコノサンサ(アラエイエイ サーンサ)

 「ヤレ女子の木登り 危ないものぞえ」

 まわりが七里ぞな(ヤーレ 浦が七浦 七恵比寿 ヤレコラセー)

メモ:海部地方に広く伝承されている「サンサ節」の類である。その名の通り、盆踊りの最終に唄い踊るもの。盆踊りの終盤でヨーヤセーからこの唄に移行するが、踊り方はヨーヤセーのときのまま。音頭と囃子が頻繁に入れ替わる、ゆったりとした節回し。

 

盆踊り唄「切音頭」(鶴見町羽出浦) <その他の字脚>

☆イエー切りましょか エイコノサンサ 「サンサを揃えて本調子」 アリャ

 エイコノサンサ ヨーサンサ しっかり切りょ 若の松様がナー

 枝も栄えて葉もしげる ヤレコノエー

 

盆踊り唄「切音頭」(鶴見町沖松浦) <77・75切口説>

☆エーイエーイエーイヤナ エイエーイ宮島ナ(ジャロージャロ)

 安芸のエー エーイエーイエーイヤナ 宮島まわれば七里(ジャロージャロ)

 浦がエー エーイエーイエーイヤナ 七えびすエイコノサーンサ

 サンサが揃うてその調子エーナ 七えびすヤレコノセー

 

盆踊り唄「切音頭」(米水津村色利浦) <77・75切口説>

☆エイ エイ エイエ 秋の宮島ナ ハヨイヨイ 秋の宮島 まわれば七里

 ハヨイヨイ 浦がエー エンヤエーイエーイ サーンサ

 「ソレさんさをはりあげて ソラ見事に」 エーンヤコーリャ サンサ

 浦が七浦 エンヤコリャ 七えびす ハーヨイヨイ

 

盆踊り唄「切音頭」(米水津村宮野浦) <77・75切口説>

☆エー 咲いた桜になぜ駒つなぐ ヨイヨイ 駒が勇めば ヤレコラセー

 オヤ エーイエーイエーイヤナー イヤサンサオ ヤートヤー ツケタゾ

 駒が勇めばヤーレ 花が散る ヤレコラセー

 

盆踊り唄「切音頭」(蒲江町竹野浦) <その他の字脚>

☆ここで切りましょか エイヤコノサンサー(エーイエーイサンサー)

 サンサオ まことにゃ(ホイ) 臼杵の城じゃ ソーラ

 (松から生えた ホイ あの浮城じゃ ハーレバ エーノエイ)

 

盆踊り唄「切音頭」(蒲江町猪串浦・小蒲江) <77・75切口説>

☆ヤレ 切りましょうかヨーエ 切りましょうかナーン ウーン ここでヨーエ

 ハラエーイエーイサーンサ ここで切りましょうか エーイヤコーノサーンサ

 ソラエーイエーイサーンサ 「ヤレ さんさマその声よう揃うたろな」

 ア向かいで切ろうか ソーレ ア向かい回れば 三里のまわり ハーレバエー

☆五万石 五万石 臼杵 臼杵五万石 「さんさその声よう揃うたろな」

 臼杵の城は 地から生えたか浮き城か

☆暗いのに 暗いのに 沖の 沖の暗いのに 「さんさその声よう揃うたろな」

 白帆が見える あれは紀州浦のみかん船

☆宮島は 宮島は 安芸の 安芸の宮島は 「さんさその声よう揃うたろな」

 まわれば七里 浦が七浦 七えびす

メモ:「さんさマその声よう揃うたろな」は各節共通。ほかに「さんさマ若い衆よう揃うたろな」などとも唄う。

 

盆踊り唄「切音頭」(蒲江町丸市尾浦)

☆ここでしゃんと切れ さんさの松のさえ 枝も栄えて葉もしげる ハレバエー

メモ:中入れ前・ハネ前にヨーヤセーの地の音頭に接続して唄う。踊り方はそのまま。

 

盆踊り唄「切音頭」(蒲江町深島・蒲江浦) <77・75切口説>

☆ヤレ五万石ヨーナ ヤレ五万石ナー 臼杵ゃエー ソリャエイエイサンサ

 アー五万石 エイヤコノサンサ エイエイサンサ 「ヨーサマ まことにナー」

 臼杵の城は ソリャ根から生えたか浮き城か ハレバエー

メモ:「臼杵五万石 臼杵の城は…」の文句を、いきなり「五万石」と唄い出し、頭がひっくり返っている。ヤットセーと囃す地の音頭に接続して、盆踊りの中入れ前・ハネ前に唄う。踊り方はそのままである。

 

盆踊り唄「切音頭」(蒲江町河内) <77・75切口説>

☆ヤレここで切ります ヤレ切りますナー ここでヨー ナーンヨーイヤヨイヤナ

 「アラナンデモ しゃんと切る」 サンサオ破竹の竹を ソレー 元は尺八半ば笛

 

盆踊り唄「切音頭」(蒲江町畑野浦) <77・75切口説>

☆ヤレ 沖の暗いのに イヤコノサンサ 白帆が見ゆる ソーレ

 あれは紀の国みかん船 ハンレバエー

メモ:サンサ節だが、他地域のように上の句を何度も返したり音引きの囃子言葉を挿入したりしていない。より古い唄い方か?

 

盆踊り唄「切音頭」(蒲江町西野浦) <77・75切口説>

☆走る船エーイエーイエーホー ソレソレ 走る船ナー 沖ンオー ソコジャ

 ヨイヨイヨイヤセー 走る船 エーイヤコーノサーンサー エンエンサンサ

 サンサノマコトニナー ありゃどこの船 ソーリャ

 あれは紀州浦のみかん船 ヤレコリャセー

 

盆踊り唄「切音頭」(弥生町井崎) <その他の字脚>

☆ヤレ切りましょうや ノホヨーホヨー 切りましょうやノー ここで切ろうどちゃ

 エンヤガコーロノ ヨーサンサ さんさが嘘でもないこと 心から真実

 実ぞいな アンアレー ドーン オーデー

○高いのは 火の見櫓か富士山か 餅屋の娘の杵音高い ちぎり丸めてちょいと投げた

 高崎山かな フーナン アーエー 女郎町ゃ目の下に ハーリワエー

 

盆踊り唄「切音頭」(宇目町重岡) <その他の字脚>

☆数多エーイ 寄りたる皆様方よ アドッコイセー アーモーアー今宵も

 アドッコイサイサイ 夜が更けましたよ ここらあたりで切ろうじゃないかいな

 ア ヨーイトセー ヨーヤルナー それ切りましょうなヨー ヨイソレヨ

 切りましょうな アヨーイヨイ

○上で高いのを申すなら 一で英彦山か 餅屋の娘の杵だこな 下で高いを申すなら

 下で高いは尺間山 アーさても見事な 臼杵様のお城はな 地から生えたな

 浮き城な ハレワイサーノサー

 

盆踊り唄「切音頭」(佐伯市臼坪) <77・75切口説>

☆ヤレー宮島はナー ウーンヨエーンエー エーイソレ宮島はナ(ヨイヨイ)

 安芸のエンエー(ヨーイヨーイサーンサ)

 「アーモさんさも今晩どなたも大きなご苦労じゃとな」

 アー廻れば七里ナ ハ浦が ハ七浦 アー七えべす ハレバヨー(ヨーイヨーイサーンサ)

★ヤレー三度笠ナー ウーンヨエーンエー エーイソレ三度笠ナ(ヨイヨイ)

 様のエンエー(ヨーイヨーイサーンサ) 様の三度笠 エーイコーノサーンサ(ヨーイヨーイサーンサ)

 「アーモさんさも今晩どなたも大きなご苦労じゃとな」

 アー後から見ればナ ハしなよう ハござる アー笠の内 ハレバヨー(ヨーイヨーイサーンサ)

☆五万石 五万石 臼杵 「さんさも今晩どなたも大きなご苦労じゃとな」

 大豆にゃ切れた せまい 臼杵に 豆詮議

メモ:☆印の節と★印の節は基本的に同じだが、★の方が返しが一つ多い分節が長くなっている。自由に取り混ぜて唄う。どの文句のときにも「さんさも今晩どなたも大きなご苦労じゃとな」を挿むが、これは地の文句には関係ない。上の句がひっくり返っているのでわかりにくいが、字脚は7・7・7・5なので、好きな文句を自由に乗せることができる。