堅田踊り

はじめに

 堅田踊りは、佐伯市の大字堅田・長良・長谷・池田・青山辺りに伝承されている盆踊りで、その優雅な踊りと座敷唄風の唄は、大分県内の他地域の盆踊りとは趣を異にしている。踊りも唄も難しい上に、三味線がなければ音頭が成り立たない。しかも集落ごとに伝承されている踊りが異なり、同じ唄でも踊り方が異なる場合もあるので、それぞれの踊りは集落内で細々と伝わっている状況である。逆に言えばそれだけバリエーション豊かなのだが、津久見の扇子踊りや鶴崎踊りのように有名でないばかりか、長音頭以外は佐伯市内の他地区住民にすらあまり知られていないようだ。
  まだまだ筆者自身知らないことも多く不完全ではあるが、実際に堅田の盆踊りに行ってわかったことや、加藤正人著『続 ふるさとのうた』や工藤修『堅田民謡 盆踊り唄集』などを参考にしながら、堅田踊りについてまとめてみることにする。

特徴的な音楽

 大分県内の盆踊り唄は、太鼓のみの伴奏のものが圧倒的に多く、段物と切口説の違いはあるが唄と囃子が途切れることなく続くものが多い。ところが堅田踊りは端唄ばかりで、段物を口説く唄は「長音頭」「大文字」「兵庫節」「切音頭(=那須与一)」「男だんば」「女だんば」に限られている。他の「高い山」「与勘兵衛」などはみな端唄で、三味線の間奏が入る。どれも節が難しく、音引きや生み字(音引きの途中で区切って、また音引き部分から唄い出す)を多用する。文句は、粋なものやいかにも座敷唄風のものが多い。
 三味線の調子が、本調子、二上り、三下りと唄によって違うので、踊りを替える際に調弦が必要な場合がある。基本的に伴奏は三味線と太鼓だが、先述の通り間奏部分を三味線が担っている為、音頭と同じくらいに三味線が重要で、しかも当て振りの踊りがほとんどなので、三味線や音頭が少しでも間違うとたちまち踊りが立ち往生してしまう。
 堅田踊りの唄は、上方からの移入といわれている。もちろん、上方で唄われたものがそのままの形で堅田で唄われているとは考え難く、堅田で盆踊り唄化された際に、或いは伝承の過程で、それなりに変化したものだろう。

独特の踊り

 大分県内には手踊りのほかに、扇子踊り、団七踊りなどの綾踊り(道具を用いる踊り)もかなりの数が残っているが、堅田踊りは他地域とは比較にならないほど道具をよく用いる。扇子1本は勿論、扇子を2本用いる踊りもあるし、花飾りのついた棒、手拭など、踊りによって様々。
 踊り方は、かなり手が込んている。他地域の踊りは一般に踊りの手数が少なく、特に少ないものでは5呼間程度、多いものでも20呼間程度だが、堅田踊りは手数が多いものばかり。そして「長音頭」や「一郎兵衛」「男だんば」「女だんば」「大文字」を除くほとんどの踊りは、各節の唄い出しと踊り出しがピタリと合う。したがって「茶屋暖簾」とか「思案橋」など、1節が長い唄については踊りもそれに合わせてあるので、踊りが最初の手に戻るまでの所作が多く、一度や二度踊っただけでは到底覚えられない。
 手踊りの場合、主だった所作と所作の間に、ごく単純な所作を繰り返す部分がある場合が多く、これも堅田踊りの特徴といえる。足を右、左、右、左と交互に軽く蹴り出しながら、両手を体の前後にぶらぶら動かして(つまり左前・右後ろ、左後ろ・右前…を繰り返す)その場に留まったり、両手を左右に流したりしながら行ったり来たりするなど。前者はあまり見栄えがしないようにも思えるが、浴衣を着ているとこの所作もなかなか乙なものだ。
  場合によっては、他の踊りに見られないような所作もある。たとえば「ご繁盛」の場合、♪ご繁盛エー♪の部分は、両手を腰に当て、片足を引いて体を後ろに反らせ空を見るような所作だが、これはいかにも「ご繁盛」の内容に合っている。他に「花笠」では、キメの部分で右手の扇子を顔の横辺りに、左手の扇子を前方に持って行って体を後ろに傾ける、「那須与一」では♪アリャヨイトナーヨイトナー♪の囃子部分でさっと反転して弓を引くように右手に持った扇子を顔の横に引き上げるなど、独特な所作が多い。どの踊りも、踊って楽しいのは勿論、見応えがあり、ところどころで唄の内容にも沿った、かなり工夫された振り付けであることがわかる。

現在の堅田踊り

 大分県の伝承の盆踊りは、一般に切れ目なく踊りを切り替えていく。もちろん鶴崎踊りなど例外もあるが、多くは伴奏が太鼓のみなので、切り替えの文句によって違う唄同士をうまく繋いで、なめらかに切り替えることができるのだ。ところが堅田踊りの場合は三味線を用いるために調弦が必要であったり、また端唄が多いこともあってか各唄の独立性が比較的高いので、踊りを切り替える度にそこで一端途切れる。したがって堅田踊りでは、他地域の口説唄に見られるような即興の文句を一切用いず、切り替えの文句自体が存在しない。調弦が必要な場合は間延びしがちなので、佐伯音頭などをカセットに合わせて踊ってうまく場を繋ぐなどの工夫が見られる。

  堅田踊りといっても集落によってその内容は異なるが、ほぼ全ての集落において「高い山」から踊り始める。そして最後は「長音頭」であることが多いが、この間に数々の個性的な踊りがあり、詳しくは後述するが最も踊りの種類の多い集落では、15種類近く踊るようだ。

  各集落の踊りは、これだけ手の込んだ盆踊りであるにもかかわらず非常に小規模で、踊りの輪は一重がやっと立つ場合が多く、しかも踊り方が難しいためか若い踊り手が少ないのが気にかかる。盆明けの土曜には各集落合同の「堅田踊りの夕べ」が催され大変賑わうが、このときも各集落が2~3種類ずつ、代わる代わる踊りを披露する趣向となっているため、見る分には大いに楽しめるが踊りの輪は小規模。そんな中で、近年「堅舞会」という若者を中心とした堅田踊り愛好会が活躍しており、城村・北部・宇山辺りの各種盆踊りに参加して踊りを盛り上げている。しかしたった1つの集落にしか残っていない踊りなどは、やはり伝承の危機に瀕していると言えるだろう。しかも特定の集落にしか残っていない踊りというのは、概して難しい踊りである。

  踊りの形態は他地域と同様、時計回りの輪踊りだが、その中心にある棚は他所に比べて上がずいぶん広い。それは、音頭取りだけでなく三味線弾きも上がるためである。棚の上はおよそ一坪ほどの広さで、屋根がついた板張り。その上にゴザを延べたりして、三味線、音頭、囃子方などが座る。太鼓は屋台のすぐ側に、台に載せて置かれることが多い。昔は棚の上が超満員だったらしいが、今はどの集落も三味線や音頭の伝承に苦慮しており、棚の上は寂しい状況である。だんだんと、昔の録音のCDやテープを使う集落も出てきている。

岩田善市『堅田おどりについて』を読んで

 先に述べた通り、堅田踊りは上方由来なのだが、工藤修『堅田民謡 盆踊り唄集』に寄せられた岩田善市『堅田おどりについて』によると、徳川時代以前から、天領であった堅田は政治・経済・文化・交通の中心地であったとのことだ。素朴な田園風景の広がる今の様子からは想像もつかないことだが、柏江港を門戸として上方との交流が盛んだったらしい。そして見回りに来る幕府の役人をもてなすために、踊りに磨きをかけて工夫したとのこと。今でも驚くほどバリエーション豊かな堅田踊りも、当時は今以上に多様なものであったらしいが、明治以降難しい踊りは一つ、また一つと消えていったらしく、恐らく記録に残っていないものも含めればかなりの数になることだろう。

北部地区(宇山、汐月、江頭)・大字長谷・大字池田の堅田踊り

津志河内・小島の堅田踊り

 

二上り:

 

・高い山(詳細不明)

 

・与勘兵衛(北部地区と全く同じ)

 

・長音頭

 

 ここの長音頭とは、節回しは北部地区と同じだが、踊り方は他集落とは著しく異なっている。手数が多く、20呼間の上あったように思う。継ぎ足で左右で都合3回手拍子をするところは、手拍子のときに継ぎ足を後ろに踏み戻すほか、流しながら前に出るときに両手を上げて小さく開いて止めながら右足を後ろに踏み戻す所作もあった。そのあと流したり踏み戻しながら一回りした後、さらにもう一回りしていたような気がする。見ただけで踊ったことはないのでウロ覚えだが、よそに比べるとなかなか難しい踊り方だった。

 

三下り:

 

・お夏清十郎(詳細不明)

 

 柏江と隣接していることもあり、恐らく大昔は数多くの踊りがあったと思われるが、現在はこの4種類を残すのみとなっているようだ。集落の踊りには行ったことがなくて、堅田踊りの夕べのときに「与勘兵衛」と「長音頭」のみ見たことがある。与勘兵衛は北部地区の踊り方と全く同じだが、長音頭の踊り方がとにかく変わっていて、よそとはずいぶん違っている。

 音頭、三味線ともに伝承が途絶えたようで、昭和40年代にレコード化された音源を利用している。その音源は北部の唄い方を基準にしたもののようで、もともと節回しは同じだったのかもしれないが、或いは、若干違う点もあったのかもしれない。

西野の堅田踊り

府坂・竹角の堅田踊り

泥谷の堅田踊り

波越・大正の堅田踊り

石打の堅田踊り

本調子:

 

・淀の川瀬(詳細不明)

 

二上り:

 

・高い山(詳細不明)

 

・様は三夜(詳細不明)

 

・長音頭(詳細不明)

 

・与勘兵衛

 うちわを持って踊る。波越の踊り方に少し似ているが、こちらの方がずっとのんびりした雰囲気で、おどけた雰囲気のあるおもしろい踊り方である。節回しも波越に似ているが、テンポが少しのろい。文句は他集落と少し異なっていて、細かい言葉遣いの違いだけでなく、「弁慶坊主は荒坊主…」などの珍しい文句も残っている。

 

三下り:

 

・大文字山(詳細不明)

 

調弦不明:

 

・お竹さん(詳細不明)

 

・竹に雀(詳細不明)

 

・団七棒踊り(詳細不明)

 

・お染久松

 間奏が入るので三味線がなければ唄えないが、平易な節回しの、比較的唄い易い唄である。軽やかなテンポで、三味線の手もなかなか派手な感じで耳に残りやすい。詩形は異なるも、西野の「ご繁盛」とか波越の「智恵の海山」と似たような雰囲気の節で、或いは何らかの関係があるのかもしれない。踊りは手拭い踊りだが結構難しく、手数が多いし、所作も込み入っていてなかなか覚えられるものではない。特に、手拭いをサッと振り回して左肩にひっかけながらクルリと後ろ向きになる部分は、何とも言えないよさがある。

 

 

 石打は、8月16日に盆踊りをしている。唄も三味線も生演奏だが、踊り手の減少が著しく、やっと一重の小さな輪が立つ程度である。踊りが難しいために揃いにくかったが、女性だけでなく男性もそれなりの人数が踊っていたのが印象に残った。しかし男女ともに中年~高齢者がほとんどで、若い人はあまり踊っていなかったように思う。三味線の人以外はみんな洋服姿だったことも印象に残っている。

 訪問時に短時間の滞在であったために与勘兵衛とお染久松しか見ることができなかったが、時間配分からして、上記の踊り全てを踊るわけではなさそうだ。おそらく、伝承が途絶えたものもあるのだろう。地元の人に聴き取りをしなかったことが悔やまれる。 堅田踊りの夕べにも、近年は参加していない。石打、府坂、竹角、波越、そして青山の踊りは衰退傾向にあり、伝承がいよいよ危ぶまれているように思う。

柏江の堅田踊り

青山の堅田踊り

調弦不明: 牡丹餅顔(高い山)、初春、与勘兵衛、長音頭、坊さん忍ぶ、小野道風、織助さん、数え唄ほか

 青山は厳密には堅田郷ではないが、隣接することもあり堅田踊りが伝わっている(いた)ようだ。上記以外にもいろいろな唄・踊りがあると思うが、詳しいことはわからない。以前、8月14日、15日、16日に青山辺りをうろついて音頭の棚を探したことがあるのだが、見つけられなかった。もしかしたら、もう踊りをしていないのかもしれない。また詳しいことがわかり次第、訂正したい。

踊りの地域性について

 たとえば西野の踊りしか知らない・行ったことがないとすれば気付かないことなのだが、複数の地域の堅田踊りに行ってみるとすぐ気付くことがある。いちばん手っ取り早いのは、複数の集落が順番に踊りを披露する「堅田踊りの夕べ」に行ってみることだが、泥谷の踊りと宇山の踊りを比べるだけでもすぐわかる。それは、同じ唄でも集落によって踊り方が全く異なるということだ。唄が同じでも地域によって踊り方が異なるというのはありがちな話だが、堅田踊りの場合はその「違い方」がちょっとやそっとのものではなく、まるっきり別物といってもいいくらいに、全く異なるという点がとても興味深い。なぜなのだろうか。
 この現象について考える際に、大きなヒントになることがある。それは、これまで散々説明してきたが、集落ごとに特徴的な所作があるという点だ。例えば北部地区の「恋慕」「思案橋」「対馬」「祭文」は、それぞれ踊り方は違うけれども、左、右、左と流して右で上下を入れ替えるようにして右手を引き上げ、左、右、左…と交互にすくいあげるような所作が出てくる。西野の「しんじゅ」「花扇」「花笠」「きりん」も、それぞれ踊り方は違うけれども、両手を右側で開きながら下ろし、すくい上げて左側で開きながら下ろし、すくい上げて右側で開きながら下ろし…というような所作が出てくる。泥谷では「与勘兵衛」「様は三夜」「お夏清十郎」で、扇子を両手で持って右に左にこね回すようにしながら出たり戻ったりするような所作が出てくる。つまり、集落というくくりで、複数の踊りに共通する特徴的な所作があるのだ。
 このことから、集落による踊り方の差異は自然発生的なものとは考え難く、おそらく意図的なものだろうと推察される。昔天領であった堅田郷では、見回りに来る役人をもてなすために踊りに磨きをかけたという話を聞いたことがある。もちろん理由はそれだけではないと思われるが、このような事情もあって「特定の集落内に伝わる数々の踊りには共通点が多く見られるのに、同じ唄でも集落が違えば踊り方が全く異なる」という現象を生んだのだと思う。堅田郷ならびに大字長谷、池田、青山辺りは元来、芸事が盛んな土地だったのだろう。それぞれの集落の、踊りの上手な人や芸事の好きな人が、自分たちの集落(ムラ)独自の踊り方を編み出していった結果なのではないかと思う。
 もちろん、踊り方のみならず唄の文句や節回しの面でも、集落が違えばある程度は異なっている。その最たるものは調弦の変更で、「お夏清十郎」をみると泥谷と北部地区では調弦が異なるため三味線の弾き方がまるで異なる。ただし唄の節回しは大差ない。これは、一つ一つの「唄」は上方から既に完成された状態で伝わってきたために、工夫の余地が少なかったためと思われる。反対に「踊り」については、「長音頭」など口説唄の類のものを除いてほとんどが座敷踊りであったため、それをそのまま輪踊りに転用するには難があったため、工夫の余地が大きかったのだろう。「長音頭」の踊り方は各集落ともほぼ共通であるのに対して、端唄風・流行小唄風の唄の踊り方ほど地域差が大きいことからも、この考えはある程度正しいのではないかと思う。

おわりに

 日程が重なるためひと夏に何ヶ所も訪ねることはできないが、毎年、堅田あたりのどこかの集落に踊りに行っている。その度に、ああ来てよかったと思う。うまく言えないが、あれだけ難しい唄を、踊りを、今まで絶やさずに守ってきた、伝えてきたということに感動する。長閑な堅田の里で、虫の音や、一足早い秋風の音と混ざり合う、三味線の音や唄声。難しいけど、見て楽しく、踊って楽しい踊り。何もかもがすばらしい。堅田踊りは、舞台芸としても立派なものだとは思うが、やはり堅田の里で踊ってこそ、その魅力が十二分に発揮されるものだと思う。この「生きた伝統芸能」が、これからも伝承されることを願ってやまない。

堅田踊り一覧

★高い山   北部・長谷・池田・津志河内・小島・府坂・波越・大正・石打

☆牡丹餅顔   西野・青山

★与勘兵衛   北部・長谷・池田・津志・小島・西野・府坂・竹角・泥谷・波・大・石打・青山
★那須与一   北部・長谷・池田 
★思案橋   北部・長谷・池田・(泥谷) 
★対馬   北部・長谷・池田・(泥谷) 
★佐衛門   北部・長谷・池田 
★長音頭   北部・長谷・池田・津志・小島・西野・府坂・竹角・泥谷・波・大・石打・青山

☆兵庫節   柏江

☆大文字   柏江
★お夏清十郎   北部・長谷・池田・津志河内・小島・泥谷
★一郎兵衛   北部・長谷・池田

☆だいもん   西野

☆大文字山   府坂・竹角・波越・大正・石打
★恋慕   北部・長谷・池田 

★本調子   (泥谷)・(柏江)

☆ほんかいな   (波越)・(大正)

★花笠   西野

☆無理かいな   (波越)・(大正)

★花扇   西野 

★浮名   (西野) 

★小野道風   西野・府坂・竹角・青山 

★男だんば   西野

☆女だんば   西野

★イロハ   (西野)

★チョイトナ   (西野)

★ご繁盛   西野

☆智慧の海山   波越・大正

★お市後家女   西野

★帆かけ   (西野)

★しんじゅ   西野

★きりん   西野

★新茶   (西野)

★淀の川瀬   府坂・竹角・波越・大正・石打

★わが恋   府坂・竹角・波越・大正

★お染久松   府坂・竹角 

★大阪節   府坂・竹角 

★坊さん忍ぶ   府坂・竹角・青山 

★数え唄   府坂・竹角・青山

★様は三夜   泥谷・石打

★伊勢節   泥谷

☆南無弥大悲   波越・大正

★十二梯子   波越・大正

★芸子   波越・大正

★お竹さん   波越・大正・石打

★竹に雀   石打

★お染久松   石打

★団七   石打

★茶屋のれん   柏江

★鶯   (柏江)

★奴踊り   (柏江)

★待宵   (柏江)

★夜盗頭   (柏江)

★初春   青山

★織助さん   青山

堅田踊り 文句集

小唄

お夏清十郎

・「お夏清十郎」 宇山、汐月、江頭、長谷、津志河内、小島 <三下り> 

 ☆お夏どこ行く手に花持ちて わしは清十郎の ヨイヨー墓参り

  (ソノ ヨイトナー サーヨイトナー)

 ☆み墓参りて拝もとすれば 涙せきあげ拝まれぬ

 ☆清十郎二十一お夏は七つ 合わぬ毛抜きを合わしょとすれば

 ☆合わぬ毛抜きを合わしょとすれば 森の夜鴉 啼き明かす

 ☆向こう通るは清十郎じゃないか 笠がよく似た菅の笠

 ☆笠が似たとて清十郎であれば お伊勢参りは皆清十郎

 

・「お夏清十郎」 泥谷 <二下り>

 ☆お夏どこ行く手に花持ちて わしは清十郎の ほんに清十郎の墓参り

  (アラソノ ヨイヨナー サーヨイヨナー)

 以下略

 

恋慕

・「恋慕」 宇山、汐月、江頭、長谷 <三下り>

 ☆船は出て行く帆かけて走る 茶屋の娘は出て招く

  サー恋慕(恋慕 恋慕 ヤー恋慕や)

 ☆咲いた桜になぜ駒つなぐ 駒が勇めば花が散る

 ☆遠く離れて逢いたいときは 月が鏡になればよい 

 ☆恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす

 ☆灘と女島は棹差しゃ届く なぜに思いは届かぬか

 

芸子

・「芸子」 波越、大正 <二上り>

 ☆わしは卑しき芸子はすれど 言うた言葉は変わりゃせぬ

  ヨーイヨーイ ヨーイヨーイヤナー

 ☆縞の木綿の切り売りゃなろが 芸子切り売りゃそりゃならん

 ☆わしは今来てまたいつござる 明けて四月の茶摘み頃

 

高い山

・「高い山」 長谷、宇山、汐月、江頭、津志河内、小島 <二上り>

 ☆高い山から谷底見ればヨ(ソコソコ)

  瓜や茄子の花盛りヨ(アラソーレモ アラも一つ)

 ☆高い山からお寺を見れば お寺寂しや小僧一人

 ☆あの子よい子だ 牡丹餅顔で 黄粉つけたらなおよかろ

 ☆あの子見るとて垣で目をついた あの子 目にゃ毒 気にゃ薬

 ☆好いてはまれば泥田の水も 飲めば甘露の味がする

 

・「高い山」 波越、大正、石打、府坂、竹角 <二上り>

 ☆高い山から谷底見ればヨ 瓜や茄子の花盛りヨ

 以下略

 

・「牡丹餅顔」 西野 <三下り>

 ☆ソレー 高い山から谷底見ればヨ(ソコソコ)

  瓜や茄子の花盛りヨ(アラソーレワ アラま一つ)

 ☆恋で身を病みゃ親達ゃ知らず 薬飲めとは親心

 ☆ござれ話しましょ小松のかげで 松の葉のよに細やかに

 ☆鮎は瀬に棲む 鳥ゃ木にとまる 人は情けの下に住む

 以下略

 

・「牡丹餅顔」 青山

 ☆あの子よい子よ 牡丹餅顔じゃナ(ソレ)

  黄粉つけたらなおよかろ(イヤ ソーレバ)

 ☆今朝の寒さが笹山越えて 露が袴の裾濡らす

 

祭文

・「祭文」 長谷、宇山、汐月、江頭 <二上り>

 ☆笛(アラドッコイセ) の音による(マダセー) 秋の鹿

  妻(アラドッコイセ) ゆえ身をば 焦がすなり

  (ハーそこ言うちゃたまらぬ そこ残せ ソレエー ソレエー モットモ)

 ☆鮎は瀬に住む鳥ゃ木にとまる 人は情けの下に住む

  (そこ言うちゃさえもん たまりゃせぬ)

 ☆恋しゅござるなら訪ね来てみよ 信太の森に住むではないかいな

  (そこ言うちゃさえもん たまりゃせぬ)

 

おいち後家女

・「おいち後家女」 西野 <二上り>

 ☆おいち後家女にナー サー(ヤレサーコレサー) 三年通うたヨ

  通うた ソージャロカイ コラかどめに子ができた おいち後家女

  ヤレコノ(うんと抱えた ソレ トコ)

 ☆鮎は瀬に棲む 鳥ゃ木にとまる 人は 情けの下に住む おいち後家女

 ☆あなた百まで わしゃ久十九まで ともに 命のあるかぎり おいち後家女

 ☆様は今来て またいつ来やる 明けて 四月のお茶摘み頃かいな

 ☆茶摘み頃かや わしゃ待ちきらぬ せめて 菜の葉の芽立つ頃 おいち後家女

 ☆様は三夜の 三日月様よ 宵に ちらりと見たばかり おいち後家女

 ☆恋で身を病みゃ 親達ゃ知らず 薬 飲めとは親心 おいち後家女

 ☆恋に焦がれて 鳴く蝉よりも 鳴かぬ 蛍が身を焦がす おいち後家女

 

様は三夜

・「様は三夜」 泥谷、石打 <二上り>

 ☆様は三夜の三日月様よ 宵にちらりと見たばかり(アラホーンボニ)

  見たばかり 宵にちらりと見たばかり(ハーテッショニ) 様はよいよなあ

 ☆お前釣竿わしゃ池の鯉 釣られながらも面白や 面白や 釣られながらも面白や

 ☆お前松の木わしゃ蔦かずら 絡みついたら離りゃせぬ 離りゃせぬ 絡みついたら離りゃせぬ

 ☆山があるから故郷が見えぬ 故郷可愛や山憎い 山憎い 故郷可愛いや山憎い

 

大阪節

・「大阪節」 府坂、竹角

 ☆大阪出てからまだ帯ゃとかぬ 帯はとけても気はとかぬ

 ☆ござれ話しましょ小松の下で 松の葉のよに細やかに

 ☆松の葉のよな細い気持たず 広い芭蕉葉の気を持ちゃれ

 

竹に雀

・「竹に雀」 石打 <二上り>

 ☆竹に雀がしな良くとまる 止めて止まらぬ色の道

  (サマ 三石六斗で二升八合 サマションガエー)

 ☆お前や加古川本蔵が娘 力弥さんとは二世の縁

 ☆お前や嫌でもまた好く人が なけりゃ私の身が立たぬ

 

団七

・「団七」 石打

 ☆富士の白雪朝日でとける 娘島田は寝てとける(アーヒヤ アーヒヤ)

 ☆娘島田に蝶々がとまる とまるはずだよ花じゃもの

 

思案橋

・「思案橋」 長谷、宇山、汐月、江頭、泥谷 <二上り>

 ☆思案橋ヤー(マダマダ) 思案ヤー 思案橋越えて(アードッコイ)

  行こか戻ろか思案(ソーレ) 思案橋 

 ☆宮島 宮 宮島まわれば 浦が七里で七恵 七恵比須

 ☆北山 北 北山しぐれ 曇りなければ晴れて 晴れてゆく

 ☆この町に この この町に二人 どちら姉やら妹 妹やら 

 ☆紫 むら 紫着せて どちら姉やら妹 妹やら 

 ☆浦島 浦 浦島太郎 開けて悔しき玉手 玉手箱

 

対馬

・「対馬」 長谷、宇山、汐月、江頭、泥谷 <二上り>

 ☆われは ヤーレー 対馬の アーヤーレーサーエテナ 鍛冶屋の娘

  (ハーンーヤーハー ハリワッター ホイ カエガナイ)

 ☆ここの座敷はめでたい座敷

 ☆鶴と亀とが舞い遊ぶ

 ☆竹に雀がしなよくとまる

 ☆とめてとまらぬ色の道

 

初春

「初春」 青山

 ☆明けて初春 初春に ヨーイ 恋という字を帆にあげて お客を ヨイセ

  乗せます宝船 ハーヤレ イヤソレ ソレソレ ヨーイヤナー

 ☆もはや紋日の如月の 客を待つ夜のその長さ 道理じゃ今年は午の年

 

伊勢節

・「伊勢節」 泥谷 <二上り>

 ☆笛の音に寄る秋の鹿(マダセ) 妻ゆえ身をば焦がすなり

  豊年女の山路笛(ヨイヤサテナー ヨイヤサテナー)

 ☆そもそも熊谷直実は 花の盛りの敦盛を 打って無情を悟りしが

 ☆打って無情を悟りしが さすがに猛き熊谷も ものの哀れを今ぞ知る

 

・「南無阿大悲」 波越、大正 <二上り>

 ☆南無弥大悲の観世音 導き給えや観世音 いつよりわれらを流転して

  (ヨイヤサテナー ヨイヤサテナー)

 ☆むつの巷にさまよえる 大師は娑婆に流転して あらゆる苦患にさまよえる

 ☆今年は豊年万作じゃ 道の小草に米がなる 道の小草に米がなる

 

ご繁昌

・「ご繁昌」 西野 <二上り>

 ☆これな座敷はめでたい座敷 鶴と亀とが舞い遊ぶ(ドッコイ)

  これもお家の福となる ご繁昌エー(ソレ トコ ソレ)

 ☆これなお庭に茗荷と蕗よ 茗荷めでたや蕗繁盛 これもお家の福となる

 ☆これなおうちに二又榎木 榎実ならいで金がなる これもお家の福となる

 ☆飲めや大黒 唄えや恵比寿 中で酌する宇迦の神 これもお家の福となる

 ☆年の始めに若水むかえ 長い柄杓で宝汲む これもお家の福となる

 ☆お前や百までわしゃ九十九まで ともに命のある限り ともに命のある限り

 ☆智慧の海山 唐高麗の 寄せ物細工 からくりの 夜毎走るが智慧くらべ

 ☆お前や釣竿わしゃ池の鮒 釣り上げられてお座敷の 酒の肴となるわいな

 ☆これなお庭に井戸掘りすえて 水はもちろん金が湧く これもお家の福となる

 

・「智慧のうみやま」 波越、大正 <二上り>

 ☆知恵のうみやま唐高麗の 寄せ物細工カラクリの(アラドッコイ)

  智慧と竹田の知恵くらべ アーそうじゃいな(ソレジャワナーソレジャワナー)

 ☆お前や百までわしゃ九十九まで ともに白髪の生えるまで ともに白髪の生えるまで

 

きりん

・「きりん」 西野 <三下り>

 ☆清十郎二十一お夏が七つ(ソレーソレ) 合わぬ毛抜きを合わしょとすれば(アーオイ)

  森の夜鴉鳴き明かす ヨイヤサー(アーソーレー ソーレードッコイ ソーレーヤットヤー) 

 ☆天下太平治まる御代に 弓は袋にその矢は壺に 槍は館のお広間に

 ☆関の女郎衆と将棋の駒は 差しつ差されつ差し戻されつ 金銀なければ不挨拶 

 ☆関の女郎衆と御手洗つつじ 宵につぼみて夜中に開く 朝の嵐に散り散りと

 

チョイトナ

・「チョイトナ」 西野 <二上り>

 ☆天地天野の秋の日の(アレチョイトナー) 刈穂の上の(オイオイ) 群雀 

  引くに(オイオイ) 触らぬ鳴子縄 アチョイトナー(ソレーソレーソレ)

  ☆酒はよいもの色に出て 飲みたや加賀の菊酒を 飲めば心はうきの島

  ☆父は長良の人柱 鳴かずば雉も撃たれまい 助け給えやほけきょ鳥

 

しんじゅ

・「しんじゅ」 西野 <三下り>

 ☆(ヤーレーソレー ソレーヤー トーヤーレーソレーヤー)

  十三鐘の春姫は(ハーソコラデセーイ) 鹿を殺せしその咎ゆえに

  今は(コラセイ) 十三鐘つく しんじゅ

 ☆かの源の頼光は 大江山なる鬼神を退治 今は都も収まる しんじゅ

 ☆かの源の義賢は 源氏白旗こまんに渡し すぐにその場で腹切る しんじゅ 

 ☆大阪椀屋久右衛門 太い身代丸山通い 今は編み笠一つの しんじゅ

 

小野道風

・「小野道風」 竹角、西野、青山 <本調子>

☆小野道風は青柳硯 ヨイ 姥が情けで清書書く

 ソリャ情けで姥がナ 姥が(ヤットセイ) 情けで清書書く

 イヤ(それでもなったらしょうがない そうじゃわ そうじゃわいな ソレ)

☆小野道風は青柳硯 一つお公家に子を産めば

 お公家に一つ 一つお公家に子を産めば

 イヤ(?聞き取れず? そうじゃわ そうじゃわいな)

☆斧九太夫は胴欲者よ 主の逮夜に蛸肴 逮夜に主の 主の逮夜に蛸肴

 ソレ(胴欲者なら仕方がない そうじゃわ そうじゃわいな)

☆早野勘平さんは主人のために 妻のお軽にゃ勤めさす

 お軽にゃ妻の 妻のお軽にゃ勤めさす

 ソリャ(前世の業なら仕方がない そうじゃわ そうじゃわいな)

☆もののあわれは石堂丸よ 父を尋ねて高山に

 尋ねて父を 父を尋ねて高山に

 アラ(登れど父方 名が知れぬ そうじゃわ そうじゃわいな

☆ものの不思議やクネンボが生えた 九年待てとのことじゃげな

 ソレ(九年待てとのことじゃげな そうじゃわ そうじゃわいな)

 

コチャエ節

・「ぼんさん忍ぶ」 府坂、竹角、青山 <二上り>

 ☆ぼんさん忍ぶは闇が良い ソーレ月夜には 頭がぶうらりしゃあらりと

  コチャ 頭がぶうらりしゃあらりと ヨーイ

 ☆お前待ち待ち蚊帳の外 蚊に食われ

  七つの鐘の鳴るまでは 七つの鐘の鳴るまでは

 ☆お前さんとならばどこまでも 奥山の

  ししかけいいとろの中までも ししかけいいとろの中までも

 ☆ここは石原 小石原 ちょっと出て

  下駄のはまちゃんとしもうた 下駄のはまちゃんとしもうた

 

帆かけ

・「帆かけ」 西野 <三下り>

 ☆沖を走るは丸屋じゃないか 船は(コラセ) 新造でソレ櫓は黄金 

  丸に(コラセ) 矢の字の帆が見える サー帆かけて来い も一つ

 ☆船は出て行く帆かけて走る 茶屋の娘はソレ出て招く 

  招けど船の寄らばこそ 帆かけて来い も一つ

 ☆恋の車にお米をのせて 江戸に送ろか大阪に行こか 

  又は浪花の島原に 帆かけて来い も一つ

 ☆沖の暗いのに白帆が見える あれは紀の国ソレみかん船 

  明日はみかんの市が立つ 帆かけて来い も一つ

 ☆前の山椒の木 三四郎さんと 思うて抱いたらわしゃ目をついた 

  どうせ養生せにゃならぬ 帆かけて来い も一つ

 

数え唄

・「数え唄」 府坂、竹角、青山

 ☆一つとのよのえ 柄杓に杖笠おいづるを 巡礼姿で父母を 訪にょうかいな 

 ☆二つとのよのえ ふだらく岸うつみ熊野の 那智の小山に音高く 響こうかいな

 ☆三つとのよのえ みるよりお弓は立ち上がり 盆にしろげの志 進上かいな 

 ☆四つとのよのえ ようまあ旅に出しゃんした さだめし親子と二人連れ 同行かいな 

 ☆五つとのよのえ いえいえ私二人旅 父さん母さん顔知らず 恋しいわいな 

 ☆六つとのよのえ 無理に押し遣る餞を 僅かの金じゃと志 進上かいな 

 ☆七つとのよのえ 泣く泣く別れて行く後を 見送り見送り伸上がり 恋しいわいな 

 ☆八つとのよのえ 山川海里遥々と 憧れ訪ねる愛し子を 返そうかいな 

 ☆九つとのよのえ 九つなる子の手を引いて 我が家に帰りて玄関口 入ろうかいな 

 ☆十とのよのえ 徳島城下の十郎兵衛 我が子と知らず巡礼を 殺そうかいな

 

一郎兵衛

・「だいもん」 西野 <三下り>

 ☆ここに京の町 大文字屋のかぼちゃとて アラその名は一郎兵衛と申します

  背は(ヤットセイ) 低うても ほんに猿眼 アーヨイワイナ サーヨイワイナ(ソレ)

 ☆頃は正月 若松様じゃと申します そりゃまたどうして申します

  枝も 栄ゆりゃ ほんに葉もしげる

 ☆二月初午 すすふる音に春めけば 狐がスココンこりゃ鳴いた

  今夜 一夜が ほんに夜のこく

 ☆花の三月 雛祭りじゃと申します 姫女が喜ぶ節句ぞな

  今夜 一夜が ほんに夜のこく

 ☆四月八日は お釈迦の誕生と申します お釈迦の産湯を頭から

  かくりゃ お釈迦も ほんに濡れ仏

 ☆五月五日は ちまきに兜 飾り立て 子供の喜ぶ節句ぞな

  中で 杓ふる ほんに飴もふる

 ☆頃は六月 夏祭りじゃと宮々で 氏子がにわかに跳び遊ぶ

  中で 田主さんが ほんに稲を植うる

 ☆頃は七月 精霊の祭りと棚かけて 坊様たちゃ衣に玉襷

  中で 踊り子 ほんに音頭とる

 ☆頃は八月 八幡祭りと祝い込み その名はそうだと申します

  背は 高うて ほんに伊達男

 ☆頃は十月 亥子の餅は石で搗く 搗けども練れんと申します 

  練れんはずだよ ほんに石じゃもの

 

・「一郎兵衛」 宇山、汐月、長谷 <三下り>

 ☆うちのナー 一郎兵衛と隣の一郎兵衛と よその一郎兵衛とナー

  アラ三つ(コノセ) 合わすりゃ ほんに一・三が三郎兵衛とな

  アラヨイワイナーヨイワイナー(一反畑のぼうぶらが なる道ゃ知らずに這い歩く)

 ☆うちの二郎兵衛と隣の二郎兵衛と よその二郎兵衛と

  三つ合わすりゃ ほんに二・三が六郎兵衛とな

  (一反畑のぼうぶらが なる道ゃ知らずに這い歩く)

 ☆ここは京町 大文字屋のカボチャとて

  その名は一郎兵衛と申します 背は低うても ほんに眼は猿眼

  (やっとこやしまのほしかの晩 ほしかの晩なら宵から来い)

 ☆頃は七月 精霊の祭りだと精霊棚

  くりたてくりたて飾り立て 中で坊主が ほんに衣に玉だすき

  (ごろごろ鳴るのはなんじゃいな 石臼雷猫の喉)

 ☆四月八日の お釈迦の祭りだと申します

  新茶の出花を頭から かくりゃその日の ほんにその日の祈祷になる

  (カラカラいうのは何じゃいな 墓参に嫁ごの日和下駄)

 

・「大文字山」 府坂、竹角、石打、波越、大正 <二上り>

 ☆ここは京の町 大文字屋のかぼちゃとて その名は一郎兵衛と申します

  背は 低うても ほんに見る目は猿眼 アラヨイワイナー サーヨイワイナー ソレ

 ☆ここに春駒 すすふる音に春めけば 狐はスココン今宵とな

  一夜は ほんに ほんにスココンと鳴き明かす

 ☆頃は三月 雛祭りじゃと村々に 娘は打ち寄り遊びます

  中に 色めく 中に色めく姉娘

 ☆四月八日は お釈迦の誕生と申します お茶の出花を頭から

  かくりゃ お釈迦は ほんにお釈迦は濡れ仏

 ☆うちの五郎兵衛と 隣の五郎兵衛と よその五郎兵衛とな

  三つ 合わすりゃ ほんに三五の十五郎兵衛

 ☆うちの茶釜と隣の茶釜と よその茶釜と

  三つ 合わすりゃ 三唐が唐金 唐茶釜

 

与勘兵衛

・「与勘兵衛」 宇山、江頭、汐月、津志河内、小島、泥谷、長谷 <二上り>

 ☆与勘兵衛坊主が二人出た(ソコソコ) 一人は確かな与勘兵衛じゃ

  一人ゃしんしん信太の 森に住むではないかいな アラ実 与勘兵衛

  (一反畑のぼうぶらが コリャ なる道ゃ知らずに這い歩く)

 ☆今年は豊年満作じゃ 庄屋もめぼしも百姓も

  猫もねんねんねずみも 猫もねずみもすりこのバチかいよ

  (一反畑のサヤ豆が ひとサヤ走れば皆走る)

 ☆木立の庄屋さんは何が好き 恥ずかしながらも唐芋好き

  今朝もねんねん寝起きから 赤い唐芋の焼き冷まし

  (お前家持ちわしゃ子持ち 下から持ちゃぐるもぐら餅)

 ☆真実保名さんに添いたくば 榊の髷と偽りて

  七日なんなん七夜さ 怨み葛の葉と寝たならば

  (やっとこやしまの ほしかの晩 ほしかの晩なら宵から来い)

 ☆私とお前さんの若い時ゃ 女郎か卵かと言われたが

  今じゃとんとん年が寄って 寺の過去帳にしっかとつけられた

  (一反畑のぼうぶらが なる道ゃ知らいで這いまわる)

 ☆因尾の庄屋さんの町戻り 脇差ゃ割れたや 割れ豆腐

  それをつんつんつづらで それをつづらでしっかと巻きとめた

  (納戸に小屋かけ…)

 

・「与勘兵衛」 波越、大正、府坂、竹角 <二上り>

 ☆与勘兵衛坊主が二人出た 一人は確かな与勘兵衛

  一人ゃしんしん信田の 森に住むではないかいな アラ実 与勘兵衛

 以下略

 

・「与勘兵衛」 石打 <二上り>

 ☆アーソレ 与勘兵衛坊主が二人出た 一人は確かな与勘兵衛じゃ

  一人ゃしんしん信太の 森に住むのが白狐 アラ実 与勘兵衛 ドッコイ

 ☆今年は豊年万作じゃ 道ばた小草に米がなる

  道のこんこん小草に 道の小草に米がなる

 ☆木立の庄屋さんは何が好き 恥ずかしながらも芋が好き

  朝もねんねん寝起きから 赤い唐芋の焼き冷まし

 ☆私とお前さんの若いときは 女郎や卵と言われたが

  今はとんとん年が寄って 寺の過去帳にしっかとつけられた

 ☆真実保名さんに添いたくば 榊の髷など結うわしゃんせ

  いかなしんしん新玉も よもや嫌とは言わすまい

 ☆弁慶坊主は荒坊主 生竹へし曲げてヘコに差す

  いかなきんきん金玉も いかな金玉もたまりゃせぬ

 

・「与勘兵衛」 西野 <三下り>

 ☆ソリャー 与勘兵衛坊主が二人出た 一人は確かな与勘兵衛じゃ(ハーイーヤー)

  一人ゃしんしん信田の 森に住むではないかいな アラ実

 ☆因尾の庄屋さんの町戻り 脇差ゃ割れたや 割れ豆腐

  それをつんつんつづらで それをつづらでしっかと巻きとめた

 

お染

・「お染」 石打

 ☆夕べの風呂の上がり場で この腹帯を(コラセ) 母さんに

  見つけられてこりゃお染 この腹帯は何事ぞ ホホお染さんせ(ハイ)

 ☆父は高いのを上と言うて 母は低いのを 上と言う

  何のことかと問うたなら 上りかまちのことじゃげな

 ☆ここは都の大阪で きいつ着物を 角屋敷

  瓦屋橋とや油屋の 一人娘のお染とて

 ☆夕べお染が寝間にいて といつくどいつ 意見すりゃ

  泣いてばっかりいやしゃんす 泣いてばっかりいるわいな

 ☆さても優しき蛍虫 昼は草葉に 身を隠し

  夜は細道 灯をとぼす 今の若い衆のためになる

 

浮名

・「浮名」 西野 <本調子>

 ☆浮名は立つとも変わるまい 身はただ塵と捨てら 捨てられぬ 

  ナンマイダー コラセ ナンマイダーで浮名立つ 

  ハレワイサーコノ トチンチン トチンチチンチリ チリツンシャン 

  ヤレーサーテー ヤレーサーテー ヤーヤートヤー 

 ☆恋しき人のためじゃとて しきびの花を手向け 手向けつつ 

  ナンマイダー ナンマイダーで浮名立つ

 ☆仏の奥の大黒は 福神ならで貧乏 貧乏神

  ナンマイダー ナンマイダーで浮名立つ 

 

・「新茶」 西野 

 ☆新茶点ちょうより 濃茶買うて ちと買うて 茶々とでな 

  新茶点ちょうより 濃茶買うて ちと買うて 茶々買うて ションガイー 

  アーコノ オー買うて ちと買うて 茶々買うてな 

 ☆わしはこの町の すいか ぼうぶら 売りじゃとな 

  わしはこの町の すいか ぼうぶら 売りじゃと ションガイー 

  アーコノ すいか ぼうぶら 売りじゃとな 

 ☆わしは黒沢の おすみ すみつけ 駄賃とり 

  わしは黒沢の おすい すみつけ 駄賃と ションガイー 

  アーコノ おすみ すみつけ 駄賃とり

 

本調子

・「本調子」 泥谷 <本調子>

 △オイヤ桶屋さん門中で 底つきなき輪を締めしゃんせ

  やっぱり本輪がよいわいな

 ☆ハイヤハー 船は出て行く帆かけて走る(アリャアリャアリャ)

  茶屋の娘が出て招く(ヤー ヤー) 招けど船は寄らばこそ

  思い切れとの風が吹く(イヤマダマダ) ソレソレソレ ほんかいな(ハー)

 ☆竹になりたや紫竹の竹に もとは尺八 中は笛

  裏はそもじの筆の軸 思い参らせ候かしこ

 ☆文はやりたし書く手は持たぬ やるぞ白紙 文と読め

  書いたる文さえ読めないわしが まして白紙なんと読む

 ☆梅も八重咲く桜も八重に なぜに朝顔 一重咲く

  わしは朝日に憎まれて お日の出ぬ間にちらと咲く

 ☆ここは色街 廓の茶屋よ のれん引き上げ お軽さん

  由良之助さんわしゃここに 風に吹かれているわいな

 ☆鷺を烏と見たのが無理か 一羽の鳥さえ鶏と

  雪という字も墨で書く あおいの花も赤く咲く

 

・「ほんかい」 波越 <本調子>

 ☆船は出てゆく帆かけて走る(イヤマダマダマダ)

  茶屋の娘が出て招く ヤー ヤー ソイ

  招けど船の(アーヨイトセー) 寄らばこそ

  思い切れとの風が吹く(イヤマダマダ)

  ソーレソレソレ ほんかいな ヤー ヤー ソイ

 以下略

 

・「無理かいな」 波越 <本調子>

 ☆江戸に姉さん大阪に妹 母は京都の 島原に

  花じゃなけれども散り散りに 明けて悔しい玉手箱 思うてみさんせ無理かいな

 以下略

 

・「花笠」 西野 <本調子>

 ☆菊も八重咲く桜も八重に なぜに朝顔(ヨイトセ) 一重と咲く

  わしは一重に咲きかねて お日の出ぬ間にちらと咲く

  (思うてみさんせ 無理かいな ソレ)

 以下略

 

・「花扇」 西野 <本調子>

 ☆三五の月の乱れ髪 兼ねて逢いたさ 見たさをば

  その日の契りカネつけて(ソレ) 末はお前に任せる身じゃぞえ

 ☆熊谷次郎真実は 須磨の浦にて敦盛を

  打ちて無情を悟りしが 末は蓮浄法師となる身じゃぞえ

 ☆千鳥も今はこの里に いとし可愛いの源太さん

  鎧代わりに三百両 辛や無間の鐘つく身じゃぞえ

 ☆手樽の山に差し向い 茶碗引き寄せ二つ三つ 

  たがやき水の香りぞや 顔に紅葉がちりちりぱっと

 ☆軒端を伝う鶯の いとし恋しに来たものに 

  もとの古巣に帰れとは あまりつれなや情けないぞえ

 

いろは

・「いろは」 西野 <二上り>

 ☆アリャドッコイ 

  いの字がエ いの字がエ ヤレーサテーナ 

  いの字で言わば サイナー いつの(ドッコイ) 頃より 

  つい馴れ初めて(ドッコイ) ソーレジャワー ソーレジャワー 

  今は思いの種となる 恋じゃえ ソーリャー

 ☆ろの字がえ ろの字がえ ろの字で言わば

  路地の駒下駄つい踏み鳴らし あとは思いの種となる 恋じゃえ

 ☆はの字がえ はの字がえ はの字で言わば

  羽交揃えて空舞う鳥も 吹いて止めます尺八の 音色かな

 ☆にの字がえ にの字がえ にの字で言わば

  憎い男のその立ち振りは 思い直して晴れ晴れと 恋じゃえ

 ☆ほの字がえ ほの字がえ ほの字で言わば

  惚れた男のその立ち姿 長い羽織に落とし差し 恋じゃえ

 

わが恋

・「わが恋」 波越、大正 <本調子>

 ☆わが恋は 住吉浦の(ヤレソレヤレ) 夕景色

  ただ青々と待つばかり 待つは憂いもの辛いもの

 ☆わが恋は 細谷川の 丸木橋 渡るに怖き渡らねば 可愛いトイチの手が切れる

 ☆奥山の 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞く度に慕い来る 逢うてどうしょうこうしょうと

 ☆初花が 夫の勝五郎 介抱して 箱根の山を引く車 さても貞女な操かな

 

・「わが恋」 府坂、竹角 <本調子>

 ☆わが恋は  細谷川の 丸木橋

  渡るに怖し渡らねば 可愛いトイチの手が切れる(ソレ)

 ☆わが恋は 住吉浦の 景色にて ただ青々と松ばかり まつはよいもの辛いもの

 ☆出てみれば 蝶が牡丹で 羽を休め 猫めは日向で昼寝する 寝ては夢見る心地かな

 ☆初花が 夫の勝五郎 介抱して 箱根の山を引く車 さても貞女な操かな

 ☆美津姫が 主を殺した 天罰に 報いは親にこの通り 槍の穂先に手をかけて

 ☆奥山の 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞く度に慕い来る 逢うてどうしょうこうしよう

 

ヨシヨシ

・「十二梯子」 波越、大正 <本調子>

 ☆十二梯子の二階より(ソレソレ) 上からお軽さんがのんのべ鏡 

  下じゃ由良之助文を読む ささ 縁の下 九太夫がな ヨシヨシ 

 ☆塩冶判官高貞が 白木の三方に腹切刀

  力弥 由良之助まだ来ぬか ささ 只今参上でな

 ☆鶴岡なるご神殿に 数多の兜のある中で 

  これが高貞さんの兜じゃと ささ 顔世が目利きでな

 

 

20、文句集その4 その他の字脚の小唄

 

お竹さん

・「お竹さん」 波越、大正 <二上り>

 ☆黒い羽織に三つ紋つけてナー シテコリャ 男がどうしゃんす

  小藪の陰からストトントン もうしもうしとお竹さんかいな

  アイナアイナ アーンコアイナ

 ☆黒い羽織に三つ紋つけてナー シテコリャ 男がどうしゃんす

  しゃならしゃならでストトントン アンゲラモンゲラアンゲラモンゲラ

  しゃならしゃならとストトントン 障子の陰から

  もうしもうしとお竹さんかいな アイナアイナ アーンコアイナ

 

・「お竹さん」 石打

 ☆嘘じゃござんせんほんとの女郎衆 なんしてなんして 男がなんとするか

  いつも振袖ナンアンアン アンゲラモンゲラモンゲラアンゲラ

  いつも振袖ナンアンアン 柳の木陰で もうしもうしとお竹さんかいな

  アイナ アーンガ アイナ

 

淀の川瀬

・「淀の川瀬」 波越、大正、石打、府坂、竹角 <本調子>

 ☆淀の川瀬の水車 誰を待つやらくるくると 水を汲めとの コリャセ 判じ物

  汲むは浮世のならいぞや ありゃあれ そりゃそれ 柄杓さんをまねく

  ヨーイ ヨーイ ヨーイヤナー

 ☆一字千金二千金 三千世界の宝ぞや 教える人に習う字の

  中にまじわる菅秀才 武部源蔵 夫婦の者が ヨーイ ヨーイ ヨーイヤナー

 ☆ここを尋ねて来る人は 加古川本蔵行国が 女房戸無瀬の親子連れ

  道の案内の乗り物を かたえに控えただ親子連れ

 ☆かたえに直れば女房も 押しては言わぬもつれ髪 鬢の解れをなぜつける

  櫛の胸より主の胸 映してみたや鏡たて 映せば映る顔と顔

 ☆引けよ鈴虫それぞとは かねて松虫ひなぎぬも 手燭携え庭に下り

  母様お越し召されたか いざ此方へとあの呼ぶ世の ヨーイ ヨーイ ヨーイヤナー

 

茶屋暖簾

・「茶屋暖簾」 柏江 <三下り>

 ☆茶屋の暖簾なイロハニホヘト 嫁や娘を皆うち連れて

  ぴらしゃらしゃんすに見惚れつつ 思わずまがきに抱きついて そそうな人さんじゃ

 ☆松は唐崎 矢走の帰帆 月は石山 三井寺の鐘

  堅田の落雁 瀬田の橋 比良の暮雪に粟津路や 見事なものぞいな

 ☆宇治は茶所 茶は縁所 同者同行 皆引き連れて 

  摘み取らしゃんすに見とれつつ 思わず茶の木に抱きついて そそうなことぞいの 

 ☆恋し恋しと鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を燃やすなり 

  我が身は蛍じゃなけれども 君ゆえ身をば燃やすなり 辛気なことぞいな 

 ☆間の山ではお杉とお玉 お杉お玉の弾く三味線は 

  縞さん紺さん浅葱さん そこらあたりにござんせん 見事なことぞいの

 ☆可愛い勝五郎 車に乗せて 引けよ初花箱根の山に 

  紅葉のあるのに雪が降る さぞ寒かったでござんしょう 辛気なことぞいの

 ☆園部左エ門清水寺に 太刀を納めてその帰るさに

  薄雪姫に見とれつつ 思わずまがきに抱きついて そそうなことぞいの

 ☆可愛い川辺に出る蛍虫 露に焦がれて身を燃やすなり

  我が身は蛍にあらねども 君ゆえ身をば燃やすなり 辛気なことぞいの

 ☆可愛い可愛いと鳴く鹿よりも 鳴かぬ蛍が身を燃やすなり

  我が身は蛍にあらねども 君ゆえ身をば燃やすなり 辛気なことぞいの

 

段物

・長音頭
 「お為半蔵」 北部 <二上り>
 ☆佐伯領とや堅田の谷よ(ハドッコイセー) 堅田谷でも宇山は名所
  名所なりゃこそお医者もござる(セノセー ヨーイヤセー)
 ☆お医者その名は玄了様と これはこの家の油火の 明る行灯もまたたく風に
「お為半蔵」 長谷 <二上り>
 ☆佐伯領とや堅田の谷よ(アラドッコイセ) 堅田谷でも宇山は名所
  名所なりゃこそお医者もござる(ドッコイサノセー ヨーイヤセー)

「小五郎」 岸河内 <本調子>

 ☆扇めでたや末広がりて(アラドッコイショ) 鶴は千年 亀万年と
  祝い込んだる炭窯の中(セノセー ヨーイヤナー)

 ☆真名野長者の由来を聞けば 夏は帷子 冬着る布子 一重二重の三重内山で

「お為半蔵」 西野、波越、大正、石打、府坂、泥谷 <二上り>
 ☆消ゆる思いは玄了様よ(ヨイヤセー) 一人息子に半蔵というて
  幼だちから利口な生まれ(ヨイヤセー ヨーイヤセー)
「大文字」 柏江 <二上り>
 ☆淵にヨー 身を投げ刃で果つる(ヨイトセ) 心中情死は世に多かれど
  鉄砲腹とは剛毅な最期(ヨイトサノセー ヨーイヤナー)

「兵庫節」 柏江 <二上り>
 ☆月は清澄 日は満々と(ヨイヨイ) おごり栄ゆる平家の御代も

  勇む源氏の嵐にもまれ(ヨーイーヤセーノ ヨーイーヤセ) 

兵庫節
「切音頭(那須与一)」 長谷、宇山、汐月 <二上り>
 ☆月は清澄 日は満々と(アリャナー コリャナー)
  おごり栄ゆる平家の御代も(アリャ ヨイトナー ヨイトナー)
 ☆勇む源氏の嵐にもまれ 散りてはかない平家の連よ

「切音頭」 岸河内 <二上り>

 ☆月は清澄 日は満々と(コラセイ ソコセイ)

  おごり栄ゆる平家の御代も(ヨイトナー ヨイトナー)

「男だんば」 西野 <二上り>
 ☆国は関東 下野の国(アラセ) 那須与一という侍は(ヨイヤセー ヨーイヤセ)
 ☆なりは小兵にござ候えど 弓矢弓手に名は萬天と
「女だんば」 西野 <二上り>
 ○東西 東西 東西南北静まり給え(ヨイヤセー ヨーイヤセ)
 ☆人の浮き伏し我が身の上は(アラセ)
  たとえがたなき四池の里の(ヨイヤセー ヨーイヤセ)

「織助さん」 青山 <調弦不明>

 ☆たとえ織助死んだとて 何が卒塔婆に立てらりょか

 

 

<那須与一> 西野
国は関東 下野の国 那須与一という侍は

なりは小兵にござ候えど 弓矢弓手に名は萬天と

のぼせ給いしところはいずこ 四国讃岐の屋島が沖で
源氏平家の御戦いに どちも勝負がつかざるゆえに

平家方なる沖なる船に 的に扇をあげたるていよ

あれは源氏に射よとの的よ 「九郎判官それご覧じて

那須与一を御前に召され」 与一御前にあいつめければ

九郎判官仰せしことに 与一あれ見よ沖なる船は
的に扇を立てたるていよ なれが力で射てとるならば

弓の天下を取らしょうものに かしこまったと御前を下がる

与一その日の出で装束は 常に変わりていと華やかに
嘉珍明石の錦を召さる 「白糸緋縅の鎧着て

青の名馬を駒引き寄せて」 手綱かいとりユラリと乗りて

小松原より波打ち際を しんずしんずと歩ませければ
四国讃岐の屋島が沖は 風も激しく波高ければ

的の扇も矢に定まらぬ そこで与一が観念深く

南無や八幡那須明神よ どうぞこの的 射させて給え
祈請かくれば屋島が沖は 風も治まり波鎮まりて

神の功力か矢に定まりて 切りて放せば扇の的は

風に誘われ二舞い三舞い 沖の平家が船端叩く
陸の源氏は箙を叩く 「那須の高名 数多かれど

与一功名はまずこれまでに」

 

<那須与一> 柏江、長谷、宇山、汐月
月は清澄 日は満々と 驕り栄ゆる平家の御代も

勇む源氏の嵐に揉まれ 散りて儚い平家の連よ

四国讃岐の屋島の磯で 源氏平家の御戦いは
七日七夜も戦うけれど どちら勝負のつかざる故に

平家方なる沖なる船に 的に扇を上げたる態は

あれは源氏に射よとの的よ 源氏方には弓引きゃないか
源氏方には弓引きゃ多い 亀井片岡駿河の次郎

武蔵坊主の弁慶などが 我も我もと威勢を為せど

的の扇は威勢じゃ落ちぬ 神や仏の功力でとらにゃ

国は関東下野の国 那須八郎その三男に

那須与一という侍は 形は小兵にござ候えど

空に舞い散る鳥燕さえ 三羽狙えば二羽さえ落とす
弓を取っては関八州で 並びないよな弓引き上手

そこで与一は御前に呼ばれ 御用いかがと伺いければ

与一呼んだは余の儀にあらず 与一あれ見よ沖なる船の
出船入船また走る船 あれに扇を上げたる態は

あれは源氏に射よとの的よ あれを一矢に射落とすなれば

弓の天下を望みに取らす」 そこで与一は打ち喜んで
与一いそいそ御前を下がる 我が座返りて仕度をなさる

与一出でたち拵え見れば 黒の鎧に黒皮おどし

黒の名馬にこしばる置いて 五尺貼りかな矢は十五束
手綱かいとりユラリと乗りて 小松原かな波打ち際を

しんどしんどと急がしければ 急ぎゃほどなく屋島の磯へ

この日限りで屋島の磯は 風も激しく波高ければ

的の扇が矢に定まらぬ そこで与一は祈誓をこめる

西を向いては両手を合わせ 南無や八幡那須明神よ

射させ給えよ扇を的を 神の功力があれ有難や
要どころがありありわかる そこで与一は狙いを定め

切って放せば扇の的は 要際よりぷつりと射切り

風に吹かれて波間に落ちる 沖の平家は船端叩き
陸の源氏は箙を鳴らす 至る与一と皆誉めそやす

那須の高名数多かれど 与一高名まずこれかぎり

 

<白滝> 柏江
国の始まりゃ大和の国よ 島の始まりゃ淡路の島よ

神の始まり鹿島の神よ 縁を結ぶは出雲の神よ

縁は不思議なものにてござる 父は横萩豊成郷の
姉は当麻の中将の姫よ 妹白滝二八の年に

器量がよいとて御目にとまり 一の后に供わりまする

摂州津の国山田が村の 利佐衛門とて賢い人よ
内裏白洲の夫に出される ある日小庭の掃除をなさる

塵を拾うもその日の勤め 頃は六月下旬の頃よ

御簾を恋風吹きまくられる 一の后の白滝様の
一人丸寝の御寝姿を ちらと見初めてはや恋となる

恋はもろこし天竺までも 彼方此方にもれ聞こえして

御上様にとお耳に入る そこで山田は御用に呼ばれ
御用と呼ばるりゃ行かねばならぬ 一の門越え二の門越えて

玄関口にて両手をついて 御用いかにと伺いければ

御上様より仰せの御意に 高き賎しき隔てはいらぬ

一生連れ添う歌詠むならば 望み叶えて得させぬものと

さあさ詠め詠め山田の男 言えば利佐衛がさて申すには

なんぼ御上の水じゃといえど 下より上に流れまい
上から下に流れ行く 詠んで下されその下の句は

言えば白滝理に詰められて すぐに白滝歌詠みかける
「雲谷の 雲谷の 雲より高きこの白滝に 情けかけるな山田の男」
山田くらいに及ばぬ恋を 山田烏と詠み下げまする

利佐衛門とて賢い人よ すぐにその歌詠み返すには
「稲月の 稲月の 稲葉の露に恋焦がれして

お日は照る照る山田は枯れる これほど山田が枯れるのに」
落ちて助けよ白滝の水 水よ落ちよと詠み上げまする

これを聞いたる御上様は あまりこの歌名歌であれば

床に飾れば床絵のごとく 後代伝わる御巻物と
守り刀は婚引出物 利佐が女房と名を付け分ける

言えば山田はうち喜んで 連れて山田に落ち入りなさる

連れて山田に落ち入るときに 山田その田に不思議がござる

低きところに水たまらずに 高きところに水たまりして

いつがいつまで湧き出る露を 鶴は千年亀万年と

お前百までわしゃ九十九まで ともに白髪の生えゆくまでと
祝い込んだる山田の里よ さてもめでたや若松様は

枝も栄えて葉も繁る

 

<お梅伝治> 西野
「東西 東西 東西南北静まり給え」
人の浮き伏し我が身の上は たとえがたなき四池の里の
「お梅伝治がさよいこい衣」 さてもお梅はいかなる生まれ

目許口許 顔立ちのびて ことに鼻筋 五三の器量
笑顔楊貴妃さてかみの上 心島田で人あいぐすね

むかし松風 村雨などと たとえがたなき四池の里の

草に育てし見目とも見えず お梅十四の冬籠りより
伝治心はおりおり心 「ほうびき戻りにそれこなさんと

交わす枕の夜は長かれと」 思いながらもただ恐ろしゅて

顔に紅葉はちりちりぱっと 恋の蕾の開いた夜は
人の色香も匂いの梅に 伝治心は鶯の鳥

つけて廻すが月夜も闇も 親の許さぬ比翼の契り

かかるためしは あな気の毒や 「これのお申し伝治さん

お顔見るのも今宵が限り」 わけも言わずにただ殺してと

怨み涙は五月の雨に 伝治驚きこは何事と
様子語れとはや泣きじゃくり ほんにお前に知らせはないか

わしはそもじの兄八郎様が 「妻にせんとて今日夕暮れに

えこんおさまる吉日定め」 眉を直せと鏡のいはい

それと聞くより気も針箱の 底を叩いた私が心
愛しこなたと言うことならぬ 狭き袂に石拾い込み

まもの池にと最期を急ぐ 伝治引きとめこれお梅どの

どうも言われぬ嬉しい心 死ぬるばかりが心中でもなし

江戸や薩摩に行く身でもなし 同じ四池の水飲むからは

時節松風また転び寝の 忍び逢う夜もありそう梅の

沖の鴎や磯千鳥 「それと聞くよりなどをして

やがて嫁入りしゅうことさ」

 

<お為半蔵> 大字堅田、長谷、池田、青山
淵に身を投げ刃で果つる 心中情死は世に多かれど 鉄砲腹とは剛毅な最期
どこのことかと尋ねて聞けば 頃は寛延二年の頃で 国は豊州 海部の郡
佐伯領とや堅田の谷よ 堅田谷でも鵜山は名所 名所なりゃこそお医者もござれ
お医者その名は玄了様と これはこの家の油火の 明る行灯も瞬く風に
消ゆる思いは玄了様よ 一人息子に半蔵というて 幼だちから利口な生れ
家の伝の医者仕習うて 匙もよう効き見立も当る 堅田もとより御城下までも
流行病は半蔵にかかる 半蔵は長袖 常にも洒落て 襟を着飾り小褄を揃え
足ゃ白足袋 八つ緒の雪駄 しゃならしゃならで浮世を渡る

やつす姿は人目に立ちて 道の行き来にゃ皆立ち止り

彼は好いもの好い若い者 在にゃ稀じゃと皆褒めていく
褒める言葉がつい仇となる 同じ流れの川下村で 潮の満干を見る柏江の
渡り上りに修験がござる 修験その名は流正院 流正院とぞ呼ぶ山伏の
妹娘にお為というて とって十八角前髪の 花も恥らう綺麗な生まれ
諸芸 縫針 読み書きまでも あたり界隈誰たてつかぬ 地下に一人の評判娘
それに半蔵が想いを懸けて いつかどうぞと恋路の願い

胸に焚く火の燃ゆれはすれど 人目ある世はままにもならず

真間の継橋渡りは絶えて 磯の鮑の唯片想い
思い兼ねたる心の祈念 どうぞ助けて逢わせて給え 逢うて想いをとげさすならば
一生断ちましょ鰻と玉子 神や仏も心の誠 受けて哀れと思せし甲斐か
頃は正月二十八日は 土地の鎮守の竜王様の 年に一度の初御縁日
我も我もと参詣すれば お為半蔵も氏子で参る 上る半蔵下向するお為 
宮の鳥居の左の脇で ふっと半蔵はお為に出会い 思いつめては人目も恥じず
しかと手をとり顔うち眺め もしこれなこれお為さん わしは真実お前のことを
寝ては夢に身覚めては想い 想い暮して照る日も曇り 冴えた月夜もまた闇となる
闇に迷いて三度の食も 胸に詰まればつい癪の種 癪が病のもととなり
こうも痩せたは皆誰故ぞ どうぞ一夜は慈悲情け かけて頼むとかき口説く
お為半蔵に申すよう 物の数にもたらわぬ私 誠真実それほどまでに
言うてくれるは嬉しいけれど 推量なされて半蔵様よ 私ゃ今では継母がかり
親がきつけりゃ身は籠の鳥 籠の鳥なら世はままならず

他の御用ならどうでもなろが 恋路ばかりはお許しなされ

言うに半蔵は気も急きのぼせ 人に大事を明かさせながら
靡くまいとはそりゃ胴欲な 物の例えを引くではないが 深山隠れに春咲く桜
人が通わにゃ盛りも知れず 岩の間の躑躅や椿 誰も手折らにゃその根で腐る
ここら辺りの川端柳 嫌な風でも吹き来りゃ靡く またも例は篠竹薮の
今年生えたる弱竹さえも とまる雀にゃ宿貸す習い 魚は瀬にすみ鵜は淵に住む
人は情けの下に住め お為言葉の理につめられて もしこれな半蔵様よ
あなたそれほど真実あれば 一夜二夜の契りはいやよ 二世も三世もまた先の世も
変わるまいとの誓いをしましょ 当座ばかりに眺むる花と 徒な浮名を世に立てられて
添も得遂げぬ語らいなれば なまじ約束せぬのがましよ 言えば半蔵は打ち喜びて
あわれ竜王大権現 八幡菩薩もご照覧給え つかう言葉に偽りあらば
半蔵一命差し上げましょと 神を誓に心の誠 見えてお為もにっこと笑い
締めて返せし手と手の裏に こもる互の思いも通い この日別れてお為は帰り
半蔵それより御嶽に登る 御嶽登りて氏神様に 日頃焦がるるお為に出会い
逢うて互に言葉を交わし 交す言葉に真実込めて 積る思いも高嶺の雪と
解けて嬉しい心の願い これもあなたのご利益なれば 二人約束した日も丁度
年に一度の初御縁日 お礼参りはまた重ねてと しばし額づき心の祈念
述べて拝みて我が家に帰る 半蔵それよりお為が許に 三月四月は忍びて通う
忍ぶ恋路にゃ難所がござる 義理の柵 人目の関所 関所守る目の赦さぬものは
恋の闇路に身を紛らせて 上辺や世間を忍ぶとすれど

忍びゃ忍ぶほど浮名は立ちて 宵に吹く風 朝吹く嵐

広い堅田を早吹きまわす そこら界隈 東に西に
どこの地下でも三人寄れば 噂話はお為と半蔵 在所や収納時 麦打つ囃子
はやる小唄もお為と半蔵 半蔵両親それとも知らず 近所隣の爺婆達が
いつも小声で囁く噂 よもやそれとは心もつかず 世間話のただそよごとと
徒に通せし身の恥ずかしさ 聞けば我子の半蔵が上と 知った両親打ち驚きて
母はわが子に意見をせんと 奥の一間に半蔵を招き 半蔵よう聞け大事なことよ
そなた大事の身を持ちながら いつの頃から心が迷い 人目忍びて柏江村の
渡端なる修験が元に あれが娘のお為を慕い 末は夫婦となる約束を
堅う結んで通やるそうな 家の跡目を継がせるそなた そなた心に適うた娘
入れて夫婦にしてやりたいは 親の心は山々なれど 家が大事か女が重か
筋目正しい我が家の系図 やがて二代の玄良様と 人に褒められ世に立てられて
家を継ぐべきそなたじゃないか 広い世間の例を見るに 何処の里でも貰うた嫁の
心一つで一家は栄え 心一つで一家は滅ぶ 見栄や器量に迷うた人の
家を治めた例は聞かぬ 殊にお為は修験の娘 医者と山伏ゃ家にも不吉
添うに添われぬ悪縁なれば ことの道理をよう聞き分けて 家の大事と我が身の大事
親の心を休むる為に どうぞお為と別れてたもや そなた一生添わせる妻と
かねて見立てし定めし者は 灘の鳥越お繁というて 今年十月引越すはずよ
あれと仲良う夫婦となって 家の栄を図りてたもりゃ わりつ口説きつ涙を流し
慈悲も情も込める母が 事を分けたる親身の意見 聞いて半蔵は胸轟かせ
何と答えん言葉は絶えて 腹に据えたる我が身の覚悟 好かぬお繁と夫婦になって
嫌な一生暮そうよりも いっそ死んだがましではあると 思い定めて我意を決し
母に向いで両手をつかえ もしこれな母上様よ 事を分けたるそのご意見に
厚きご慈悲の光を受けて 胸の迷いの雲晴れました 父母の仰せに従いまして
すぐにお為と手を切りましょと 述ぶる半蔵が心の内は 今宵一夜が我身の限り
またと会われぬこの世の母に 嫌な言葉を聞しょうよりも 安堵さするが今際の孝と
口の先なるその気休めを 母はそうとも夢さら知らず 半蔵良い子よよう諦めた
幼な時から利口なものと 人も褒めたる甲斐ある程に 家の大事を心にかけて
厭かぬ女に未練もかけず それで我家の跡取息子 父もさぞかし喜びましょと
言うていそいそ一間を出づる 後に半蔵は胸こまぬきて 焔こ暗き火影に向かい
一人つくづく我が身の果てと 味気なき世を心に託ち 死ぬと覚悟を極むる上は
今宵一夜もうるさき娑婆に 住みて甲斐なき身の上なれど 息のあるうちも一度逢うて
様子を聞かせにゃ不実な人と あとでお為が恨むであろう 恨むお為に得心させて
自殺するこそ男の誠 そうじゃそうじゃと我が家を出でて 急ぎゃ程なく柏江村に
またも急げばお為が許に 着いていつもの背戸へと廻り 裏の窓から様子を見れば
お為や朋輩皆うち寄りて 流行小唄で夜なべの最中 お為お為と小声で呼べば
お為ゃ不審の眉うち寄せて いつも早いに今宵は遅い 見ればお顔の色さえ冴えぬ
何か子細のありそなことよ わけを聞かせて半蔵様と 言えば半蔵は吐息をついて
沈みがちにてお為に向かい 月にゃ群雲花には嵐 障りあるのが浮世の常か
わしとお前の二人が仲は 世にも人にも知らさじものと つつむ甲斐なく仇名は漏れて
親の折檻一家の騒ぎ 生きちゃこの世に居られぬ半蔵 死ぬと覚悟を極めしものを
せめて今一度お前に逢うて 永の別れの暇を告ぎょと 我が家抜出で今来た私
私ゃ冥途に旅立つ程に お前や後まで生長らえて 人に勝れた良い婿迎え
夫婦仲良う暮らしてたもりゃ 同じ流れを汲みてでさえも 深い縁のあるとぞ聞けば
遂げぬ妹背も五月六月 通い慣れたる好みのかいに 思い出す日を忌日と定め
茶湯茶水の御回向頼む 云えばお為がせきくる胸に 泣声立てじと袖噛み締めて
堪えぬ思いに身を震わせつ 何の答えもただ泣きじゃくり しゃくりあげたる涙の雨に
濡るる海棠が色増す風情 ようよう袂で顔押し拭い あまり無体な半蔵様よ
あなた日頃にどうおっしゃった 今の言葉のあだ水臭い そもや二人がこうなる初め
神を誓いに互の誠 告げて二世まで夫婦になろと 言うた言葉を忘れてかいな
生きてこの世に沿われぬならば 共に死のとはかねての覚悟

起証誓紙の百枚よりも 云うた言葉をわしゃ反故にせぬ

あなた死ぬのを傍から眺め 後に残りて婿取るような
そんなお為と思うてかいな 二世も三世もその先までも 添うて変わらぬ一人の夫と
思うあなたを世に先立てて ただの一日も何永らよう あなた冥途に旅立つならば
わしも黄泉のお供をしましょ 云えば半蔵打ち喜びて しばし涙に袂を絞り
されば死ぬ日を決めねばならぬ 死ぬるその日は六月十日 堅く誓うて半蔵は帰る

日にち立つのも間のないものよ 今日はその日の六月十日 お為朝から髪梳きなおし
化粧済ませて晴着に着替え 父と母とに両手をついて もしこれな父上様よ
私ゃ波越の観音様へ かねてこめたる心願あれば 今日はこれからお参りしましょ
言えば両親言葉を揃え そなた波越に参るは良いが 土用半ばの炎天なれば
傘をさしても日中は暑い 暑い日中にゃ木陰に休み 喉が渇くとも冷水飲むな
水を飲む時薬をやろと 父は箪笥の引き出し開けて 出して与ゆる富山の気付
お為両手に押戴きて 胸にせき来る涙を抑え 今日の一日を一期となして
明日はこの世にない我子とも 知らぬ誠の父上様の 深き情けのその御心に
背く不孝は因果か業か 今宵山路の草葉の露と 消えし知らせを聞かしゃるならば
さぞやお恨みなさるであろと 思い廻せば空恐ろしく 膝も震えて暫しがほどは
立ちも得去らずその座にいたが お為ようよう気を取り直し

それじゃ父上参って来ましょ 云うてお為は我が家を出づる

長き日脚も早や傾きて とこうする間にその日は暮れる
ここに半蔵は我が家にありて 今宵限りの身の上なれど 後に一筆書置きせんと
部屋に籠りて机に向かい 硯引寄せ墨すり流し 筆の始めに記せしことに
二十二歳を一期となして 親に先立つ不孝の詫を 継に記せしその文言は
受けしご恩は千尋の海も 須弥の高嶺も及ばぬものを 露や塵ほど報ぜぬ上に
勝手気ままな最期を遂ぐる 不孝いや増す不埒の詫を 次へ次へと身の非を責めて
父母に詫びたる今際の遺書 書いて封じて手箱に納め 葛篭開いて衣装を出だす
半蔵その日の死装束は 肌に白無垢 白地の下着 上に越後の白帷子を
着けて締めたる博多の帯に 挟む印籠も白銀黄金 やがて仕度も皆整えば
銚子盃袂に入れて 家に伝わる頼国俊の 一刀手鋏 鉄砲ひさげ
馴れし我が家を忍びて出づる 急ぎゃ程なく柏江村の 勝手知ったるお為が許よ
格子窓から覗いてみれば 一人お為がただしょんぼりと 目には涙の物案じ顔
お為お為と小声で呼べば お為駆け出て半蔵にすがり

お出で遅しとわしゃ待ちかねた ここで人目にかかりもしたら

どんなさわりのできよも知れぬ 尽きぬ話は行たその先と
二人連れ立ち家路を離れ 行手急げばはかどる道の 後を埋むる川靄さえも
消えていく身の終の友 岸を離れて江頭来れば 今宵十日の月代さえも
西の尾上に早や傾きて 暗さも暗し後田の ここを通れば思い出す
過ぎし五月の田植えの頃は 村の娘子皆打ち連れて 茜だすきのいと華やかに
菅の小笠のただ一揃い くけし真紅の紐引き締めて 緑の早苗抱え帯
誰を思いに弱腰の 濡れて植えたる稲さえも 秋は実りて穂をかざし
末は世に出てままとなる 同じ月日の下に住む わしとお前はなぜ何故に
育ちもやらぬしいら穂の 実りもせで果つるかと 云えば半蔵も声打ち湿り
言うて帰らぬ皆あと言に 何を悔やみて鳴く不如帰 鳴いて飛び行く声聞きゃお為
四手の田長が冥土の旅の 道を教えて先に立つ 声をしおりのあの山こそは
人の名にゃ呼ぶ城山峠 今宵二人が死山峠 さあさ急ごと気を励まして
山の峠に二人は登り ここがよかろと草折敷きて 銚子盃早や取り出だし
半蔵傾けお為に廻し しばし名残の酒酌み交わす これがこの世の限りと思や
さすがお為は女の情よ 涙抑えて半蔵に向かい こんな儚い二人が最期
遂げよと知らせの正夢なるか 正月二日の初夢に わしがさしたる簪の
ぬけてお前の脇腹に しかと立ちたる夢を見た 夢が浮世か浮世が夢か
早う覚めたや無明の眠り 頼むは後世の弥陀浄土 短い夏の夜は更けて
今鳴る鐘は江国寺 また鳴る鐘は常楽寺 また鳴る鐘は真正寺
また鳴る鐘は天徳寺 また鳴る鐘は天明寺 正明寺こそ正七つ
五か寺の鐘も皆鳴りて 白む東の横雲に 夜明け烏が最期をせがむ
死なにゃ追手のかかろも知れぬ 早く殺して殺してと 言うに半蔵も覚悟を極め
二尺一寸すらりと抜いて 花のお為をただ一撃ちに 倒る屍腰うちかけて
かねて用意の銃とりなおし どんと放つがこの世の別れ 残る哀れは堅田の谷よ
今もとどむる比翼塚 お為半蔵の心中の噂 聞くも涙の一雫

 

<お塩亀松> 柏江、波越
国は筑前遠賀の町で 坪衛庄屋の太郎兵衛殿よ 蔵が七軒酒屋が五軒
出店貸家が三十五軒 手代番頭七十五人 家は三階八つ棟造り
裏に泉水築山ついて 金魚銀魚や鯉鮒生かす それを眺める長者の威徳
何についても不足はないが 不足なければ世に瀬がござる 子供兄妹持ち置きまして
父は冥土に赴きました 兄が亀松 妹はお塩 兄の亀松母さん継子
妹お塩が自身の子なら お塩母さん悪事が起きる 兄の亀松殺してのけて
西や東やあの家蔵や 北や南のあの田畑も 妹お塩に皆まるめたい
神に頼んで盲にしよか 医者に頼んで毒酒盛ろか 神に頼めば天知る地知る
人が知りては大事なことよ いっそそれよりお医者がよかろ

少し下にはお医者がござる お医者さんにとちょこちょこ走り

ごめんなされとお内に入る 中に入りて両手をついて
お内なるかやこれお医者さん 誰かどなたかお塩の母か お塩母さんようござんした
上がれお茶飲めお煙草吹きゃれ 言えば母さんさて申すには

お茶も煙草も所望じゃないが 私ゃあなたに御無心ござる

言うたら叶えよか叶えてくりょか 言うたら叶えじゃ叶えてやれじゃ
何の御用かはよ語らんせ 言えば母さん申せしことにゃ 日頃あなたも知りての通り
わしに子供が兄妹ござる 兄が亀松妹のお塩 兄の亀松私にゃ継子
兄の亀松殺してよけて 西や東のあの家蔵を 妹お塩に皆まるめたい
毒な薬を三服頼む 言えばお医者が飛びたまがりて 親の代からお医者はすれど
医者はもとより南無則経の 薬師如来の教えた匙で 人を助くる薬は盛れど
人に害する薬はあげぬ 毒な薬が所望とあらば 少し下にはヤブ医者ござる
そこに行きやれお塩が母よ 言えば母さん申せしことにゃ 毒な薬を三服くるりゃ
小判千両今でもあげる 言えどお医者は耳にも入れぬ そこで母さん腹をば立てて
物も言わずにすっと立ち上がる お前薬で殺さんときも 亀一人は殺さじゃおかん
戸口出る出るその悪たれを 言うて別れて我が家へ帰る

我が家帰りてなぎはら這うて 長い煙管に煙草を摘めて

煙草飲む飲む思案をなさる 案じ出したが浄瑠璃本の
昔横山三郎殿が 小栗判官殺した書物 蔵の二階にちょろちょろ上がり
檜節なし縦横けやき 二間長持 蓋つき上げて 今度取り出す毒酒の本よ
それを手に取り開いてみれば 毒な品数百四十八 まず一番の薬だては
三で山椒の小虫をとりて 蛇の陰干しゃ大劇薬よ 山でつつじや吊るしの柿や
木の葉隠れの一寸百足 滑るひいばに滑るこの泥鰌 竹の切り口溜まりし水よ
谷の清水のいもりをとりて 品を合わせて百二十四品 米の味醂で毒酒を作る
毒な酒なら出湧きも速い 宵に作れば夜中に出湧く 作りこんだが二つの小壷
お塩飲むなと添書きなして 奥の戸棚にしっかと納す 頃は八月彼岸の頃よ
日にち申せば二十一日よ お塩母さんお寺に参る お寺参りのその留守の間に
あまりお塩がもの淋しさに 奥の戸棚をごとごと探す 探し出したが二つの小壷
神の教えかお塩が目には 亀の毒酒に三行半の お塩飲むなと添書きござる
そこでお塩が思いしことに どうでこのこと母さん仕業 これをこのまましておいたなら
兄の亀松非業な死によう わしの母さん大事が起きる 裏の小池にざんぶと捨てる
毒な酒なら小池の鮒も 腹をかやして一度に死ぬる 小壷ゆすいで戸棚に納す
やがて母さん寺から帰る 家に帰ればわが子のお塩 もうし母さん物問いましょか
奥の戸棚にもろみの酒よ ときとならざるもろみの酒は 兄を殺そと企みなさる
あんな企み早う止めなされ 兄はこの家の大黒柱 兄を殺さばこの家は立たぬ
どうせ兄さん殺すであれば 兄の身代わりわし殺しゃんせ

よその他人が聞かしゃんすると お塩母さん鬼かな邪かな

言われますどやわしゃ恥ずかしや 言えば母さん腹をば立てて
親の悪事を子が言うものか 打つど叩くどちょうちゃくなさる

上がり縁からまた突き落とす お塩泣く泣く外にぞ出づる

一の門越え二の門越えて 三の門越え小池の端で
ここで死のかと思案はすれど 越えた門をばまた越え戻る どうぞこのこと兄上様に
逢うて様子を語らんものと 家に帰りて二階に上がる 二階上がりて透かして見れば
兄の亀松それとは知らず 七つ下がれば提げ提灯で 書きつ読みつの稽古の盛り
もうしこれいな兄上様よ 書きつ読みつは早う止めなされ 親が親なら役にも立とが
親が親じゃき役にも立たん わしの母さん悪事が起きて お前殺そと企みなさる
お茶を飲むとも気をつけなされ ご飯食べるも気をつけなされ

油断なされば非業な死によ 言えば亀松飛びたまがりて

持ちたる筆をば取り落とし 何を言うどや妹のお塩
西や東のあの家蔵も 北や南のあの田畑も われに遣るどや妹のお塩
何を言わんす兄上様よ 西や東のあの家蔵や 北や南のあの田畑を
庭のすぼほど欲しいとあれば 親の悪事を子が言わりょうか

そこで亀松申せしことにゃ 私ゃこれきり腹切るほどに

国の殿様御用であれば 兄は頓死で死んだと言やれ
言えばお塩がまた申すには 何を言わんす兄上様よ 私とお前は義理兄妹で
真の兄妹そうないものよ お前腹切りゃわしゃ髪下ろす 髪を下ろして尼にとなりて
六十六部でお廻りまする 言えば亀松申することにゃ 今年霜月母さん年忌
母のためなり我が身の修行と 六十六部でお廻りましょか

ここで支度はできないほどに 小倉町行きゃ伯母さんござる

伯母の方にて支度をせんと そこで兄妹心を合わせ
東蔵にて着物を出して 西の蔵にて金取り出して 一の門越え二の門越えて
小松千本 杉また千本 それを越えれば桜が峠 桜峠に腰うちかけて
名残惜しさにあとうち眺め お塩あれ見よ遠賀が見える 鳥も古巣に帰るといえど
二度と帰らぬ遠賀の町よ 何を言わんす兄上様よ 悔いを見捨てて出るからしんは
国が恋しとわしゃ思やせん それを越えれば小倉の人の 山の峠に腰うちかけて
お塩あれ見よ小倉が見ゆる 小倉新町五丁目の米屋 あれに見えるが伯母さんの家

急ぎゃほどなく小倉の町よ もうしこれいな伯母上様よ

言えば伯母さん飛びたまがりて 前に立ちたはお塩じゃないか

後に立ちたは亀じゃあないか 輿や車で乗り来る人が
徒歩や裸足で何しに来たか 国の殿様御用で来たか 親に勘当受けては来てか
訳を言わねば中には入れぬ 言えばお塩が申せしことにゃ 国の殿様御用で来ぬが
親の了見でここまで来たと 言えば亀松そこ打ち消して

お塩そこ言うなそこ言うちゃ大事 そこで亀松申せしことに

国の殿様御用でも来ぬが 親に勘当されても来ぬが
五年前から六部の願い 今度幸い願いも叶うて 今年霜月母さん年忌
母のためなり我が身の修行と 六十六部でお廻る程に 言えばお塩がさて申すには
兄の言うのは皆偽りよ わしの母さん悪事が起きて 兄を殺すのを企みなさる
言えば伯母さんうち驚いて 笈の支度はいたしてやろと 檜節なし樅つげけやき
切りつ刻みつ笈こしらえよ 笈は八角まん丸柱 七日ぶりにて笈成りなした
笈はできたが仏はできん 法師雇うて仏を刻む さあさこれから仏を刻む
亀が仏が南無地蔵菩薩 お塩仏が十一面の 観世音菩薩を名乗らせ給う
笈も仏も皆出来上がる そこで兄妹支度にかかる 明日は日がよい文立てましょや
小倉町中は伯母さん手引き 伯母の手引きで托鉢なさる 小倉町中の若衆方が
さても殊勝なお六部さんと 心ごころに餞別なさる それを兄妹押し戴いて
しばし間は回向をなさる ご縁あるならまた逢いましょう そこで兄妹四国が望み
そこで伯母上申せしことにゃ なんとよう聞け兄妹子供 四国道にとなりぬれば
金に不足はあるまいけれど とかく六部というものは 日に七軒の托鉢を
いたすものどよ兄妹子供 晩は七つにはや宿とりて 朝は五つにその家を出づる
言えば兄妹しみじみ受けて そこで伯母上別れをいたし 多少なれども餞別なさる
それを兄妹押し戴いて しばし間は回向を唱う 名残惜しそに小倉を出でて
そこで兄妹四国を望む 船は新造新木の櫓にて 船は八反帆を巻き上げて
急ぎゃ程なく四国に着いて 四国の島では伊予の国 伊予の国では岩屋山
岩屋山では競り割りの 葛禅定や鎖の禅定 三十一小屋 十六羅漢
八十八箇所札うち始め そこで兄妹うち喜んで あら嬉しや四国は済んだ
そこで兄妹大阪を望む しばし間は道中なさる 急ぎゃ程なく大阪に着いて
大阪町をば托鉢なさる 大阪町中の若衆方が 世には六部の数多かれど
さてもきれいな御六部さんと 我も我もと餞なさる 心ごころの手のうち供養
五日六日は逗留なされ 大阪町をば札打ち終わる 兄妹望みは京都の札所
京で天下の双門聞けば 東門跡西御門跡 明けて参るが三井寺様よ
名所名所を札打ち過ぎる そこで兄妹うち喜んで あら嬉しや京都も済んだ
そこで兄妹紀州を望む しばし間は道中なさる 急ぎゃ程なく紀州にゃ着いた
紀州名山高野の麓 女人堂までうち連れたちて 女人堂から女はならん
そこでお塩が申せしことにゃ もしこれいな兄上様よ わしはここらで待ちますほどに
九万九千の御寺々を 奥の院までお参りなされ 言えば亀松うち喜んで
女人堂にとお塩を頼む そこで亀松お山に登る 法場の峰や八つの谷
九万九千の御寺々を 奥の院までお参りなさる 七日ぶりにて下向に向いて
十日ぶりにて女人堂に着いた すればお塩はうち喜んで またも連れ立ち信濃を望む
道を行く行く高野の話 急ぎゃ程なく日坂の峠 山の峠に腰うちかけて
お塩あれ見よ箱根が見える 箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井の川よ
手拭い脚絆をはや剥ぎ取りて 御縁も深き兄妹は 手に手を取りて渡り込む
お塩流るりゃ亀松手引き 亀が流るりゃお塩が留む 浮きつ沈みつ大井の川を
渡り上がるが島田の宿よ 渡り上がりてあとうち眺め どうかお塩が顔色悪い
気色悪けりゃ気付けをやろか 急ぎ行くのが信濃の町よ またも急げば信濃の城下
行けば表に茶屋三軒よ まず一番の茶屋にては 茶屋の女がそれ見るよりも
さてもきれいなお六部さんよ または夫婦か兄妹連れか

店のわらじを手に取り上げて これはよもなき品にてあれど

お履きなされて下さりませと それを亀松押し戴いて
なむからたんの御詠歌流し 兄妹諸共お礼を申す まず二番の茶屋にては
茶屋の亭主が申せしことにゃ さてはきれいなお六部様よ

または夫婦か兄妹連れか 店の手拭い手に取り上げて

これはよもなき品にてあれど 汗取り手拭い差し上げましょう
それをお塩が押し戴いて なむからたんの御詠歌流し 兄妹諸共お礼を申す
二度とご縁がござんすなれば またのご縁にあずかりましょう

さらばさらばとその家を出づる まず三番の茶屋にては

茶屋の亭主がそれ見るよりも されもきれいなお六部様よ
または夫婦か兄妹連れか 国はいずくで名は何と言う 国は筑前遠賀でござる
わしが亀松この子がお塩 わしが二十二でこの子が十五

聞いて亭主が不思議に思う わしも子供が兄妹ござる

兄が亀松妹がお塩 きつい疱瘡に病みつきまして
養生叶わず相果てました 今宵あたりが七日の誕夜 歳も変わらず名も一つなら
今宵一夜はお泊りなされ ときに亀松立たんとすれば 何を言わんす兄上様よ
豊前小倉の伯母上様が さても六部と申するものは 日には七軒托鉢いたせ
晩は七つ時宿とるものよ 朝は五つ時宿発つものと 教えてくれたじゃないかいな
泊まりましょうや兄上様よ そこで亀松その家に泊まる わらじ置くやら脚絆の紐を
足をすすいで笈仏なおす 亀松笈仏 仏の前に お塩笈仏 仏の前に
飾り立てたがきれいなものよ さらばこれから御詠歌流す 宿の亭主も連れ念仏よ
もはやその夜もさらりと明ける ときに亭主が申することにゃ

今日は日もよい善光寺様に 私も参るでござんすものよ

聞いて兄弟うち喜んで 導き給えやご亭主さんと
聞いて亭主が導きいたす 急ぎゃ程なく善光寺様の お宮近々近寄りければ
うがい手水で我が身を清め 下がり鰐口うち振り鳴らし 心静かに拝みをあげる
さてもきれいな善光寺御堂 御堂の長さが三十と五間 堂の高さは十八間よ
ここに細々彫り物ござる まず一番の彫り物は 獅子に牡丹や竹に虎
下に下がりてその彫り物は 雪降り笹や群れ雀 ぱっと舞い立つまた舞い戻る
どこの六部もよう名を付けぬ お塩亀松よう名を付けた お宮廻りでその場をさがる
ときにお塩が申することに もし兄さん亀松さんよ 頭痛がしまする かみ打ちまする
聞いて亀松飛びたまがりて 右の茶屋にとはや連れかえす 水や薬を一口飲めど
水や薬もはや差し戻す もはや疱瘡も現れ出づる ときに亭主が申するように
もうしこれいなお六部様よ どうせこの子は病み抜きできぬ

この子病み抜きゃ枯れ木に花よ 聞いて亀松申せしことにゃ

どうせ病み抜き出来ぬとあれば 連れて帰るぞ遠賀の町に
言えばお塩の申せしことにゃ 何と言わんす兄上様よ 家を出るときどう言うて出たか
鳥は古巣に帰るといえど 二度と帰らぬ遠賀の町に 重き枕をようやく上げて
もしこれいな兄上様よ わしが性根の確かなうちに さあさこれから形見を開く
わしが笈仏あの引き出しに 金が三百両入れてある ここの家なるご亭主さんに
わたしが形見と百両あげて またの百両お寺にあげて 残る百両その金は
わしが死にたる入り用にあてて もし兄さん亀松さんよ お前無事にてお暮らしなされ
秋の稲妻川辺の蛍 灯す油の落ち入るごとく とろりとろりと落ち入りなさる
隣近所が寄り集まりて もしこれいなお六部様よ なんぼ泣いても嘆いたとても
死んだ妹は帰らぬ身じゃが 野辺の送りをいたそうじゃないか

野辺の送りをいたすとあれば 信濃町中の大工師雇い

切りつ刻みつ棺こしらえよ 四方四面に燕を立てて
行き来る人々膳の綱 風になびかせ威勢な送り 日数経つのは間もないものよ
二日が経てば三日経つ 七日七日も七七日 四十九日もはや経ちければ
そこで亀松庵寺建てる 朝と晩とにお勤めなさる 一つ申すはお塩のために
二つ申すは我が身のために 先祖代々菩提のために 夜と昼との常念仏よ
水の流れと人間の身は どこのいずくで相果てるやら

お塩亀松信濃で果てた されも哀れなことぞいな