北部地区(宇山、汐月、江頭)・大字長谷・大字池田の堅田踊り

二上り:

・高い山

 これはそう古くはない流行小唄で、流行の時期は江戸時代か、または明治か。この種の唄は全国的に流行したようで、あちこちの盆踊り唄・座興唄として盛んに唄われてきた。今でもかなり残っているようだ。文句は一口小唄で、何にでも転用できるようなものばかり。のんびりとした雰囲気だが、囃子言葉が地口になっておらず、三味線の節の一部を拾って「アラソーレモ」「アラも一つ」と囃しているあたり、三味線と一体になっていて、やはり洗練されている印象を受ける。

 踊りは手踊りで、北部・長谷・池田の堅田踊りの中では最も易しい部類。この踊りは堅田踊りが伝承されている他の集落にも広く残っているが、ここの高い山はよそのものと比べるととても大人しい印象を受ける。

(踊り方)

「高い山から」 体重移動のみで、左右左、右左右…と小さく足踏みし、

「谷底」 左手アケで、上向きにチョンチョンと招き

「見ればヨー」 両手を左下でかいぐりして山を描くように上げ、結んで小さく開いて止める。

「ソコソコ」 両手下ろす。

「瓜や茄子の」 右手を外から内に振り上げ手首を返して下ろし、反対、反対、

「花盛りヨ」 谷底見ればヨーと同じ

「アラそれも…」 左から3歩で流しながら一回り

「アラも一つ…」 3歩で右に流して左流し右流し、3歩で左に流して右流し左流し、3歩で右に流して右手振り上げて手首返して下ろし、左手振り上げて手首返して下ろす。

・与勘兵衛

 これも昔の流行小唄か何かだろうが、類似した唄がなかなかみつからない。簡単な節回しの中にも途中で陰旋化するところがあり、それなりに洗練されている。この地域のものには各節末尾に三味線の節をなぞった唄囃子がついており、三味線のみとなる部分はわずかしかない。唄い出しの「与勘兵衛坊主が…」から結びの「よかんべえ」も「与勘兵衛」としているも、元来その部分は「良かんべえ」であって、掛詞的なおもしろさも含んだ文句だったのではないかと想像している。
 これは扇子踊りだが、扇子は始終開きっぱなしだし特に難しい所作もなく、この地域の踊りの中では簡単な方だと思う。子供から大人までよく踊っており、二重の輪ができる。

(踊り方)

「与勘兵衛坊主が」  左足を半歩前に出して重心を後ろに落とした状態で、その場で右手から交互に上下させながら扇子を回す(扇子を上下に回す所作)。

「一人出た」 左下でかいぐりし輪を描くように両手を上げて

「ソコソコ」 両手下ろす。

「一人は」 右足出しながら左で扇子打って足戻しながら手も下ろし

「確かな」 左、右と足を蹴り出しながら両手を左右に流し

「与勘兵衛」 扇子を回しながら3歩で左に流し、反対動作。

「一人ゃ」 扇子を回しながら3歩で左に流すが、最後は左手を腰に、扇子を右肩に。

「しんしん信田の」 手はそのままに、右足から交互に4回蹴り出す。

「森に住むではない」 両手を流しながら、右左、右、左、右、左と5呼間で一回りして

「かいな、アラ実、与勘兵衛」 扇子を回しながら3歩で右へ、反対、反対、反対。

「一反畑のぼうぶらが」 右に流し、左に流し、扇子を回しながら3歩で右へ

「なる道ゃ知らずに這い歩く」 左に流し、右に流し、扇子を回しながら3歩で左へ

<間奏> 扇子を回しながら3歩で右へ、扇子を回しながら3歩で左へ、右、左下、円を描くように両手振り上げて下ろす。


・切音頭「那須与一」

 この唄は簡単な節回しの段物口説で、長音頭に比べるとこちらの方がより洗練されているような印象を受ける。一節はごく短いが節の上り下りが忙しく、その細かい節回しが何とも情感に富んでおり、とてもよい曲だと思う。

 これも扇子踊りで、同じ所作の繰り返しなので簡単そうな印象。しかしやや踊りが揃いにくい上に、2歩で反転し扇子を翻しながら弓を引くような所作をきめるのは、踊ってみると案外難しい。

(踊り方)

「月は清澄日は満々と」 扇子を上下に回し、右足出して左下でかいぐりして右足を戻し作円。

「アリャナーコリャナー」 半呼間遅れで左、右と流す。

「おごり栄ゆる平家の御代も」 月は清澄…の部分と同じ。

「アリャヨイトナー」 その場で左回りに反転して後ろ向きになり扇子を翻しながら弓を引くように両手を上げ下ろしして、

「ヨーイトナー」 その場で左回りに反転して前向きになり、再度弓を引く。

・思案橋

 この唄は生み字が多く、慣れるまでとても唄い難い。堅田踊りの唄の中でも、かなり難しい方だと思う。字脚が7・7・5で、これは近世調以前のものと思われる。したがって山国町等で唄われた思案橋よりもこちらの方が古いのだろう。同種の字脚のものは、福岡県の「日若踊り」でも唄われている。堅田踊りでは、出だしの「思案橋越えて」の部分など「思案橋ヤー、思案ヤー、思案橋越えて」と唄い長く引き伸ばしているのがおもしろい。文句はそめき唄の類だが、節は案外田舎風な印象を受ける。

 踊りは手踊り。唄の1節が長いので手数が多く、しかも所作が込み入っており、とても難しい。恋慕の所作と佐衛門の所作が入り混じっているが、途中で急に後ろ向きになったりする。この地域の堅田踊りの中では間違いなく最難関であり、伝承者の減少が著しい。

(踊り方)

「思案橋」 右から交互に4回流す(4回流しの所作)

「ヤー」 左手で右の袂を押さえながら、右手を握って顔の横まで引き上げる(袂の所作)。右手、左手の順に顔の前に振り上げて握りながら左足蹴り出して右から2歩で前へ(すくって進む所作)

「マダマダ、思案」 右から3歩で内に回して流しながら少しさがって、左から交互に3回流す(回して3回流しの所作)

「ヤー」 袂の所作。 左足が半歩前、腰をやや落とし、体重を前後させながら、左手を振り上げて手首返して下ろし、同様に右手、左手、右手(4回招きの所作)

「思案ヤー」 円外向きになり両足は束、両手揃えて向こうから手前に握り返し、手を反対に返して左手で右の袂を押さえ、右手を上で軽く握りながら左に回り、円心向きになり再度両足を束、両手揃えて向こうから手前に握り返す。

「ヤー」 手を反対に返して右手で左の袂を押さえ、左手を上で軽く握りながら3歩で左に移動(左さえもんの所作)

「橋越えて」 右に3歩で回して流し、左手を腰に当てて右手を握り(恋慕の所作)3歩で回して左に流し、恋慕の手のまま右、左、恋慕の型を崩して普通に3歩で回して右流し。

「行こか戻ろか思案(ソーレ)」 左、右と流しながら左回りに回って後ろ向きになり、左足を後ろで踏んですぐ体重を右に戻し(方向転換の所作)、左に流し、右足を後ろで踏んですぐ左足に体重を戻しで円の外向きになり、右流し左流しで前向きに戻る。袂、4回招きの後、両手でそれぞれの袖をつかんだ状態で腰の辺りをぶらぶらと振りながら(ぶらぶらの所作)、左を蹴って右左と進み、右から交互に4回蹴り出す。

「思案橋」 さらに2回蹴り出す。ぶらぶらの手のまま右を蹴って両手を体の左側に持ってきて、揃えて前後に振りながら左、右、左と3歩前へ(左さしの所作)。 右から3歩で内に回して流しながら少しさがる。

<間奏> 左から3回流して袂、すくって進んで、回して3回流して袂、すくって進んで、回して3回流して袂、すくって進み、両足束のまま手を下ろして、次の文句を待つ。

・対馬

 思案橋と並ぶ難曲。1節目の文句は「われは対馬の鍛冶屋の娘」たったこれだけだが、生み字の連続でとても長く引き伸ばして唄う。この文句だけでは意味が通らないが、おそらく昔は2節目に「かねの鎖で船つなぐ」のような文句があり、恋の唄だったのだろう。しかしその文句が欠落したようで、今は2節目に「この家座敷は…」の上の句を、3節目には下の句を唄っている。2節セットで文句を半分に分けて唄う形の唄であり、このことからも「われは対馬の…」を受ける下の句が、本来はあるのだろうと想像できる。 
 踊りは手踊り。これも唄の1節が長いので手数が多い。思案橋よりは易しいが、同じことの繰り返しばかりで覚え難い。

(踊り方)

「われはヤーレー」 右から4回流して袂、すくって前に進み、3歩で回して右後ろへ。

「対馬の、ハーヤーレーサーテー」 左から3回流して袂、すくって前、すくって右後ろ、すくって前、すくって右後ろ、左足踏んですぐ右足に体重戻し、すくって前、すくって右後ろ、すくって前。

「ナ、鍛冶屋の」 3歩で回して右後ろへ。左から3回流して袂、すくって前、すくって右後ろ、すくって前。

「娘、ハーンーヤーハー」 3歩で回して右後ろへ。左から3回流して袂、4回招く。

「ハーリワッターホイ、カエガナイ」 ぶらぶらの手で左蹴って右左と前へ、右を後ろで踏んで体を右に入れ込み両手右後ろから回して体の前にまっすぐ伸ばして「カエガナイ」の「イ」で左手アケ右手フセで手拍子を打つ。

<間奏> もう一度同じように手拍子を打ち、右手下から左手上から打ち違える(手拍子は合計で3回になる)。ぶらぶらの手で右蹴って左右と前、左から交互にブラブラで小さく進んで行って三味線の節の終わり間際から流し始め、袂、すくって前に出て両足束で手を下ろし、次の節まで待つ。

・佐衛門
 この唄は、県内の他地域の「さえもん(祭文)」とは似ても似つかぬもので、思案橋や対馬と同じくらいに難しい節回し。 しかし三味線の合の手に「アラドッコイセー」などの囃子を乗せるなど堅田踊りの唄にしては随分田舎風で、のどかな印象を受ける。

 これも手踊り。1節の間に一連の所作を2度繰り返すが、その間の待ちが長く覚えづらい。伝承者の減少が著しい。

(踊り方)

「笛、アラドッコイセー、の音に寄」 円心を向いて右、左と小さく流して●右足引き戻して束になりながら両手揃えて手前に握り返し、さえもんの所作で左に進み、右足引き戻して束で両手返して、さえもんの所作で右へ、左へ、右へ、左へ。

「る、マダセー」 3歩で回して右後ろに流し、その場でうしろにのけぞりながら左、右と大きく流してきまる。

「秋の鹿エー、妻、アラドッコイセー」 左から3回流して袂、4回招く。ぶらぶらの所作で左蹴って右左で前へ、右から交互に8回蹴って、左差しの所作。●

※以下、右に3歩回して流し、●から●をもう一度繰り返す。

・長音頭「お為半蔵」

 同じ段物口説の切音頭「那須与一」に比べると田舎風の節回しで、この地域に伝わる10種の中では少し毛色が違うように思われる。1節の間に77の句が3句入っており、節が変化に富んでいる上に賑やかな雰囲気なので親しみ易い。昔は途中に違う節回しの句を挟んだりしていたが(古い口説本ではその箇所を「」でくくって分かり易くしている)、現在はそこまでいく前に踊りをやめている。この唄は南海部地方を中心に、大野地方や直入地方、宮崎県の一部地域にまでも流布しており、その土地々々で「佐伯踊り」「八百屋踊り」等の名前でよく親しまれている。 
 ごく簡単な手踊りで、少し練習すれば子供でも容易に踊れる。泥谷や波越、柏江のものとは踊り方が異なっているが、この地域に伝わる16足の踊り方が最もよく知られているだろう。なお、一郎兵衛の女踊りと全く同じ踊り方である。昔は男女ともに「一郎兵衛の女踊り」の踊り方で踊っていたそうだが、近年は長音頭のときにも「一郎兵衛の男踊り」で踊る人が増えてきている。

(踊り方)

1、2 左に流し、継ぎ足で右左と出ながら手拍子。

3~6 右に流して円心向きになり、左で手拍子、左カーブしながら右に流して左で手拍子で前向きになる。

7~9 右、左、右と流しながら右カーブして後ろ向きになる。

10 両手を左に回しながら左足を後ろで踏みすぐに右足に重心を移して左回りに反転し前向きになる(方向転換)。

11~13 左、右と流して方向転換で後ろ向きになる。

15~16 左、右と流して方向転換で前向きになる。

 

本調子:

 

・長音頭「小五郎」
 大字長谷の中でも岸河内では、長音頭を本調子で弾いており、口説内容も「お為半蔵」に限定せず炭焼き小五郎などを用いている。節回しも少し異なる。


三下り:

・お夏清十郎

 唄は、生み字を使わない無理のない節回しで唄い易く、わりと簡単な方。しかしそれなりに洗練された雰囲気である。泥谷に伝わるものとほぼ同じ節だが、お囃子の末尾の部分をせり上げて唄う点が泥谷とは異なる。 
 これは扇子踊りだが、右手に持った扇子は開きっぱなしだし所作も難しくはない。手踊りの思案橋や恋慕より覚えやすいので、踊り手もそれなりに多い。

(踊り方)

「お夏どこゆく手に」 右手の扇子を右肩に当てたまま、左手を振り上げながら左足を蹴り出し、右、左と2歩で左前へ移動しながら左手軽く握る。同様に右へ、左前へ、右へ。

「花持ち」 扇子の左右を両手でつまんで左上に仰ぎながら左足を蹴り、右上に仰ぎながら右足を蹴り、同様に左蹴り、右蹴る。

「て、わしは」 左足を蹴って扇子をすくい上げて倒し、要を向こう側にしながら右、左と2歩で前へ。扇子の扱い同様に右を蹴って左、右と2歩で右へ。

「清十」 左足を蹴りながら左上に仰ぎ、右、左と2歩で左前に進みながらもう一度左上に仰ぐ。

「郎の、ヨイヨー墓ま」 右上に仰ぎながら右足を蹴り、左上を仰ぎながら左足を蹴り…この要領で交互に蹴りながらその場で右回りに一周し最後は右。

「いり」 扇子をすくって倒して前へ(左蹴って右左)。

「ソノヨイトナーヨイトナー」 扇子から左手を離して両手を右に回しながら、右蹴って左右で右へ。再度扇子の左右を両手でつまみ、扇子をすくって倒して左前へ(左蹴って右左)。扇子から左手を離して両手を右に回しながら、右蹴って左右で右前へ。左、右、左と流しながら、左足から3歩さがる。

<間奏> 両手を右に回しながら右蹴って左右で右前へ、反対動作で左前へ。右流し、左流しで右手の扇子を右肩に当て、左足蹴りながら左手振り上げて返して下ろし、束足で次の文句を待つ。

・一郎兵衛
 京都で昔唄われた「大文字かぼちゃ」の流行小唄が伝わったもので、西野に残っている「だいもん」もこれと同種。文句によって節回しに多少の差異はあるが、難しくはない。テンポが速くてとても賑やかな印象を受ける。

 踊りは易しい。女踊りは長音頭と同じで、男踊りは激しく飛び跳ねて踊る。 女踊りの踊り方は長音頭の項を参照。男踊りは、女踊りを激しくしただけなので省略する。

・恋慕

 無理のない節回しで唄いやすい唄だが、「サー恋慕、恋慕、恋慕ヤー恋慕ヤー」と繰り返す部分がとても印象に残る。 洋旋の明るい感じの節回しで、のんびりとした雰囲気。
 踊りは手踊りで、思案橋よりはずっと易しいが、腕をブラブラと低い位置で振りながら一回りしてその場にとどまる部分が長く、次の所作に移るタイミングを覚えづらい。それでも「恋慕、恋慕ヤー」の部分で腕を低く振りながら前に後ろに、行ったり来たりする部分が何ともおもしろく、それなりに親しまれているようだ。

(踊り方)

「船は出て行く」 円心を向いて踊り始める。恋慕の所作で3歩で左へ、右へ、左へ、右へ。
「帆かけて」 すくって握って3歩で左へ、右へ。

「走」 両手を左に回しながら3歩で左へ進み前向きになる。

「る、茶屋の娘は出て」 ぶらぶらの所作で右から交互に蹴り出しながらその場で右回りし、前向きになったら少しずつ前に出る。

「まねく」 左さしの後、3歩で回して右後ろへ。

「サー恋慕、恋慕」 左から3回流して袂。

「恋慕、ヤー恋慕ヤー」 4回招いて、ぶらぶらの所作で左蹴って右左と前へ。

<間奏> ぶらぶらのまま右蹴って右にターンして後ろ向きになり左右と進み、左蹴って左にターンして右左と進み、3歩で回して右後ろへ。左から3回流して袂、4回招くが、4回目の招きのときに左手を腰に持って行き恋慕の所作の準備に入り、やや円心を向きかける。待ちを入れずにすぐさま、はじめの所作にうつる。

 

 全部で10種類の唄が伝わっており、一郎兵衛には男踊りと女踊りがある。ところが一郎兵衛の女踊りと長音頭は全く同じ踊り方なので、踊り方も都合10種ということになる。佐衛門と一郎兵衛は、北部の各集落と長谷の一部集落にしか伝わっていない。10種のうち7種が手踊りだが、全体的に手数が多く難しい。左手、右手…と交互に4回、高い位置で手首をクルリと返す所作や、両手をブラブラさせながらその場にとどまるような所作、扇子踊りのときに両手を交互に上げ下げするような所作は、この地域の特徴といえる。

 宇山は三味線・音頭ともに生演奏だが難しい踊りになると輪が小さくなりがちで、10種類のうち対馬や佐衛門は省略することが多くなってきている。思案橋も踊れない人が増えている。江頭では一郎兵衛以外の9種類を踊るが、昔の音源を流して踊っている。思案橋、対馬、佐衛門は踊れない人が増えている。また、長谷と池田は厳密には堅田郷には入らないと思うが、隣接していることもあってか北部地区と同じ踊りが伝わっている。特に長谷の城村(上城、下城)では10種類全てが踊られていたが、現在下城の踊りはやや下火のようで、10種類全ては踊らないようだ。また、長谷の城村以外の地域(中山、岸河内、川原、大越)や、池田の各集落(上久部、下久部、蛇崎)ではこの10種類のうち幾つかが伝わっている。通常、上城では(佐伯音頭)→高い山→与勘兵衛→(佐伯小唄)→恋慕→お夏清十郎→(佐伯小唄)→思案橋→(炭坑節)→一郎兵衛→(河内音頭)→切音頭→対馬→佐衛門→(中入れのお接待)→長音頭という風に、調弦をするときに地踊り以外の踊りを流している。場をつなぐための工夫と思われ、地踊りは時計回りだが佐伯音頭などのときは半時計回りで踊る。

 宇山では風流しの踊りを8月15日か16日に、江頭では地蔵踊りを24日に、上城では地蔵踊りを23日に実施している。堅舞会の参加もあり、わりと賑やかな印象を受ける。ただし恋慕、思案橋、対馬、佐衛門では踊りの輪が小さくなってしまいがちで、殊に思案橋は唄も踊りも難しく伝承が困難になりつつあるようだ。