おすみ口説

東西南北穏やかに しずもり給えば尋常に 所は都の大阪の
波に入江の港あり 京屋の娘におすみとて 年は三六十八で
今振袖の丸額 器量も姿も心内も 手足二十の指までも
瑠璃を延べたるごとくなり これには御町の若い衆が 我も我もと恋をする
文玉章が雨あられ 五月の雨よりまだ繁い おすみは固より堅人で
岩に打つ釘 空の風 靡く心が更にない そこで若い衆腹を立て
おすみ一人で咲く花が ままにしよとて振り捨てる 今更恋する者はない
今に恋するその人は 一村隔てた北向の まがいもござらぬ大黒屋
総領息子に亀左とて 年が十九で乱れ髪 頃は三月雛の節
雛遊びの帰り道 おすみが姿をチロと見て あれが名をいうおすみかと
あれには一度恋せんと おすみが恋しとの文をやる 文をやるやる千葉文を
七十五本も送れども 更に一字の返事ない そこで亀左が思うには
京屋の娘となる人が イロハの一字も知らざるか 返事ないとは忍べとか
さあさこれから忍びます そこで亀左の装束は 上に召すのが黒綸子
下に召すのが白綸子 帯は紋茶の三重廻り 三重に廻して吉弥止め
足袋はうんさい梯子縫い 雪駄はばら緒の吉田皮 印籠 巾着 鼻毛抜き
左小脇にパラとさげ 二尺一寸差し落とし 匂い袋で身を飾り
月の容態眺むれば 最早今宵は八つの頃 おすみが家宅と急がるる
おすみが家宅の構えには 門には戸が立つ錠が下りる 引けどしゃくれど開きもせぬ
内から掛けた掛け金が 外から外れようはずがない 裏に廻りて眺むれば
一丈二尺の塀構え 庭木に植えたる桜木を 翼の鳥ではなけれども
枝を頼りに忍び込む 下ればおさんの裏戸口 「おさんおさん」と声をかけ
おさんも驚き目を覚ます 「八郎兵衛さんかな懐かしや」 言えば亀左が申すには
「八郎兵衛さんではござんせん お前に恋ではござんせん わしはこの家の娘子に
一度は恋をするものよ 一度会わせて下さんせ」 言えばおさんが腹を立て
「さてもこの家のむずかしや 掛け金十三掛けてある 小猿落しが七つある
有明行灯つけてある 人の恋ならわしゃ知らん」 ごろりとこけて高いびき
そこで亀左が思うには 日頃たしなむ懐中の 一部を十三取り出して
志じゃと差し出せば 女心のあさましや 少々の金に目をかけて
「これなら恋はいと易い 掛け金十三これも嘘 小猿落しもこれも嘘
有明行灯これも嘘」 一間開けてはサラと行き 二間開けてはサラと行き
七間の間をば六間までは おさんの手引きで忍び込む そこでおさんが申すには
「急かで恋をなさらんせ 急けばこのことし損じる」 言うておさんは立ち帰る
おすみおすみと声をかけ おすみも驚き目を覚ます 言えばおすみが申すには
「翼も通わぬこの部屋に 忍び込んだは何者か 狐狸の化け物か
又は天狗のなす業か 名のある者なら名を語れ 名のないものなら一刺しに」
言えば亀左の申すには 「忍んできたから死にに来た あなたの手に掛け死んだなら
極楽浄土と思います まがいもござらぬ大黒屋 総領息子の亀左とて
七十五本の文の主」 言えばおすみが申すには 「亀左さんなら懐かしや
急くまいことに急かんとて あなたのお顔の汗はいな」 振袖振り上げ吹いて取る
それかんたんのかんたんの かんたん枕を二つ出し かんたん枕に身を乗せて
二人が寝ての寝話に 末は夫婦になりましょと 夫婦で仲良く暮らすなら
十九と十八ゃ良い夫婦