三太口説

心中心中はまま多けれど 唄に焦がれて死にたる人は 咲くといえども咲いたが始め
始め言わねば終りが知れぬ 朝日長者の由来を聞けば 山の始まりゃ叡山鞍馬
橋の始まりゃ京立橋よ 川の始まりゃかの大井川 国の始まりゃ大和の国よ
町の始まりゃ金崎の町 人の始まりゃ大和の三太 三太生まれを細かに聞けば
元は三太は大和の生まれ 山をかたどり崎かたどりて 大和山城 山崎三太
大和郡に大家がござる 西や東と蔵建て並べ 表泉水築山築かせ
金魚銀魚の鯉鮒活かし 眺め暮らすが長者の威勢 なれど長者に子供がなくて
子供一人与えて給え 南無や大悲の観音様に これに朝日が月参りする
一の門越え二の門越えて 三の門から拝み堂に上る 堂に上りて申することにゃ
「朝日長者に子供がなくて 子供一人与えて給え 子供一人与えし時にゃ
石の灯篭を千百刻む 金の灯篭を何百刻む それでそなたが不足とあらば
そなた宮地は金銀づくし 七日七夜は断食どまり」 うつろうつろと居眠る中に
嘘か真かまた幻か 「朝日よく聞け大事なことよ そちの願いは男子か女子か
男子与うりゃ父上欠くる 女子与うりゃ母上欠くる その子成長の三つの時にゃ
南無や空より天火が落ちて 家も宝も皆焼き捨てる 跡に残るは石垣ばかり」
言うて観音消え失せなさる そこで朝日がふと目を覚まし

「ありゃ嬉しやお告げがあった たとえこの身はどうなるものと

男子一人を授けて給え」 なるも身体はさて我が家に 月日経つのはいと早いもの

不思議なるかや朝日の内儀 最早その日にご懐妊なさる
三月四月は袖でも隠す 最早五つ月帯祝いする 九つ月とは申すが程にゃ
十月十日にゃご懐胎なさる 生まれ落ちたる玉様の息子 荒い風にもあてないものよ
綾で生まれて錦で育つ 三つ目五つ目七つ目も過ぎて 最早十五の名付けの祝い
大和郷の板前呼んで 板前料理が三十五人 女中下女等も三十と五人
その日料理をさて申すれば 野菜豆類十二と三品 魚の料理が十二と三品
鯛やひらめや鮑の造 鯉は端午の祝いの品や 最早膳部も相整えて
皆のご一同千畳敷き並べ 斗盃杯神酒取り揃え 上座下座と座を決めまして
飲めよ三助唄えよ二助 三味を弾くやら手踊り唄う ありゃ高砂鶴亀踊り
上座唄えば下座が騒ぐ 下座唄えば上座が騒ぐ しばし間は大騒ぎする
「最早丁盃お積り前よ 御名つけましょ駒若丸よ」 口と文句はさて早いもの
最早駒若三歳の時 右の観音申した如く 父は大病で早や果てなさる
南無や空より天火が落ちて 家も宝も皆焼き払い 跡に残るは石垣ばかり
そこで憐れは若駒親子 人は知らねど天知る地知る 風の便りでお上に聞こえ
無理な願いを申した程に 所払いを申されまする そこで憐れが朝日が内儀
あちらこちらと流浪なさる 廻り廻りして金崎の町 最早若駒七歳の春
馬子衆頭の藤六さんに 小判稼ぎと身を翻す そこで駒若馬子曳きとなる
雨の降る日は雨諸共に 風の吹く日は風諸共に 寒の師走も陽の六月も
まして霜夜の嵐の朝も 駒の手綱で月日を送る 貧は憂きもの駒曳きとなる
最早駒若十七の春 数多馬子衆皆集まりて 馬子衆頭の藤六さんが
「馬子衆婆じゃ駒若丸よ それじゃ駒若御名が高い

今日は日が佳い名替えをさせよ」 言えば駒若打ち喜んで

一升二升なる三升樽据えて 上座下座と座を決めまして
乾杯盃神酒取り揃え 飲めよ三助唄えよ二助 乾杯盃くるくる廻す
御名替えましょ駒若三太 元は三太は大和の生まれ 山をかたどり崎かたどりて
大和山城山崎三太 余り三太の声響のよさに 駒を改め曳かせんものと
駒は奥州や南部の育ち 明けて六歳雲雀毛の駒よ 鞍が伊達物青蓋つぐり
継ぎ目接ぎ目は真鍮の金具 樅ののろうちやせがき取らせ 勇み轡をかんじと咬ませ
赤と白との練り分け手綱 駒がよい駒 名馬の駒よ 駒がよければ京都に駄賃
三太その日のつけだす荷物 綾が七丸 錦が八丸 大和絞が百二十五反
お茶と煙草は中にと積んで 積んだ葛篭のその品のよさ 揃いましたよ十六人が
同じ大和の大広袖で 手抜き手拭い汗取り襦袢 笠は流行の京三度笠
三度笠には我が名を入れて 上にゃ大和の山型入れて 下にゃ三太の三の字入れて
何処の宿でも丁半場でも あれは大和の三太と知れる 揃いましたよ十六人が
花の金崎今まかり出す 勢姿堂々駒追い立つる 駒が勇めば三太が唄う
三太その日の宿入り唄は ホーヤホケキョー早八の丸 八の五の丸くずして唄う
三太唄えば空飛ぶ鳥も しばし間は羽交いを休む 羽根を休めて感ずるばかり
木樹や草木道芝草も 三太唄えばじわりと靡く 日頃流るる大川の瀬も
三太唄えば淀んで流る 地神荒神十五夜様の 竜宮世界の乙姫様も
浮かび上りてその罪晴らし さても理のあるその馬子唄を

それを感じて聞き取る者は 伏見町でも誰ござろうか

壬生の判官金房卿の 一人娘の玉よの姫よ お年積もりて十三歳よ

恋の道とはまだ白菊の それが三太に想いを寄せて 頃は三月花見の時分

数多腰元皆引き連れて 裏の小坪で花見をなさる そこで三太が唄うて通る

一間二間は三間が四間 七間奥なる姫君様よ お手を取る様に早漏れ聞こゆ

「さても良い声あの馬子唄は あれは大和の三太じゃないか
三太さんとは御名は聞けど 声を聞くのは今度が始め 声が良い程ご器量も良かろ
ご器量良いほど何かも良かろ 一目見たいが大和の三太」

なれど姫君ゃ武士の子なれば 門に走り出て逢うことできず

庭に飛び降り見ることできず 町の町人に生まれたならば
逢うと言うたら逢われもしよに 添うと言うたら添われもしよに

そこで姫君唄詠みなさる 「虎は千里の竹薮越せど

障子一重がわしゃままならぬ 三太野の鳥わしゃ籠の鳥」
三太野山の杜鵑 声はすれども姿は見えぬ 次第々々と声遠くなる
声が遠くなりゃ姫君ご病気 医者を呼ぶやら薬を盛れど 医者は伏見のご典医ばかり
薬は富山の膏薬なれど 一向ご病気ゃそのげんがない そこで憐れがご両親様よ
二十闇には迷いはせねど 親が煩悩で子の可愛さに 子故に迷うはさて親心
伊勢にゃ七度熊野にゃ三度 高野山には弘法大師 愛宕三には護摩等焚いて
星の祭りは七夕様よ 姫の祭りも数度すれど 一向ご病気にゃそのげんがない
すわと言う間に早や両側に 右と左にお医者が添うて 医者は脈診る早や合点する
門を出る出るその去り言にゃ お医者様でも有馬の湯でも ほれた病にゃ薬はいらぬ
好いたお方と添わせりゃ治る そこで憐れが姫君様よ そこで姫君思いしことにゃ
どうせこの身は無い身が程に 何か一筆書き残さんと 乳母もおんばもご両親様も
次の間にとぞお控えなさる 重き頭を秘かに上げて 硯引き寄せ墨すりなさる
落つる涙が硯の水よ 紙は竹中大杉原よ 鹿のこま書前歯でおろす
前歯おろして墨ふんまぜる 先ずは一番御筆立てよ 「親の年忌も弔いもせず
親に先立つ不孝の罪を 罪の深さをお許しなされ」 二番次なるその書置きは
「わしが病をさて申すれば 身から病んだる病でもない 四百四病の病でもない
寝ては山崎起きては三太 三太想いに我が焦がれ死に」 三番次なるその書置きは
「私の死姿さて申すれば 髪は剃らずに島田に結うて 顔にゃ少しの薄化粧頼む
口にゃほんのり口紅頼む 生きた姿で葬りなされ」 四番次なるその書置きは
「わしが墓所とさて申すれば いつも三太が折り返される 遠く向こうの新小松原
新小松原葬りなさる 墓の周りに轡を立てて 轡中には恋塚と頼む」
五番次なるその書置きは 「わしが死んだる初七日の日は 千部万部の経文よりも
三太馬子唄一節なりと 聞かせてくだされ浮かばれまする」

まだも書置き山々あれど 眼眩んでもう目が見えぬ

筆を書きしめさらばと書いて 十重二十重にと白紙を巻いて
折りて畳んで筆箱入れて 元結際をばしっかり縊り 乳母もおんばもご両親様も
姫の用じゃと急がれまする 最早姫君死立ちとなりぬ 姫よ玉よとお嘆きなさる
父の膝をば最期の枕 母の膝をば最期の枕 秋の稲穂の穂の出る如く
うつらうつらと往生なさる 嘆く中にも書置き見出す 父が読んでは母にと渡す
母が呼んでは乳母にと渡す 「こんなこととは夢にも知らぬ

夢になりとも知らせたならば いくら三太が馬子曳きとても

逢うと言うたら逢わせもしよに 添うと言うたら添わせもしよに」
嘆く中にも早やがんこさえ 伏見町なる大工や木挽き 大工木挽きが三十と五人
木挽きゃ木を切る大工は刻む 切りつ刻んで早やがんできる

がんは立てがん御輿の造り 四方隅には燕をかませ がんの上には冥鳥とめて

姫の宗旨は天台宗と 天に天幕 地に四方幕 隣近所の爺さん婆さん

孫に手引かれ旨宗な送り 続き続いて八丁余り 離宮が原にと早や着きなさる

野辺に着きゃまた野辺経あがる 野辺経終れば焼香にかかる

一の焼香は父上様よ 二つの焼香は母上様よ
秋の木の葉を散らすが如く 我も我もと我が家に帰る 我が家帰りて休息なさる

月日経つのはさて早いもの 姫の死んだる初七日の日は 花の三太が伏見を下る
その日三太の宿入り唄は 「坂は照る照る鈴鹿は曇る 間の神山雨降る如し」
つつじ椿は野山を照らす 花の三太は伏見を照らす 小松原にと早やさしかかる
そこに立派な新墓ござる 三太知らねど曳く駒が知る 馬は馬頭の観音様よ
墓の前にて嘶く程に 数多馬子衆の申することにゃ 「今日はどうやら駒勇まぬか」
言えば三太は腹打ち立てて 「日には三度の豆買い食わせ

御紋つきなる轡をはかせ 何が不足で駒勇まぬか」 言うて三太は駒追い立てる

急ぎゃほどなく大官様の 御門先をば唄うて通る 一間二間はさて三間が四間

七間奥なる大官妻の 三太馬子唄早や漏れ聞こゆ

「さてもよい声あの馬子唄は あれこそ大和の三太じゃないか
三太呼べ」とのお言葉下る それに従う下部のおさん 襷取る取る門走り出る
西や東と見廻すなれば 揃いましたる十六人が 同じ衣裳の山つき脚絆
四つや草鞋の緒を引き締めて 笠は流行の京三度笠 どれが三太か認がつかぬ
中に取り分け十七八の 水も滴る黒前髪の これで三太と目星をつけて
三太前にて小腰をかがめ 「三太さんとはあんたのことか 申し上げます山崎三太
三太さんには大官様が 御用あるじゃと申してござる」 言葉言い捨て早や立ち帰る
門に入る入るその去り言に 「あんなお方と末代添えば 三日食わずと三年着ろと
竹の柱に萱壁つけて 石のくどには割れ鍋かけて 竹の柱にゃ茅屋根葺いて
茶碗で米とぐあの所帯でも 馴れぬ所帯がわしゃしてみたい」

あとで三太が打ち驚いて 十四春より十七までも 駒を手綱で月日を送り

身には一度の落ち度はないが 聞けば伏見はご忌中そうな

唄を唄うたるその咎しめか 駒を曳きたるその咎しめか
何はともあれ上りてみんと 駒と手形は馬子衆に預け 家に帰りてご主人様に
「三太いずことお尋ねあれば 三太伏見の大官様に ご用筋にて上られました
言うて下され馬子衆方よ」 そこで三太が行かんとすれば

唄で仕込んだその駒なれば 三太前にて膝折りかけて 三太目掛けて嘶きなさる

そこで三太が思いしことにゃ 駒でさえまた我が身を想う

ほんにこの身はどうなるものと 何はともあれ上りてみんと
駒と手形を我が手に取りて 心急いで大官様の 玄関先にと駒繋ぎとめ
一の門越え二の門越えて 三の門越え大官様に ご前先にて両手をついて
「ご用筋ある三太はこれに ご用いかが」と伺いまする 言えば大官御簾巻き上げて
三太顔をばじろりと眺め 「見れば綺麗な黒前髪を 駒を曳く様な人柄じゃない
親が貧苦で駒曳きやるか」 「そなた御夫婦の侮りかいな

そんな御用ならまた上りましょ」と 笠を手に持ち行かんとすれば

「お待ちなされよ山崎三太 恥を言わねば先ずわからんか
何でそなたを侮りましょう 一人娘の玉よの姫が 寝ては山崎覚めては三太
そなた想いて身は焦がれ死に 焦がれ死にをば致されました

嘘と思うならこれ見よ三太」 姫の書置き三太に渡す

三太手に取り押し頂いて ぱっと封切り拝見すれば さても綺麗な御筆立てよ

そこで三太が涙を零す 「わしの様なる賎しい馬子に

焦がれ死にとはお愛しゅござる わしに焦がれの姫君様の

位牌なりとも参らんもの」と 姫の位牌はいずこと問えば

下女のおさんに足の湯とらせ 足を濯いで玄関に上る
一間二間は三間が四間 七間奥なる姫御の位牌 花や線香や水まで供え
遥か下りて両手をついて 灯明あげてはリン叩かれる 「申し上げます姫君様よ
浮かび給えよ三太でござる 南無弥梵鐘頓証菩提」 説教二節馬子唄三節
拝み終えばその場を立ちて これに続いて姫君様よ お墓参りを致さんものと
姫のお墓はいずこと問えば 「いつもそなたが折り返される 墓所離宮の新小松原
小松原にと葬りなさる 墓の標に恋塚標し 花や線香や水まで入れて
持たせ行かんせ日暮れじゃ程に」 そこで三太が別れを致す 駒に鞭打ち新小松原
小松原にと早やなるなれば 右の大官仰せの通り 墓の標に恋塚と入れて
さても綺麗な新墓ござる 花や線香や水まで入れて 遥か下りて両手を合わせ
「南無弥梵鐘頓証菩提 我に焦がれし姫君様よ 浮かび給えよ三太でござる」
説教二節馬子唄三節 拝み終わればその場を立ちて 西や東と見廻すなれば
最早その日は黄昏時分 誰ぞ一人も人影もない そこで三太も若気の至り
死んだ姫君拝まんものと いっそのことなら掘り上げんものと

卒塔を合わせて小葉かきのけて 先ずは一番おん鍬立てよ

一鍬掘りては南無阿弥陀仏 二鍬掘りては法華経唱え 鍬の間に間に馬子唄うたう

えんやえんやと掘るその中に 最早刃先ががん堀り当たる
縄を解いて開いてみれば 頃は三月十五夜の月 朧月夜にすかして見れば
髪は剃らずに島田に結うて 顔に少しの薄化粧なさる 生きた姿で葬りなさる
生きてこの世にましますならば 美女か美男か天人すぐれ

小野の小町か照手の姫か 天が下には二人とはない こんな綺麗な姫君様が

わしの様なる賎しい馬子に 焦がれ死にとはお愛しゅござる

そこで三太が涙を零す 零す涙が姫君様の 顔や口にと涙が落ちる

三太為には嘆きの涙 姫が為には気付となりて 死んだ身体に大熱がさす

そこで三太が飛びたまがりて 後ろよろめき逃げんとすれば
がんの中より姫君様が 紅葉のような手を差し出して 「お待ちなされよ山崎三太
我を引き連れいずこへなりと いずこなりとも連れ行きなされ

連れて行かんせお供を致す」 そこで三太は後ろに戻り 赤土まみれの姫君様を

抱いて抱き上げ駒にと乗せて 家に帰ろか伏見に往のか

夜のことなら伏見が良かろ 伏見町をば夜更けて通る
心急いで大官様の 御門先にと早や急がれる 門を叩いて門番呼んで
「申し上げます門番衆よ 昼の三太が姫君連れて 夜道帰りを致されました
開けて下さい門番衆よ」 言えば門番飛びたまがりて 「申し上げます大官様よ
昼の三太が姫君連れて 夜道帰りを致されました」 言うて門番その場を下る
そこで大官打ち驚いて 余りこの身が嘆くが程に 狐狸の仕業じゃないか
何はともあれ調べてみんと 「ほんの我が子の玉よであれば 父が教えし武術の極意
受けてみらんせこの矢の先を」 きりりきりりと弓引きしぼる

切って放てばこの矢の先を 一で来る矢を白歯で受ける

二番来る矢を手で受け止める 三の矢もまた袂で払う
「まこと我が家の玉よの姫よ 夜道帰りは枯木に花よ 咲くといえども咲いたが稀よ」
ご門開いてお通しなされ 七日法事が祝となりぬ 是をついでに我が子の姫と
三太二人を夫婦にせんと 馬子衆頭の藤六様よ 数多馬子衆皆呼び集め
一の座がまた金崎町の 数多馬子衆と別れの祝 二番座がまた金崎町の
母を呼び寄せ身受の祝 三の座がまた姫君様と 三太二人の夫婦の祝
祝終ればそのまた後で 余り三太じゃ御名が低い 御名を変えましょ大和の三太
言えば三太は打ち喜んで もとは三太は公卿氏の生まれ 御名を変えましょ上総守と
上総守にと御名が変わる 再び花咲く葵の花よ 末は鶴亀世は御代の松