政岡忠義口説

世にも名高き政岡口説 伊達の領主よあの吉原の 三浦屋高尾に馴染を重ね
御身分尊き奥州の城主 五十四郡の主であれど 恋は曲者思案の外と
主に付き添う仁木弾正が 伊達のお家を横領せんと わざと殿様身持ちの悪き
遊女狂いを簾にと取りて 御隠居させんの悪巧みなり それと知らずに綱宗様は
毎夜毎夜にお通いなさる そのや国許老臣共が 案じ過ごしてお江戸へ上り
ついに御隠居お勧め申す それや世継は鶴喜代君よ 仁木の弾正心の中に
さても世継の鶴喜代様を 毒害せんと心の巧み されど乳母の政岡こそは
類稀なる忠義な者よ 忠義心の松ヶ枝こそは 名をば人知るあの節之助
夜毎日毎に御縁の下に 寒さ暑さも厭いはせずに 内と外にて心を合わせ
鶴喜代様をばお育て申す 時に政岡あの毒害の 吟味するにはいかがはせんと
江戸の館へ参りし折りに 一子千松連れ行きまする そのや千松子心なれど
忠と義心を弁えまして 君にご飯を上げます時も 毒見役にはこれ千松よ
それに若君まだ年ゆかぬ 悪人共から御慰みに 菓子よ小鳥と献上致す
小鳥見ていて楽しむ時は そのや政岡案じはせぬが 菓子の見事な箱詰め見ては
毒の物よとお庭に捨てる 幼心に若君様は 捨てる菓子をば羨ましがる
それを見てさえ政岡こそは 殿を諌めのその相手には いつも千松強いと褒める
それに若君気を励まして 俺は奥州仙台領主 何の弱かろ千松よりは
そのや千松ひもじいなぞと 渋面作れば政岡側で 弱い奴じゃとまたたしなめる
あのや若君養育なすは いかに政岡難儀のことよ 出仕致せる役人衆は
皆悪人一味の者と 油断できざる今日この頃に さても訝し栄の御前
兼ねて若君御病気なりと 披露致せしそのお見舞いに 菓子折携え館へござる
油断なさざるこの場のことよ とにもかくにも若君様に ご対面をば致させましょと
政岡付き添い御居間を出でて あのや御前は鶴喜代君に

お進め申さんそのためなりと 菓子の折をば披いてくれる

そこへ八汐が差し出しまして これは見事ないと美しい 「もし若君召し上がりませ」

云えば鶴喜代手を差し出して 一つ取らんと致すを見るに
今は政岡大事の場所と 「もし若君鶴喜代様よ 日頃御病気御食事さえも
進み申さぬ身体なるに お菓子なぞとはたしなみなされ」 言葉守りてこの菓子さえも
「欲しうないよ」と見向きもせぬに 栄御前は無理にと勧め 「一つ召しませ政岡そちも
お勧め申せ」と切迫の場合 奥の一間に立ち聞きまする 聞いた千松かけ出でまして
「俺がその菓子欲しい」と云うて 見事菓子折踏みつけまする

菓子の中には毒薬ありて 今は千松目も立ち眩む

八汐すかさず懐剣抜いて 毒の巧みの顕れ口と
哀れ無残や千松殺し 血をば拭いし悪婆の形相 されど乳母の政岡こそは
さらに恐れる気色もあらぬ 涙一滴零しもせずに 「若君鶴千代守りています」
かかる騒動にこの場をいつか 栄御前も御帰館ありて あのや若君御無事でござる
後に政岡あの千松の 亡骸抱いて悲しみまする 数多忠義もあるその中で
女一人で若君様を 育て上げたるその勲は 後の世までも残りけり