浦里時次郎口説

花の世界に生まれし人は 色と恋とに憂き身をやつし 後にその名を伝うる者は
数も数えも尽きざるものよ 中に取り分け哀れな話 通い廓の浦里時次
明けの烏の喜び鳴きを 憎むならいの後朝さえも 別れ惜しむが互いの詰まり
今日は時次も二階を堰かれ 家は勘当となる者からに 思い詰めたる一途の心
「所詮長らえいたとて何の 何が楽しきこととてあらん

いっそ死ぬ方がいやましであろ それにつけてもあの浦里に

始末語りて我が亡き後に せめて回向をして貰わん」と
心逸れど堰かれし体 如何にか致して逢いたいものと 胸に手を当て思案に暮るる
鐘も哀れに無常を告ぐる 今日限りと見上ぐる空は いとど身に沁む寒空なるに
分けて寒けく雪ちらつけば 顔を包みし手拭さえも 恥の曝しと目深に被り
人目堰き笠 気を紅葉笠 顔を隠してうろつく上に 何か声ある二階の格子
はたと投げたるその簪の 文は確かにそれと頷き 取る手遅りと開いてみるに
部屋に隠れてこうこうしょうと あるに時次はやれ嬉しやと 思う折しも禿のみどり
「もしえもしえ」と手をもて招く 二階座敷に布団を折りて 中へ入れたる巨立の火鉢
暫し言葉も途切れて時次 涙抑えて「これ浦里よ そちが今まで尽くせし誠
又とこの世に有難けれど 詰まり詰まりし我が身の始末 とても長らえいられぬこの身
これが暇じゃ我が亡き後は 好いたお客に自由を任し もしも我がこと思うたときは
そちが口からその一返の 回向頼む」と云いつつ立つを

「これさ待たんせそりゃ胴欲じゃ 詰まり詰まりしお前の身には

皆このわしがいる故なれば 死なば諸共三途の川も
二人手を取りこれこうこうと 何故に言うては下さんせぬぞ わしを殺さぬお前の心
可愛いのじゃないそりゃ憎いのじゃ わしゃ放しゃせぬ放しはせぬぞ

共に殺して下さりませ」と そのや時次に縋りて嘆く かかるところへ遣手の婆が

様子知りしか仏頂面に 「あまり私を踏み付けなんす

これで役儀が立ちますものか これさ若い衆この男ぞ」と
云うを聞くより六七人の 若い者どもばたばた来たり 握り拳の雨降る如く
たぶさ捉えて引きずり出すを そのや浦里中押し分けて

「これさ待たんせ時次郎さんに 何の咎」とも言わせも果てず

以後の見せしめこうしてくれる 足で蹴るやら踏みにじるやら
ついに表へ引きずり出だす さても亭主は彼の浦里を 深雪積もりし小庭の梅に
縛りつけつつ声張り上げて 「主の言いつけ守らぬ女 他の女郎の見せしめなり」と
箒おっ取り打つ物音に 禿みどりがその手に縋り 「もうし旦那さん堪忍して」と
云うに亭主は目をむき出だし 「そなたも彼奴に仕ゆる禿 咎は同じ」とこれをもともに
括りつければあの浦里は 涙ながらに声震わして 「それはあんまりその子に何の
罪も報いも知らざるものを あんまり気強いむごたらしい」と

云えど主人はそ知らぬ顔に 括り終わりてちり打ち払い

「これさ浦里よく聞きなされ 全てお客を大事に致し
勤め大事と思うでなくば 客を堰くことお客のために あのや客衆も年若なれば
あまり繁々通うて来れば 親があるなら勘当さるる 主人持ちなら主人の手前
し損のうのは知れたることよ ここの道理をよく聞き分けて 勤め大事に奉公なさば
縄は今にも解いてやるぞ 若い衆とも気をつけやれ」と 奥を指してぞ退きければ
後に浦里こわ音を立てて 「さても慈悲あるお言葉なれど 思い切られぬことばかり
わしは死にたい死にとうござる どうぞ殺して下さりませ」と 心焦れど身は戒めの
雪に閉じられ詮方なくも 禿みどりも寒そうな姿 見るもいぶせき不憫な様に
「胸も張り割く空いたわしや 悪い女郎に遣われし因果 かかる難儀も堪えてたも」と
云えばみどりも涙を浮かべ 「わしは少しも厭いませねど 主があの様に若衆達に
打たれしゃんすがわしゃ口惜しい さぞやお前は口惜しかろ」と

聞いて浦里身も世もあらず 「そなたまでしてそれその様に

主を思うておくりゃるものを わしが心を推量しや」と
落つる涙も寒さに凍る 凍え凍ゆる吹雪にいとど 手足凍りて千切るるばかり
見るに気もくれ語るにさえも 何と云うべき言葉も知らず さても男は用意の刀
口の咥えてその身を固め 忍び忍びて屋根をば伝い 塀を飛び越え難なく庭へ
下りて二人が縄切り解き 言葉忙しくこれ浦里よ ここで死ぬるはいと易けれど
ならば遁れて落ち行くべしと 聞いて浦里打ち喜びつ 禿みどりは二人に縋り
わしも共にと云われて時次 そのやみどりを小脇に抱え 遁れ出でたる嬉しき声も
鳴いて嬉しき彼の明け烏