お為半蔵口説

淵に身を投げ刃で果つる 心中情死は世に多かれど 鉄砲腹とは剛毅な最期
どこのことかと尋ねて聞けば 頃は寛延二年の頃で 国は豊州 海部の郡
佐伯領とや堅田の谷よ 堅田谷でも鵜山は名所 名所なりゃこそお医者もござれ
お医者その名は玄了様と これはこの家の油火の 明る行灯も瞬く風に
消える思いは玄了様よ 一人息子に半蔵というて 幼だちから利口な生れ
家の伝の医者仕習うて 匙もよう効き見立も当る 堅田もとより御城下までも
流行病は半蔵にかかる 半蔵は長袖 常にも洒落て 襟を着飾り小褄を揃え
足ゃ白足袋 八つ緒の雪駄 しゃならしゃならで浮世を渡る

やつす姿は人目に立ちて 道の行き来にゃ皆立ち止り 彼は好いもの好い若い者

在にゃ稀じゃと皆褒めていく 褒める言葉がつい仇となる 同じ流れの川下村で

潮の満干を見る柏江の 渡り上りに修験がござる 修験その名は流正院

流正院とぞ呼ぶ山伏の 妹娘にお為というて とって十八角前髪の

花も恥らう綺麗な生まれ 諸芸 縫針 読み書きまでも あたり界隈誰たてつかぬ

地下に一人の評判娘 それに半蔵が想いを懸けて いつかどうぞと恋路の願い

胸に焚く火の燃ゆれはすれど 人目ある世はままにもならず

真間の継橋渡りは絶えて 磯の鮑の唯片想い
思い兼ねたる心の祈念 どうぞ助けて逢わせて給え 逢うて想いをとげさすならば
一生断ちましょ鰻と玉子 神や仏も心の誠 受けて哀れと思せし甲斐か
頃は正月二十八日は 土地の鎮守の竜王様の 年に一度の初御縁日
我も我もと参詣すれば お為半蔵も氏子で参る 上る半蔵下向するお為 
宮の鳥居の左の脇で ふっと半蔵はお為に出会い 思いつめては人目も恥じず
しかと手をとり顔うち眺め 「もしこれなこれお為さん わしは真実お前のことを
寝ては夢に身覚めては想い 想い暮して照る日も曇り 冴えた月夜もまた闇となる
闇に迷いて三度の食も 胸に詰まればつい癪の種 癪が病のもととなり
こうも痩せたは皆誰故ぞ どうぞ一夜は慈悲情け かけて頼む」とかき口説く
お為半蔵に申すよう 「物の数にもたらわぬ私 誠真実それほどまでに
言うてくれるは嬉しいけれど 推量なされて半蔵様よ 私ゃ今では継母がかり
親がきつけりゃ身は籠の鳥 籠の鳥なら世はままならず

他の御用ならどうでもなろが 恋路ばかりはお許しなされ」

言うに半蔵は気も急きのぼせ 「人に大事を明かさせながら
靡くまいとはそりゃ胴欲な 物の例えを引くではないが 深山隠れに春咲く桜
人が通わにゃ盛りも知れず 岩の間の躑躅や椿 誰も手折らにゃその根で腐る
ここら辺りの川端柳 嫌な風でも吹き来りゃ靡く またも例は篠竹薮の
今年生えたる弱竹さえも とまる雀にゃ宿貸す習い 魚は瀬にすみ鵜は淵に住む
人は情けの下に住め」 お為言葉の理につめられて 「もしこれな半蔵様よ
あなたそれほど真実あれば 一夜二夜の契りはいやよ 二世も三世もまた先の世も
変わるまいとの誓いをしましょ 当座ばかりに眺むる花と 徒な浮名を世に立てられて
添も得遂げぬ語らいなれば なまじ約束せぬのがましよ」 言えば半蔵は打ち喜びて
「あわれ竜王大権現 八幡菩薩もご照覧給え つかう言葉に偽りあらば
半蔵一命差し上げましょ」と 神を誓に心の誠 見えてお為もにっこと笑い
締めて返せし手と手の裏に こもる互の思いも通い この日別れてお為は帰り
半蔵それより御嶽に登る 御嶽登りて氏神様に 日頃焦がるるお為に出会い
逢うて互に言葉を交わし 交す言葉に真実込めて 積る思いも高嶺の雪と
解けて嬉しい心の願い これもあなたのご利益なれば 二人約束した日も丁度
年に一度の初御縁日 お礼参りはまた重ねてと しばし額づき心の祈念
述べて拝みて我が家に帰る 半蔵それよりお為が許に 三月四月は忍びて通う
忍ぶ恋路にゃ難所がござる 義理の柵 人目の関所 関所守る目の赦さぬものは
恋の闇路に身を紛らせて 上辺や世間を忍ぶとすれど

忍びゃ忍ぶほど浮名は立ちて 宵に吹く風 朝吹く嵐 広い堅田を早吹きまわす

そこら界隈 東に西に どこの地下でも三人寄れば 噂話はお為と半蔵

在所や収納時 麦打つ囃子 はやる小唄もお為と半蔵 半蔵両親それとも知らず

近所隣の爺婆達が いつも小声で囁く噂 よもやそれとは心もつかず

世間話のただそよごとと 徒に通せし身の恥ずかしさ 聞けば我子の半蔵が上と

知った両親打ち驚きて 母はわが子に意見をせんと 奥の一間に半蔵を招き

「半蔵よう聞け大事なことよ そなた大事の身を持ちながら いつの頃から心が迷い

人目忍びて柏江村の 渡端なる修験が元に あれが娘のお為を慕い

末は夫婦となる約束を 堅う結んで通やるそうな 家の跡目を継がせるそなた

そなた心に適うた娘 入れて夫婦にしてやりたいは 親の心は山々なれど

家が大事か女が重か 筋目正しい我が家の系図 やがて二代の玄良様と

人に褒められ世に立てられて 家を継ぐべきそなたじゃないか

広い世間の例を見るに 何処の里でも貰うた嫁の 心一つで一家は栄え

心一つで一家は滅ぶ 見栄や器量に迷うた人の 家を治めた例は聞かぬ

殊にお為は修験の娘 医者と山伏ゃ家にも不吉 添うに添われぬ悪縁なれば

ことの道理をよう聞き分けて 家の大事と我が身の大事
親の心を休むる為に どうぞお為と別れてたもや そなた一生添わせる妻と
かねて見立てし定めし者は 灘の鳥越お繁というて 今年十月引越すはずよ
あれと仲良う夫婦となって 家の栄を図りてたもりゃ」 わりつ口説きつ涙を流し
慈悲も情も込める母が 事を分けたる親身の意見 聞いて半蔵は胸轟かせ
何と答えん言葉は絶えて 腹に据えたる我が身の覚悟 好かぬお繁と夫婦になって
嫌な一生暮そうよりも いっそ死んだがましではあると 思い定めて我意を決し
母に向いで両手をつかえ 「もしこれな母上様よ 事を分けたるそのご意見に
厚きご慈悲の光を受けて 胸の迷いの雲晴れました 父母の仰せに従いまして
すぐにお為と手を切りましょ」と 述ぶる半蔵が心の内は 今宵一夜が我身の限り
またと会われぬこの世の母に 嫌な言葉を聞しょうよりも 安堵さするが今際の孝と
口の先なるその気休めを 母はそうとも夢さら知らず 「半蔵良い子よよう諦めた
幼な時から利口なものと 人も褒めたる甲斐ある程に 家の大事を心にかけて
厭かぬ女に未練もかけず それで我家の跡取息子 父もさぞかし喜びましょ」と
言うていそいそ一間を出づる 後に半蔵は胸こまぬきて 焔こ暗き火影に向かい
一人つくづく我が身の果てと 味気なき世を心に託ち 死ぬと覚悟を極むる上は
今宵一夜もうるさき娑婆に 住みて甲斐なき身の上なれど 息のあるうちも一度逢うて
様子を聞かせにゃ不実な人と あとでお為が恨むであろう 恨むお為に得心させて
自殺するこそ男の誠 そうじゃそうじゃと我が家を出でて 急ぎゃ程なく柏江村に
またも急げばお為が許に 着いていつもの背戸へと廻り 裏の窓から様子を見れば
お為や朋輩皆うち寄りて 流行小唄で夜なべの最中 お為お為と小声で呼べば
お為ゃ不審の眉うち寄せて 「いつも早いに今宵は遅い 見ればお顔の色さえ冴えぬ
何か子細のありそなことよ わけを聞かせて半蔵様」と 言えば半蔵は吐息をついて
沈みがちにてお為に向かい 「月にゃ群雲花には嵐 障りあるのが浮世の常か
わしとお前の二人が仲は 世にも人にも知らさじものと つつむ甲斐なく仇名は漏れて
親の折檻一家の騒ぎ 生きちゃこの世に居られぬ半蔵 死ぬと覚悟を極めしものを
せめて今一度お前に逢うて 永の別れの暇を告ぎょと 我が家抜出で今来た私
私ゃ冥途に旅立つ程に お前や後まで生長らえて 人に勝れた良い婿迎え
夫婦仲良う暮らしてたもりゃ 同じ流れを汲みてでさえも 深い縁のあるとぞ聞けば
遂げぬ妹背も五月六月 通い慣れたる好みのかいに 思い出す日を忌日と定め
茶湯茶水の御回向頼む」 云えばお為がせきくる胸に 泣声立てじと袖噛み締めて
堪えぬ思いに身を震わせつ 何の答えもただ泣きじゃくり しゃくりあげたる涙の雨に
濡るる海棠が色増す風情 ようよう袂で顔押し拭い 「あまり無体な半蔵様よ
あなた日頃にどうおっしゃった 今の言葉のあだ水臭い そもや二人がこうなる初め
神を誓いに互の誠 告げて二世まで夫婦になろと 言うた言葉を忘れてかいな
生きてこの世に沿われぬならば 共に死のとはかねての覚悟

起証誓紙の百枚よりも 云うた言葉をわしゃ反故にせぬ

あなた死ぬのを傍から眺め 後に残りて婿取るような
そんなお為と思うてかいな 二世も三世もその先までも 添うて変わらぬ一人の夫と
思うあなたを世に先立てて ただの一日も何永らよう あなた冥途に旅立つならば
わしも黄泉のお供をしましょ」 云えば半蔵打ち喜びて しばし涙に袂を絞り
されば死ぬ日を決めねばならぬ 死ぬるその日は六月十日 堅く誓うて半蔵は帰る

日日立つのも間のないものよ 今日はその日の六月十日 お為朝から髪梳きなおし
化粧済ませて晴着に着替え 父と母とに両手をついて 「もしこれな父上様よ
私ゃ波越の観音様へ かねてこめたる心願あれば 今日はこれからお参りしましょ」
言えば両親言葉を揃え 「そなた波越に参るは良いが 土用半ばの炎天なれば
傘をさしても日中は暑い 暑い日中にゃ木陰に休み 喉が渇くとも冷水飲むな
水を飲む時薬をやろ」と 父は箪笥の引き出し開けて 出して与ゆる富山の気付
お為両手に押戴きて 胸にせき来る涙を抑え 今日の一日を一期となして
明日はこの世にない我子とも 知らぬ誠の父上様の 深き情けのその御心に
背く不孝は因果か業か 今宵山路の草葉の露と 消えし知らせを聞かしゃるならば
さぞやお恨みなさるであろと 思い廻せば空恐ろしく 膝も震えて暫しがほどは
立ちも得去らずその座にいたが お為ようよう気を取り直し

それじゃ父上参って来ましょ 云うてお為は我が家を出づる

長き日脚も早や傾きて とこうする間にその日は暮れる
ここに半蔵は我が家にありて 今宵限りの身の上なれど 後に一筆書置きせんと
部屋に籠りて机に向かい 硯引寄せ墨すり流し 筆の始めに記せしことに
二十二歳を一期となして 親に先立つ不孝の詫を 継に記せしその文言は
受けしご恩は千尋の海も 須弥の高嶺も及ばぬものを 露や塵ほど報ぜぬ上に
勝手気ままな最期を遂ぐる 不孝いや増す不埒の詫を 次へ次へと身の非を責めて
父母に詫びたる今際の遺書 書いて封じて手箱に納め 葛篭開いて衣装を出だす
半蔵その日の死装束は 肌に白無垢 白地の下着 上に越後の白帷子を
着けて締めたる博多の帯に 挟む印籠も白銀黄金 やがて仕度も皆整えば
銚子盃袂に入れて 家に伝わる頼国俊の 一刀手鋏 鉄砲ひさげ
馴れし我が家を忍びて出づる 急ぎゃ程なく柏江村の 勝手知ったるお為が許よ
格子窓から覗いてみれば 一人お為がただしょんぼりと 目には涙の物案じ顔
お為お為と小声で呼べば お為駆け出て半蔵にすがり

「お出で遅しとわしゃ待ちかねた ここで人目にかかりもしたら

どんなさわりのできよも知れぬ 尽きぬ話は行たその先」と
二人連れ立ち家路を離れ 行手急げばはかどる道の 後を埋むる川靄さえも
消えていく身の終の友 岸を離れて江頭来れば 今宵十日の月代さえも
西の尾上に早や傾きて 暗さも暗し後田の ここを通れば思い出す
「過ぎし五月の田植えの頃は 村の娘子皆打ち連れて 茜だすきのいと華やかに
菅の小笠のただ一揃い くけし真紅の紐引き締めて 緑の早苗抱え帯
誰を思いに弱腰の 濡れて植えたる稲さえも 秋は実りて穂をかざし
末は世に出てままとなる 同じ月日の下に住む わしとお前はなぜ何故に
育ちもやらぬしいら穂の 実りもせで果つるか」と 云えば半蔵も声打ち湿り
「言うて帰らぬ皆あと言に 何を悔やみて鳴く不如帰 鳴いて飛び行く声聞きゃお為
四手の田長が冥土の旅の 道を教えて先に立つ 声をしおりのあの山こそは
人の名にゃ呼ぶ城山峠 今宵二人が死山峠 さあさ急ご」と気を励まして
山の峠に二人は登り ここがよかろと草折敷きて 銚子盃早や取り出だし
半蔵傾けお為に廻し しばし名残の酒酌み交わす これがこの世の限りと思や
さすがお為は女の情よ 涙抑えて半蔵に向かい 「こんな儚い二人が最期
遂げよと知らせの正夢なるか 正月二日の初夢に わしがさしたる簪の
ぬけてお前の脇腹に しかと立ちたる夢を見た 夢が浮世か浮世が夢か
早う覚めたや無明の眠り」 頼むは後世の弥陀浄土 短い夏の夜は更けて
今鳴る鐘は江国寺 また鳴る鐘は常楽寺 また鳴る鐘は真正寺
また鳴る鐘は天徳寺 また鳴る鐘は天明寺 正明寺こそ正七つ
五か寺の鐘も皆鳴りて 白む東の横雲に 夜明け烏が最期をせがむ
「死なにゃ追手のかかろも知れぬ 早く殺して殺して」と 言うに半蔵も覚悟を極め
二尺一寸すらりと抜いて 花のお為をただ一撃ちに 倒る屍腰うちかけて
かねて用意の銃とりなおし どんと放つがこの世の別れ 残る哀れは堅田の谷よ
今もとどむる比翼塚 お為半蔵の心中の噂 聞くも涙の一雫