二孝女口説

人は一代名は末代よ 虎は死しても皮をば残す 人は死してもその名は残る
同じ人でも生きがいあって 死んだ屍に花をば咲かせ 後の世までも美名は残る
人の世の花 世の人の花 お都由お登岐の孝心こそは 六十余州の津々浦々も
知らぬ人ない名高い話 せめて供養のためにと思い 音頭とります皆さん方よ
いざやこれよりしばらく間 囃子揃えて調子も強く 頼みますぞえ踊り子さんよ
所いずくと尋ねてみれば 国は豊後で大野の郡 川登なる泊の里よ
苗字は河野で名は初右衛門 妻は病で枕も重く ついに二人の娘を残し
遠いあの世へ旅立ちなさる 後に残りし三人の者は 泣きの涙でその日を送る
姉がお都由で妹がお登岐 月日立つのは間の無いもので 姉も妹も稼業を助け
その日その日の煙は立つが 死んで行かれしその妻のこと 寝ても覚めても現に残り
日頃信ずる御仏様に 二十四輩の巡拝せんと 思い立ちしは文化の初年
妹お登岐を我が家に残し 姉のお都由を嫁にとやりて いとしかわいの二人を捨てて
仏参りと心を定め 明日は立たんと枕につけど かわい娘の二人の子供
後に残すも心にかかり 捨てて出る気に一寸なりかねる 心励まし思案を定め
二人の子供に別れを告げて 遂に我が家を立ち出でました 春の初めで吹雪を冒し
峰に登りて我が家を見れば これが別れかあら懐かしや もしや旅路で病にかかり
死んでしまえばもう見納めと 男ながらも涙を流す 同じ思いの二人の娘
姉と妹が両手にすがり わっと泣き出すその日の名残 そばで見る目もあな愛おしや
隣近所の娘子達も 貰い泣きして門出を送る 旅にのぼりし初右衛門は
野越え山越え海をも渡り ここやかしこと国々巡り 名あるお寺の拝礼済まし
祖師の大恩身に染み渡り 嬉し涙にただ泣くばかり 既に巡礼終わりし故に
国に帰ろと思案を定め 帰る道路を思うてみれば ここは常陸で豊後は遠い
殊に時節はまだ冬の頃 寒さ冷たさ殊更強く 老いの体に風染み渡り
遂に重たい病にかかり 道に打ち伏しもがいていたを 通りかかりし一人の御僧
慈悲の衣の袖にて包み 寺に連れ行き手厚い看護 次第次第に病は重り
長い月日も御僧の情け いつか病も軽くはなりぬ 国に残りし二人の娘
日日毎日父上様の 安否いかにと心にかかり 今日か明日かと帰りを待てど
今と昔は便利が違い 手紙一本遣り取りゃできぬ 泣きの涙で帰りを待てど
何の便りも無きその上に 父の居所わからぬために 逢いに行くにも行く先ゃ知れず
何としようにもただ待つばかり 時に臼杵の善正寺様が 父の居所教えてくれて
父は常陸の青蓮寺にて 慈悲の御僧の助けによりて 重い病も手厚い看護
それと聞くより二人の娘 居ても立ってもいられぬ思い 飛んで行きたい思いはあれど
女二人で行くことできず 泣きの涙でその日を送る 昼は稼業で紛れもするが
夜の枕は眠りに就かず 父の病の難儀を思や 胸も心も張り裂くばかり
そこでお都由は夫に願い 「父を迎えに行きたい故に どうぞお暇を許してくれ」と
日日毎日哀れな願い 遂に夫の直八殿も 親の孝行の心をくみて
「暇は望みに任するなれど 聞けば常陸の青蓮寺とは ここと道のり海山千里
とても女の行くことできぬ 思い止まれ」と止めてはみたが 寝ても眠れぬ二人の娘
たとえ難儀の旅路じゃとても 命懸けての旅立ちなれば

いかなる難儀も厭いはせぬと 心定めし二人の娘

旅の願いを代官様に お許しなされと願いを出だす
時の代官親孝心と お褒めの言葉でお許しなさる そこで二人は大喜びで
旅の用意に取り掛かられる 仕度できれば二人の娘 近所隣に暇を告げる
近所娘は皆立ち寄りて 泣きの涙で別れを惜しむ これがこの世の見納めならん
万が一にも命があらば 早く帰れと皆泣き別れ 姉のお都由も妹の登岐も
二人ともども髪打ち切りて 姿形を雄雄しく変えて 「さらば皆様直八殿も
無事で暮らしてくださいませと」 行儀正しく別れを告げる 近所娘も皆袖絞る
「去らば去らば」と口には云えど 三足歩みて一足戻る 後見するする旅路にのぼる
お都由今年が二十と二つ 妹お登岐はようやく十九 道を急ぐも女の足で
今日は三里かその翌日は やっと急いで五里しか行かぬ

それもそのはず家ごと寄りて 報謝願うて行く旅なれば

心急ぐも道のりゃ行かぬ 宿に泊まるもおあしは持たず
夜は野に伏し山にも寝ねて 麦や藁をばしとねとなして 石や木の根を枕に代えて
夜の寒さをしのがんために 姉と妹が抱き寝をしても 夜露被りて寒さに耐えぬ
とくと寝る夜は十日に一度 宮やお寺に仮寝をすれば 夜の夜半に追い立てられて
二人泣く泣く一夜を明かす 昼も自由に通れぬ時節 或は番所で差し止められて
後に帰りて山路を越えて 廻り廻りて街道に出れば 又も関所で通行できぬ
百里行くのも一月余り やっと着いたは常陸の国よ 寺を尋ねて巡るといえど
寺も数々あることなれば 思うようには詮議もできず 尋ね尋ねて彷徨う内に
宿をはずして泊まりに困り とあるお寺の門をば借りて 二人抱き寝の夢をば結ぶ
一夜明くればお寺の男 門を開いて掃除をなさる そこで二人の姉妹娘
寺の男にお礼を言えば 寺の男は二人に向かい 「国はいずこか所はどこ」と
心ありげに尋ねによりて 国と所と尋ねる親と 包み隠さず話をすれば
「さても孝行な二人の者よ そちの尋ねる父上様は 他でないぞよこの寺に居る」
聞いた二人の姉妹娘 右と左の袂にすがり 「父に会いたい会わせてくれ」と
両手合わせて頼んだ故に 二人引き連れお寺に入りて 委細話を父御に告げる
親は慌てていざりのままに 起きつ転びつ表に出でて 右と左にお都由とお登岐
すがりついてぞ顔うち眺め 嬉し涙で物をも言わず 涙流してただ泣くばかり
そばで見ていた数多の人は 貰い泣きして袖をば絞る ほんに孝行の二人の娘
老いも若きも及ばぬ手本 ついに水戸公のお耳に入りて

二人孝女のお召しのお沙汰 お褒め言葉や下され物や

帰る道中の諸大名方へ 水戸のお沙汰で警護の仰せ
道中大名は皆それぞれに 水戸のお沙汰の孝女の帰り

不都合無いよに警護をせよと それは厳しいお触れが廻る

途中大名の下され物は 船や車に積むことならぬ
こんな孝女は日本に二人 水戸の手厚い情けによりて 無事に豊後の故郷へ帰る
そこで臼杵の殿様よりも 年貢三石ただ作り取り 時の制度もお構いなしに
銀の簪自由の着物 親に孝行はその身の誉れ 人は死してもその名は残る
人の手本よ世間の鑑 これぞ至孝の誉なり