伝蔵口説

さても豊後の藤原村の 小字畑内 百姓の家に 頃は元文三年の春に
今を去ること二百と余年 ここの産声めでたくあげし 世にも稀なる孝行息子
家は貧しく田畑も持たず この地あの地と奉公勤め 僅かばかりのお金を貰い
奉公尽くした伝蔵様は 朝は早起き野山に行きて 摘みて集めしお花や小枝
遥か彼方の杵築をさして 「花や花や」と声々高く 日毎日毎に評判良くて
好きに好かれた孝行息子 売りて帰りて僅かのお金 親のお好きな物をば求め
進め給いて喜ぶお顔 さても嬉しの喜ぶ孝子 日出の彼方のある侍に
勤め励みてまめまめしくも 昼の勤めに疲れし我が身 夜は暇を乞うてぞ帰る
家にあってはお湯をば沸かし 親の手足をきれいに洗う 寒い冬には着物をあぶり
親のお足をこれにて包む 天にいかなる怨みがありて 母は病の褥に伏しぬ
昼は大事と奉公勤め 晩は帰りて看護に務む 次第次第に病は重く
神に祈りしその甲斐なくて 涙ながらに送りを済ます 後の祭りもいと丁寧に
父の生まれの習いの常に 短気頑固で荒々しくて 猛り狂うて物をば投ぐる
果ては怒りて怒鳴りを始む されど息子は心に問いて ここが大事と歯をくいしめて
一度たりとも逆らいなくて 仕え給いし真心込めて 孝子の真心天にも通じ
父の習いも次第に軽く 遂に心が心に通い 共に喜ぶ伝蔵親子
ある夜師走の寒さも強く 風も荒みてみぞれも降りて 父はいたくも五体に響く
我も炬燵の設けもあらば 入れて足をば暖めたらば 眠りやすくてよいものなるに
貧の辛さに求めもできず いとも寒さに苦しみ給う 孝子いたくも心に恥じて
これぞ我が罪心が足らぬ 足らぬ心で心配なさる 心苦しく心を痛む
孝子直ちに御足を握り 握りもみては足をば温め 心健気に御足をとりて
己がむねにて暖をばとりぬ 父は寒さも覚えずなりて 心平らにすやすや眠る
眠るお顔をつくづく眺め 一人微笑む孝子の伝蔵 さても孝子の伝蔵様は
近所界隈その名も高く 日出や川崎、豊岡、大神 遠く杵築にその名も響く
ここに藩主青柳城の 殿の情けのお耳に入りて 明くる七年弥生の頃に
恵み給うや一貫文を 天明六年またもや御沙汰 下し給いし褒美のお米
寛政三年の秋風吹きて 厚き御前の情けの露に 父の一代お米を給い
親子諸共ありがた涙 又も誉れの花咲き実り 同じ寛政六年の年に
積もり重ねて御沙汰が下る 伝蔵御前に召し出だされて 御下賜なされし膳部やお米
栄誉担いて御前を下る 下る間際に恩愛溢れ 熱い涙を眼に含み
勇み勇みて我が家へ帰る 父の年をば九十に数う 数え喜ぶその間もなくて
天は親にも病を賜い 遂に寝所に打ち伏し給う 日夜お側を離れず看護
前に増したる親孝行は 朝は疾くより夜は夜もすがら 他人の見る目も哀れにござる
願う仏も情けはつきて 人の力が及ばずなりぬ 天を恨みて地にぬかふすも
遂に安楽浄土の入りぬ 伝蔵一層稼業に励み 兄弟睦みて互いに暮らす
暮らす片手に二親様に 生きしに増したる親孝行を 星のうつりの歩みも速く
人の盛りのいつしか過ぎて 文化六年神無月の 月の十七みまかり給う
人は一代 名は末代に 残るいさおは鹿鳴越山の 峰の麓の泉の水に
映る姿はつきせぬ亀鑑 村の誉れよ宝よ神よ 語り伝えていつの世までも