勢場ヶ原合戦口説

豊後山浦 勢場ヶ原は 世にも知られた古戦場でござる さあさこれから戦の次第
下手な調べで語りましょうか さても大内義隆ぬしは 周防山口にお城を構え
中国一の大名でござる それが相手は西海一の 豊後府内のご太守様で
時の大友義鑑殿よ さても二人は不仲の間よ 些細なること意気地の種で
力づくもて雌雄を決むる 修羅の巷は勢場ヶ原よ 時はいつかと申そうなれば
頃は天文三年の春よ 野にも山にも桜の盛り 散るは桜かはたまた花か
寄せての大将は陶晴賢よ それに続くが杉隆連で いずれ劣らぬ名大将よ
下関から御渡海なされ 豊前中津で軍馬の手入れ 遺恨重なる大友勢を
駒の蹄で駈け散らかして 府内の大友義鑑殿に 一泡二泡吹かせんものと
威勢鋭く大内の勢は 豊前の国は糸原口に 陣を構えて探りを入れる
ここに府内の義鑑殿は 味方の注進とっくに聞かれ さても愚かや大内の軍よ
たとえ幾万押し寄すとても それを恐れる大友じゃないぞ 飛んで火に入る夏虫不憫
そこで義鑑家来を集め すぐに戦の手筈を決める さても国東吉弘城主
吉弘石見氏直公は 二十歳に足らぬ若輩ながら 大友方の総大将でござる
続く大将は寒田に三河 これが本陣は大牟礼山よ 大友方の第二の陣は
地蔵峠の難所でござる これが固めの大将方は 志手に野原の両勇将よ
さても大友第三の陣は これも険阻の立石峠 田北長野に都甲に木付
引いた手ぐすね待ちかねまする なお大友の別働隊にゃ 大神林の三百余騎が
鹿鳴越峠に砦を構え 全部合わせて三千余騎よ 話変わって大内の陣にゃ
大将集めて戦の評議 「地蔵峠は近道なれど 音に聞こえし難所と聞くよ
立石峠は谷狭くして 進む大軍にゃまことに不便 殊にいずれも大友軍は
堅い守りをしている様子 まわり道でも佐田へと向かい 不意に本陣攻め寄すならば
味方の勝利は朝飯前」と 命令一下三千余騎は 佐田へ佐田へと馬をば進む
こんなこととは露いささかも 知らぬ地蔵や立石軍や 痺れ切らして敵をば待てる
かかる折しも勢場ヶ原にゃ 地から湧いたか天から来たか 大内軍勢三千余騎が
轡並べて鬨をばあげて ここを必死と押し寄せ来たる これを眺めて大友方の
大将氏直むっくと立ちて 「ヤレちょこざいな大内の勢よ

いでや氏直が武者振り見せん 続け者ども一目散に」

敵陣目掛けて駒乗り入れる 前後左右と火花を散らす
敵も味方も必死の覚悟 負けず劣らず鎬を削り しばし勝負は果てしも見えず
されど悲しや味方は小勢 大内の軍に射すくめられて 大将氏直矢玉に倒る
大将討たれて何おめおめと 命永らえ恥かかんやと 主に殉じて枕を並ぶ
げにも哀れな御有様よ ここに立石地蔵の守備は 不意の敗戦に驚き慌て
軍を返して勢場へ急ぐ 息を切らして駆けつけ見れば これはいかにぞ味方の軍は
吉弘氏直先ず討死にし 続く三河の数多の兵も 枕並べて無念の最期
これを見るより味方の将士 いでや憎っくき大内の勢よ 一人残さず皆打ちとりて
味方の無念を晴らさでおこか 野原対馬を真っ先として

敵陣目掛けて攻め寄すほどに 敵の軍勢浮き足立って

秋の木の葉の風散るように 我を先にと皆逃れ行く
逃ぐる敵兵おっ取り囲み 前後左右に斬りまくじれば 敵の大将杉隆連は
野原対馬の槍先にゃかかる 命からがら大内の勢は 軍をまとめて高田へ走る
年は移れど勢場ヶ原に 照らす月影にゃ変わりはないが 大牟礼山に静かに眠る
勇士の墓は皆苔むして ありし昔を語るに似たり