幸関主水口説

今度語るは幸関主水 いつのことかと尋ねて訊けば 頃は元禄十四年どし
並ぶ九月の始めの日にて 国はどこよと尋ねて訊けば 国は大阪 道頓堀よ
間の芝居に歌舞伎の役者 役者揃うて三十四人 あるが中にも選りの芸者
花の辰家に幸関主水 恋の芍薬 沢村右近 彼ら世の人若衆方も
世にも聞こえし幸関主水 今度豊前の宇佐八幡に 開帳芝居を請け負うて下る
よその耳には入らぬうちに 親の耳にはさらりと入りた 「主水主水」と密かに呼ばれ
「何の御用か両親様よ」 言えば両親さて申すには

「お前呼んだは余の儀じゃないが 聞けば豊前に下るというが

今は豊前の宇佐八幡に きつい疱瘡や麻疹が流行る
そなた十九の厄年なれば 旅の身空で厄などすれば 湯欲し水欲し恋焦がれ死よ
親を恨みに思うな主水」 言えば主水は涙で語る 「もうしこれいな両親様よ
二度とお言葉背けはすまい 今度この度ゃお許しなされ わしが下らにゃ三十四人
三十四人の役者の人が あてず迷うて迷惑なさる」 云えば両親兄諸共に
「さてもそうかよ弟の主水 ぜひに豊前に下るとすれば 間の芝居が終うたなれば
どこも寄らずに帰れよ主水」 云えば主水が打ち喜びて 三十四人の役者を寄せる
明日は日も良い荷役をなさる 芝居船にてさも賑わしく 笛や太鼓や琴三味線で
七つ拍子で錨を起こす 柱立てらせ舵をばささせ 二十四反の帆を巻き上げる
帆をば巻き上げ蝉口つめる 風は神風まともに受ける どんどどんどと河口落とす
急ぎゃ間もなく船沖に出る 須磨や明石の名所を眺め

「ここはどこよ」と舟子に問えば 「ここは一ノ谷敦盛様の

お墓どころ」と舟子が申す 云えばお役者三十四人
思い思いの拝みをあげる 急ぎゃ間もなく姫島沖に 哀れなるかや幸関主水
親の思いを身に引き受けて ふらりふらりと病気にかかる

医者を呼ぶにも船中のことで 急ぎ急いで豊前に下る

国に漕ぎ付け錨をつかせ 錨つかせて纜とりて
陸に上がりて宿をばとりた 宿の主人は佐兵衛様よ 「医者の手引きをよろしく頼む」
医者は来るよりはや脈を診る 主水病気は疱瘡のどよみ 顔に一つの出ものが悪い
今度主水はよう病抜かん 医者は見切りて我が家へ帰る そこで哀れな幸関主水
甥の辰家を側へと呼んで 「辰家呼んだは余の儀じゃないが

医者は見切りてその家に帰る わしが心が確かなうちに

少しばかりの形見をあぐる 金の香炉のあの金箱は
これは都のお師匠様へ 主水形見と贈りて給え わしが少しの前なる髪と
四十八色染めたる小袖 これは国許両親様へ 主水形見と送りて給え
わしの持ちたるこの大小は これは国許兄上様へ 行李一つはお前のものよ
わしの持ちたるこの煙草入れ これは国許道頓堀の 日頃寄り合う吉三郎へ
次の下段の當麻の櫛は 幼馴染のおつやがものよ 主水形見と贈りて給え
甥の前では恥ずかしゅござる わしがこのまま相果てたなら わしの弟鶴若丸に
十二舞台を真似しておくれ」 云うてしまえばこの世の別れ 秋の稲妻川辺の蛍
そやりそやりと落ち入るばかり 花の主水は役者で死して 光る涙のひとしずく