朽網長者

国は豊後で肥後とは境 朽網よい里阿蘇まで続く つつじ花なら大船山の
前に広がる宮床原に 昔栄えた朽網の長者 朽網弥佐衛門の娘がござる
八丁四方の館を構え 屋敷ぐるりにゃ大石並べ 石の下には百足を許し
だらと山椒とはぜの木仕立て 合間切れ間に茨をはらせ

しゅうじ垣根は蜂の巣だらけ 道にゃ蝮が行列つくる

苦労工面で門まで行ても 門にゃ張り番夜番の控え
昼の強請も夜這もならぬ 弥屋佐衛娘にお律とござる さてもお律は稀なる生まれ
年も十三花なら蕾 立てば芍薬座れば牡丹 歩む姿は姫百合の花
早もそろばん読み書き優れ 琴や三味線 和歌俳諧も 並べ較べのないよな育ち
朽網界隈聞こえて府内 ついに都に噂が届く 都治むる公方之介と
末は世に出る鶴若丸が 京の女子の遊びに飽いて 諸国諸方を尋ぬるうちに
お律評判お耳にとまり 都はるばる豊後に下る 着いた船場は浜脇あたり
疲れ鳥越行く七蔵司 目指す朽網の大船見ては 清水湧き出る宮床原と
心弾めば弓矢のごとく 飛んで七里田温泉泊まり 積もる旅垢湯船に浮かべ
ある夜ひそかにお律に忍ぶ 「夜番よく聞け想いが叶や 京の都に皆連れ上り
都女を抱かせた上に 望み次第の褒美もくるる」 聞いて夜回り鶴若丸を
連れて屋敷の奥へと進む 七重八重ある襖を開き ようようお律のお寝間に届く
お律しっかり襖をおさえ 「今宵忍ぶは鼠か猫か 金の盗みも入ることならぬ
外に出て待て包んで投げる」 これは鶴若出鼻を押され 何と口説こか思案のしばし
「お聞きくだされ内なるお方 森と見てこそ鳶もとまり 藪がありゃこそ小鳥も宿る
音に名高きそなさんゆえに 苦労はるばる鶴若着いた 逢うてくだされただ一目でも」
言えばお律は口あらたまり 「花の都の鶴若様か 君のお下り待ちかねました
昼は幻夜は寝て夢に 見たり覚めたり幾月幾日 焦がれ尽くして火も消えました
暗うて火種も見当たりませぬ なれど私は跡取り娘 もしも婿入りくださる気なら
ここに両親呼び入れまする 起誓下され来年九月 栗毛馬には黄金を八駄
白毛馬には白絹九駄 九日祝いのこの館まで 運び込むとの一条ならば
その日暁一番鶏の 一声二声三声の後が 唄い終わるか終わわぬ時に
門の閂私が外し 迎え入れます花婿様を お律嬉しゅて指折り数え
九月九日を待ち上げまする この儀ご思案決まらぬならば

もはや夜明けも間近うござる 人目はばかり立ち去り給え

早く早く」と急き立てられて 狭い小川の真ん中伝い
小舟まわして館を後に 哀れ鶴若都へ還る 今はコロニー敷地の辺り
館川とてその名も残る