お吉清三口説

花の都にその名も高き 聞くも哀れや さていじらしや お吉清三の心中話
所京都の五條の町で 音に聞こえし与右衛門様は 店は大店糸屋の渡世
番頭手代が二十と五人 下女と下男で七人御座る 店は繁盛で有徳な暮し
夫婦仲には娘が一人 名をばお吉とつけられまして 蝶よ花よと御育てなさる
月日経つのは矢よりも速く やがて十一十二の年に 琴や三味線 謡はいかに
茶湯 生花 断縫までも 人に勝れし利発の生まれ 年も十六相成りければ
都一なる評判娘 立てば芍薬座れば牡丹 腰はほっそりあの雨柳
他になびくな なびかせまいと 親を泣かせる道理で御座る

器量の良い事誓えて見れば 小野の小町かまた春姫か まことお吉は正札付きよ

其のや評判聞く親達は 心や嬉しく良い婿取りて 家督譲りて安堵をせんと

両親様には心配なさる お吉清三のこの世の破綻 親の心は露知らなくて

解ける縁はこの矢の様に 子飼育ちの清三と言うて 年は二十を二つも越えて

今は番頭勤めも堅く 商達者で男も良くて 情けかければ近所の人は

「清三糸屋のありゃ白ねずみ 清三あるので糸屋も繁盛」 清三噂の良き事なれば

今はお吉が清三に惚れて 女子に生まれた甲斐あるならば

小さいうちから心も知れて 主人忠義は親にも孝行 親に孝行が万の元よ

どうぞ清三と添いたいものと 梅の立ち木に願掛け致し

ある夜部屋にて思いの丈を 文を細かに書きしたためて 清三袂にそろりと入れる
まじめ堅気の清三であれば なんと迷って途方に暮れる 大事大事の主人の娘
親の許さぬ不義いたずらを すれば主人に言い訳立たぬ

わしがつれなく返事をすれば 死ねる覚悟と書いたる文よ もしや過ちあるその時は さぞや両親お嘆きなさろ そこで清三が悩んでいたが

いとし可愛いについ引かされて 何時の間にやら恋仲なれば
深き契りも深山の桜 隠す気なれど現れやすく 訳のありげの二人の素振り
それと感づく母親始め 父の耳にもそろそろ入る そこで母親気を揉みまして
もしや清三と手に手を取りて 二人この家を駆け落ちしたら どこに寄るべき渚の舟で
沖にただようお吉が難儀 とどのつまりは女郎か下女か ある日お吉を一間へ招き
「お前清三と人目を忍び 為の約束不義いたずらを 隠す素振りは父様始め
それと言わねど心配致し それで良いぞと捨ててはおけぬ

今日が今より清三がことは 思い切る気か切らぬかお吉

しかと返事を聞かせてくれ」と 言えどお吉はさしうつむいて
顔に袖当て涙にくれて なんと返事も只泣くばかり 「親の仰せを背くじゃないが
わしと清三のその中こそは 炭と紙とが決めたが縁は 婿に直して添わしておくれ
他の殿御はわしゃ持ちませぬ 娘心のただ一筋に 言うも恥ずかしこれ母様よ」
聞いて母親途方に暮れて 奥の一間へ清三を招き 「そちを呼んだは他ではないが
娘お吉は跡取り娘 聞けばそなたと訳あるそうじゃ それと聞いてはこの家におけぬ
何処なりとも出て行きなされ」 口に言うても目に持つ涙 草鞋銭だと多分の金を
投げて与えて縁切らせんと わざと腹立ち一間へ入る 後に清三ただ茫然と
思い起こせば身の誤りと 一人すごすご支度を致し さらばこの家ももう今日限り
名残り惜しやと出て行きまする それについても幾多のお金 恵み下さる御恩の程は
たとえ死んでも忘れはせんと 手をば合わせて只伏し拝み 家に帰りて暫しの間も
忘れ兼ねたるお吉の姿 好いて好かれたお吉に清三 思いがけなく生木の枝を
裂きし如くに遠ざけられて 清三所在は大阪町の 難波新地の我家のかたで
思い切られぬお吉が姿 いとし可愛いが病となりて 食うも進まず痩せ衰えて
ついに焦がれて相果てまする お吉事とは夢つゆ知らず 番頭清三はさぞ今頃は
どこにどうしておわする事か 逢って詳しく私が心 胸にありたけ話を致し
優しお言葉聞きたいものと 思い続けてついうつうつと 夢か現か清三の姿
枕許へと現れなさる お吉嬉しくふと目を覚まし 辺り見回し声細やかに
逢いたかったと懐かしそうに 清三側へと寄らんとすれば 不思議なるかな清三が姿
消えて後なく影さえ見えぬ お吉驚き胸うち騒ぎ 心許ない清三が命
もしや此の世に亡き人なるか 御霊この世にとどまりおいて 私が所へ迷うて来たか
これはこうしておられぬ所 難波新地を尋ねて行きて 清三様子を聞き出ださんと
思案定めてお吉が今は 支度致して我が家を忍び 後を振り向き両手を合わせ
親をふり捨て不幸の奴と さぞや御腹も立ちましょうけれど 操は守るが女子の道と
許しなされて下されませと お詫び致して気を取り直し 早く清三に逢いたいものと
辿り着くのは大阪町よ 在へ入れば一筋道で さても淋しき村里なれば
聞けばかしこに舟場がありて 何時も淀川早舟御座る 舟じゃ危ない陸地を行こと
傘も気になるか弱き足で 心急けども道はかどらぬ 牛の歩みの千里の例え
今はお吉は逢いたさままに 一人すごすご道急がれて 急ぎほどなく大阪町の
浪花新地と相成りければ さても嬉しや何処であろうと ここかかしこと尋ねる内に
女子子供が来るのを見つけ ここら辺りの子供と見入る お吉声かけ物問いまする
「ここら辺りに清三の館 あらば教えて下さりませ」と 言えば子供は指差しまして
「あの家橋より三軒目で御座る 横屋造りが清三が家と」 聞いて嬉しく飛び発つ思い
やがてその家へ近づきまして 傘を手に持ち小腰を屈め 御免なされと戸口を開けて
「清三館はこなたであるか」 言うも恥ずかし一声細く 聞いて奥より立ち出でまする
さても気の毒清三が母で 数珠を片手に目を泣きはらし 不信顔してお吉に向い
「若い蝶々はどこからお出で」 問えばお吉は恥ずかしながら 「私ゃ京都の糸屋の娘
清三さんとは訳あるゆえに 遠い所を尋ねて来たが どうぞ逢いたい逢わしてくれ」と
「頼みまする」と腰打ち掛ける 清三母さん涙を流し 「さても愛しや御尋ねなるか
清三ことには貴女の事を 思い尽くして病となりて ついに儚く相成りまして
今日が七日の忌日で御座る」 聞いてお吉は物をも言わず

わっとばかりに嘆くも道理 せっかく尋ねて来た甲斐もなく

お果てなされて逢う事ならず さらば墓場へ参らんものと
すぐに清三の墓場へ来れば 墓にすがりてお吉はわっと 声を限りに泣き悲しめば
人の思いは恐ろしもので 清三墓所が二つに割れて 元の姿で現れまする
「お吉ようこそ尋ねてくれた わしを思えば我が命日に 主が自ら香花立てて
一辺なりとも回向を頼む 私ゃ此の世を去りたる様に お前この世に長らいおりて
親に孝行よろしく頼む」 言うて清三が姿は消える お吉驚きやれ悲しやと
泣けど口説けどその甲斐もなく 「私を思うて御果てなれば

お前ばかりを一人じゃやらぬ 私も後より追い付きます」と

今はお吉は狂気の如く 小石拾うて袂に入れて
蓮華の花咲く菩提の池へ 南無と一声身を躍らせて 池の藻屑となり果てまする
あの世で添いたい二人の心 義理を操の鑑となりて 聞くも哀れの心中話