お塩亀松口説

国は筑前遠賀の町で 坪衛庄屋の太郎兵衛殿よ 蔵が七軒酒屋が五軒
出店貸家が三十五軒 手代番頭七十五人 家は三階八つ棟造り
裏に泉水築山ついて 金魚銀魚や鯉鮒生かす それを眺める長者の威徳
何についても不足はないが 不足なければ世に瀬がござる 子供兄妹持ち置きまして
父は冥土に赴きました 兄が亀松 妹はお塩 兄の亀松母さん継子
妹お塩が自身の子なら お塩母さん悪事が起きる 兄の亀松殺してのけて
西や東やあの家蔵や 北や南のあの田畑も 妹お塩に皆まるめたい
神に頼んで盲にしよか 医者に頼んで毒酒盛ろか 神に頼めば天知る地知る
人が知りては大事なことよ いっそそれよりお医者がよかろ

少し下にはお医者がござる お医者さんにとちょこちょこ走り

ごめんなされとお内に入る 中に入りて両手をついて

「お内なるかやこれお医者さん」 「誰かどなたかお塩の母か

お塩母さんようござんした 上がれお茶飲めお煙草吹きゃれ」

言えば母さんさて申すには 「お茶も煙草も所望じゃないが

私ゃあなたに御無心ござる 言うたら叶えよか叶えてくりょか」

「言うたら叶えじゃ叶えてやれじゃ 何の御用かはよ語らんせ」

言えば母さん申せしことにゃ 「日頃あなたも知りての通り

わしに子供が兄妹ござる兄が亀松妹のお塩 兄の亀松私にゃ継子

兄の亀松殺してよけて 西や東のあの家蔵を 妹お塩に皆まるめたい
毒な薬を三服頼む」 言えばお医者が飛びたまがりて 「親の代からお医者はすれど
医者はもとより南無則経の 薬師如来の教えた匙で 人を助くる薬は盛れど
人に害する薬はあげぬ 毒な薬が所望とあらば 少し下にはヤブ医者ござる
そこに行きやれお塩が母よ」 言えば母さん申せしことにゃ 「毒な薬を三服くるりゃ
小判千両今でもあげる」 言えどお医者は耳にも入れぬ 「そこで母さん腹をば立てて
物も言わずにすっと立ち上がる お前薬で殺さんときも 亀一人は殺さじゃおかん」
戸口出る出るその悪たれを 言うて別れて我が家へ帰る

我が家帰りてなぎはら這うて 長い煙管に煙草を摘めて 煙草飲む飲む思案をなさる

案じ出したが浄瑠璃本の 昔横山三郎殿が 小栗判官殺した書物

蔵の二階にちょろちょろ上がり 檜節なし縦横けやき 二間長持 蓋つき上げて

今度取り出す毒酒の本よ それを手に取り開いてみれば 毒な品数百四十八

まず一番の薬だては 三で山椒の小虫をとりて 蛇の陰干しゃ大劇薬よ

山でつつじや吊るしの柿や 木の葉隠れの一寸百足 滑るひいばに滑るこの泥鰌

竹の切り口溜まりし水よ 谷の清水のいもりをとりて 品を合わせて百二十四品

米の味醂で毒酒を作る 毒な酒なら出湧きも速い 宵に作れば夜中に出湧く

作りこんだが二つの小壷 お塩飲むなと添書きなして 奥の戸棚にしっかと納す

頃は八月彼岸の頃よ 日にち申せば二十一日よ お塩母さんお寺に参る

お寺参りのその留守の間に あまりお塩がもの淋しさに 奥の戸棚をごとごと探す

探し出したが二つの小壷 神の教えかお塩が目には 亀の毒酒に三行半の

お塩飲むなと添書きござる そこでお塩が思いしことに どうでこのこと母さん仕業

これをこのまましておいたなら 兄の亀松非業な死によう

わしの母さん大事が起きる 裏の小池にざんぶと捨てる
毒な酒なら小池の鮒も 腹をかやして一度に死ぬる 小壷ゆすいで戸棚に納す
やがて母さん寺から帰る 家に帰ればわが子のお塩 「もうし母さん物問いましょか
奥の戸棚にもろみの酒よ ときとならざるもろみの酒は 兄を殺そと企みなさる
あんな企み早う止めなされ 兄はこの家の大黒柱 兄を殺さばこの家は立たぬ
どうせ兄さん殺すであれば 兄の身代わりわし殺しゃんせ

よその他人が聞かしゃんすると お塩母さん鬼かな邪かな

言われますどやわしゃ恥ずかしや」 言えば母さん腹をば立てて
「親の悪事を子が言うものか」 打つど叩くどちょうちゃくなさる

上がり縁からまた突き落とす お塩泣く泣く外にぞ出づる

一の門越え二の門越えて 三の門越え小池の端で
ここで死のかと思案はすれど 越えた門をばまた越え戻る どうぞこのこと兄上様に
逢うて様子を語らんものと 家に帰りて二階に上がる 二階上がりて透かして見れば
兄の亀松それとは知らず 七つ下がれば提げ提灯で 書きつ読みつの稽古の盛り
「もうしこれいな兄上様よ 書きつ読みつは早う止めなされ 親が親なら役にも立とが
親が親じゃき役にも立たん わしの母さん悪事が起きて お前殺そと企みなさる
お茶を飲むとも気をつけなされ ご飯食べるも気をつけなされ

油断なされば非業な死によ」 言えば亀松飛びたまがりて

持ちたる筆をば取り落とし 「何を言うどや妹のお塩
西や東のあの家蔵も 北や南のあの田畑も われに遣るどや妹のお塩」
「何を言わんす兄上様よ 西や東のあの家蔵や 北や南のあの田畑を
庭のすぼほど欲しいとあれば 親の悪事を子が言わりょうか」

そこで亀松申せしことにゃ 「私ゃこれきり腹切るほどに 国の殿様御用であれば

兄は頓死で死んだと言やれ」 言えばお塩がまた申すには

「何を言わんす兄上様よ 私とお前は義理兄妹で 真の兄妹そうないものよ

お前腹切りゃわしゃ髪下ろす 髪を下ろして尼にとなりて 六十六部でお廻りまする」

言えば亀松申することにゃ 「今年霜月母さん年忌 母のためなり我が身の修行と

六十六部でお廻りましょか ここで支度はできないほどに

小倉町行きゃ伯母さんござる 伯母の方にて支度をせん」と そこで兄妹心を合わせ
東蔵にて着物を出して 西の蔵にて金取り出して 一の門越え二の門越えて
小松千本 杉また千本 それを越えれば桜が峠 桜峠に腰うちかけて
名残惜しさにあとうち眺め 「お塩あれ見よ遠賀が見える 鳥も古巣に帰るといえど
二度と帰らぬ遠賀の町よ」 「何を言わんす兄上様よ 悔いを見捨てて出るからしんは
国が恋しとわしゃ思やせん」 それを越えれば小倉の人の 山の峠に腰うちかけて
「お塩あれ見よ小倉が見ゆる 小倉新町五丁目の米屋

あれに見えるが伯母さんの家」 急ぎゃほどなく小倉の町よ

「もうしこれいな伯母上様よ」 言えば伯母さん飛びたまがりて
「前に立ちたはお塩じゃないか 後に立ちたは亀じゃあないか

輿や車で乗り来る人が 徒歩や裸足で何しに来たか 国の殿様御用で来たか

親に勘当受けては来てか 訳を言わねば中には入れぬ」

言えばお塩が申せしことにゃ 「国の殿様御用で来ぬが
親の了見でここまで来た」と 言えば亀松そこ打ち消して

「お塩そこ言うなそこ言うちゃ大事」 そこで亀松申せしことに

「国の殿様御用でも来ぬが 親に勘当されても来ぬが 五年前から六部の願い

今度幸い願いも叶うて 今年霜月母さん年忌 母のためなり我が身の修行と

六十六部でお廻る程に」 言えばお塩がさて申すには 「兄の言うのは皆偽りよ

わしの母さん悪事が起きて 兄を殺すのを企みなさる」 言えば伯母さんうち驚いて

「笈の支度はいたしてやろ」と 檜節なし樅つげけやき 切りつ刻みつ笈こしらえよ

笈は八角まん丸柱 七日ぶりにて笈成りなした 笈はできたが仏はできん

法師雇うて仏を刻む さあさこれから仏を刻む 亀が仏が南無地蔵菩薩

お塩仏が十一面の 観世音菩薩を名乗らせ給う 笈も仏も皆出来上がる

そこで兄妹支度にかかる 明日は日がよい文立てましょや

小倉町中は伯母さん手引き 伯母の手引きで托鉢なさる 小倉町中の若衆方が
さても殊勝なお六部さんと 心ごころに餞別なさる それを兄妹押し戴いて
しばし間は回向をなさる ご縁あるならまた逢いましょう そこで兄妹四国が望み
そこで伯母上申せしことにゃ 「なんとよう聞け兄妹子供 四国道にとなりぬれば
金に不足はあるまいけれど とかく六部というものは 日に七軒の托鉢を
いたすものどよ兄妹子供 晩は七つにはや宿とりて 朝は五つにその家を出づる」
言えば兄妹しみじみ受けて そこで伯母上別れをいたし 多少なれども餞別なさる
それを兄妹押し戴いて しばし間は回向を唱う 名残惜しそに小倉を出でて
そこで兄妹四国を望む 船は新造新木の櫓にて 船は八反帆を巻き上げて
急ぎゃ程なく四国に着いて 四国の島では伊予の国 伊予の国では岩屋山
岩屋山では競り割りの 葛禅定や鎖の禅定 三十一小屋 十六羅漢
八十八箇所札うち始め そこで兄妹うち喜んで あら嬉しや四国は済んだ
そこで兄妹大阪を望む しばし間は道中なさる 急ぎゃ程なく大阪に着いて
大阪町をば托鉢なさる 大阪町中の若衆方が 世には六部の数多かれど
さてもきれいな御六部さんと 我も我もと餞なさる 心ごころの手のうち供養
五日六日は逗留なされ 大阪町をば札打ち終わる 兄妹望みは京都の札所
京で天下の双門聞けば 東門跡西御門跡 明けて参るが三井寺様よ
名所名所を札打ち過ぎる そこで兄妹うち喜んで あら嬉しや京都も済んだ
そこで兄妹紀州を望む しばし間は道中なさる 急ぎゃ程なく紀州にゃ着いた
紀州名山高野の麓 女人堂までうち連れたちて 女人堂から女はならん
そこでお塩が申せしことにゃ もしこれいな兄上様よ わしはここらで待ちますほどに
九万九千の御寺々を 奥の院までお参りなされ 言えば亀松うち喜んで
女人堂にとお塩を頼む そこで亀松お山に登る 法場の峰や八つの谷
九万九千の御寺々を 奥の院までお参りなさる 七日ぶりにて下向に向いて
十日ぶりにて女人堂に着いた すればお塩はうち喜んで またも連れ立ち信濃を望む
道を行く行く高野の話 急ぎゃ程なく日坂の峠 山の峠に腰うちかけて
お塩あれ見よ箱根が見える 箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井の川よ
手拭い脚絆をはや剥ぎ取りて 御縁も深き兄妹は 手に手を取りて渡り込む
お塩流るりゃ亀松手引き 亀が流るりゃお塩が留む 浮きつ沈みつ大井の川を
渡り上がるが島田の宿よ 渡り上がりてあとうち眺め どうかお塩が顔色悪い
気色悪けりゃ気付けをやろか 急ぎ行くのが信濃の町よ またも急げば信濃の城下
行けば表に茶屋三軒よ まず一番の茶屋にては 茶屋の女がそれ見るよりも
「さてもきれいなお六部さんよ または夫婦か兄妹連れか」

店のわらじを手に取り上げて これはよもなき品にてあれど

お履きなされて下さりませと それを亀松押し戴いて なむからたんの御詠歌流し

兄妹諸共お礼を申す まず二番の茶屋にては 茶屋の亭主が申せしことにゃ

「さてはきれいなお六部様よ または夫婦か兄妹連れか」

店の手拭い手に取り上げて これはよもなき品にてあれど

汗取り手拭い差し上げましょう それをお塩が押し戴いて

なむからたんの御詠歌流し 兄妹諸共お礼を申す 二度とご縁がござんすなれば

またのご縁にあずかりましょう さらばさらばとその家を出づる

まず三番の茶屋にては 茶屋の亭主がそれ見るよりも 「されもきれいなお六部様よ
または夫婦か兄妹連れか 国はいずくで名は何と言う」 「国は筑前遠賀でござる
わしが亀松この子がお塩 わしが二十二でこの子が十五」

聞いて亭主が不思議に思う 「わしも子供が兄妹ござる 兄が亀松妹がお塩

きつい疱瘡に病みつきまして 養生叶わず相果てました 今宵あたりが七日の誕夜

歳も変わらず名も一つなら 今宵一夜はお泊りなされ」 ときに亀松立たんとすれば

「何を言わんす兄上様よ 豊前小倉の伯母上様が さても六部と申するものは

日には七軒托鉢いたせ 晩は七つ時宿とるものよ 朝は五つ時宿発つものと

教えてくれたじゃないかいな 泊まりましょうや兄上様よ」

そこで亀松その家に泊まる わらじ置くやら脚絆の紐を 足をすすいで笈仏なおす

亀松笈仏 仏の前に お塩笈仏 仏の前に 飾り立てたがきれいなものよ

さらばこれから御詠歌流す 宿の亭主も連れ念仏よ もはやその夜もさらりと明ける

ときに亭主が申することにゃ 「今日は日もよい善光寺様に

私も参るでござんすものよ」 聞いて兄弟うち喜んで 導き給えやご亭主さんと
聞いて亭主が導きいたす 急ぎゃ程なく善光寺様の お宮近々近寄りければ
うがい手水で我が身を清め 下がり鰐口うち振り鳴らし 心静かに拝みをあげる
さてもきれいな善光寺御堂 御堂の長さが三十と五間 堂の高さは十八間よ
ここに細々彫り物ござる まず一番の彫り物は 獅子に牡丹や竹に虎
下に下がりてその彫り物は 雪降り笹や群れ雀 ぱっと舞い立つまた舞い戻る
どこの六部もよう名を付けぬ お塩亀松よう名を付けた お宮廻りでその場をさがる
ときにお塩が申することに 「もし兄さん亀松さんよ

頭痛がしまする かみ打ちまする」 聞いて亀松飛びたまがりて

右の茶屋にとはや連れかえす 水や薬を一口飲めど 水や薬もはや差し戻す

もはや疱瘡も現れ出づる ときに亭主が申するように 「もうしこれいなお六部様よ

どうせこの子は病み抜きできぬ この子病み抜きゃ枯れ木に花よ」
聞いて亀松申せしことにゃ 「どうせ病み抜き出来ぬとあれば

連れて帰るぞ遠賀の町に」 言えばお塩の申せしことにゃ

「何と言わんす兄上様よ 家を出るときどう言うて出たか 鳥は古巣に帰るといえど

二度と帰らぬ遠賀の町に」 重き枕をようやく上げて 「もしこれいな兄上様よ

わしが性根の確かなうちに さあさこれから形見を開く わしが笈仏あの引き出しに

金が三百両入れてある ここの家なるご亭主さんに わたしが形見と百両あげて

またの百両お寺にあげて 残る百両その金は わしが死にたる入り用にあてて

もし兄さん亀松さんよ お前無事にてお暮らしなされ」 秋の稲妻川辺の蛍

灯す油の落ち入るごとく とろりとろりと落ち入りなさる 隣近所が寄り集まりて

「もしこれいなお六部様よ なんぼ泣いても嘆いたとても 死んだ妹は帰らぬ身じゃが

野辺の送りをいたそうじゃないか 野辺の送りをいたすとあれば

信濃町中の大工師雇い 切りつ刻みつ棺こしらえよ」 四方四面に燕を立てて
行き来る人々膳の綱 風になびかせ威勢な送り 日数経つのは間もないものよ
二日が経てば三日経つ 七日七日も七七日 四十九日もはや経ちければ
そこで亀松庵寺建てる 朝と晩とにお勤めなさる 一つ申すはお塩のために
二つ申すは我が身のために 先祖代々菩提のために 夜と昼との常念仏よ
水の流れと人間の身は どこのいずくで相果てるやら お塩亀松信濃で果てた
されも哀れなことぞいな