俊徳丸口説(ここは名高き)

ここは名高き清水寺の 観音様の霊験記 若い女の貞節口説
国はどこよと尋ねて訊けば 国は上方河内の国の 音に名高き信義長者
末の世取りの俊徳丸よ なれど俊徳継母様よ 母のおすわは悪性な人よ
弟梅若に世がやりたさよ 何としてなり兄俊徳を 呪い殺して本望遂ぎょと
世にも恐ろし悪心起こし 心決して鍛冶屋に急ぐ 急ぎゃほどなく鍛冶屋の表
「内にござるか御鍛冶屋様よ」 云えば鍛冶屋の奥から答え 「誰か何方か俊徳母か
上れお茶呑めお煙草吹きゃれ」 「お茶も煙草もご所望じゃないが

私はあなたに御無心ござる 云うたら叶よか叶えてくりょか」

「云うたら叶えじゃ叶えてあげじゃ 何な御用かな早や語らんせ」
云えばおすわが細かに語る 「地金鉄鋼を混ぜて 帽子ない釘三十五本
打ちて下んせのう鍛冶屋さん」 言えば鍛冶屋がさて申すには

「私も代々鍛冶屋はすれど 帽子ない釘ゃまだ打ちませぬ

他に鍛冶屋もござんすほどに 他の鍛冶屋に行て頼まんせ」
云えばおすわが腹をも立てて 「人に大事を語らせながら

打ちてくれぬはそりゃ胴欲な 三十五本のその釘打てば

小判百両今でもあげる」 云えば鍛冶屋が金に目がくれて
「打ちてあげますこれおすわさん」 云うて鍛冶屋は身支度致し

庭に飛び降り横座に座り 鞴吹き立て地金をくべて

地金鉄鋼を混ぜて 一つ打ちては南無阿弥陀仏
二つ打ちては南無観世音 「さてもこの釘身に受くる人 どこの何方か知らないけれど
鍛冶屋お怨みなされまするな 鍛冶屋商売打たねばならぬ」 チンカラリンと打つ音は
天にこたえて地に鳴り響く 三十五本の釘打ち上げて 磨き揃えておすわに渡す
おすわ受け取り押し頂いて 小判百両鍛冶屋に渡し 暇申して鍛冶屋を出でて
急ぎ急ぎで京清水に 箱段トンドと踏み上り 鰐口カンカと打ち鳴らし
賽銭四五文ハラと投げ しばし打ち伏し拝みを上げる 「もうしこれいな観音様よ
渡しはあなたに御ふしょはないが 兄の俊徳この世にいては

弟梅若世に出でられぬ」 不憫ながらも一命縮む

御身体をも逆さに吊りて さあさこれから釘打ちかかる
胸に三本あばらに五本 足の節々手の節々に 五射六根みな打ちまわす
打ちて残りし三本の釘 打ちてしまおと思いしときに 思いがけなき不思議がござる
白い鳥がくわえて逃げる 赤い鳥がくわえて逃げる そこでおすわは打ち驚いて
後の憂いもありもやせんと 深く心に恐れしものの しかしこうまで釘打ちたなら
どうせ俊徳大病にかかる 急ぎ急ぎで我が家に帰る 我が家帰りて様子を見れば
四苦八苦の俊徳丸よ 耳も聞こえぬ目も見えませぬ らい病やまいと早や見せかける
そこで俊徳さて申すには 「もうしこれいな母上様よ あただほただに目も見えませぬ
これじゃ養生の方法はないか」 云えばおすわがさて申すには

「もうしこれいな俊徳様よ 今度そなたのその病気こそ

容易ならざる大病じゃほどに 四国七度西国三度
丹後丹波や因幡や伯耆 廻らしゃんせやすぐさま治る」 云えば俊徳やむなきことと
是非もなくなく身支度なさる 上下白服着飾りて 戸口越えるが死出の山
雨だれ越えるが三途川 行くその道は六道の 吹き来る嵐が無常の風
背中に笈蔓杖には笠を 笠に記せしその所書き 国は上方河内の国の
音に名高き信義長者 末の世取りの俊徳丸と 同行二人と書き記したり
杖を頼りにただとぼとぼと 馴れし我が家を後にはなして いずれ定めぬ哀れな旅よ
俊徳丸の廻る国 東北国北中国よ 丹後丹波や因幡や伯耆

今度行くのがまた美濃の国 美濃の国では陰山長者

御門前には早や立ち寄りて 「もうしこれいな門番様よ
今日で七日の食事も食べぬ 結び一つのご報謝願う」 云えば門番顔打ちしかめ
「うぬが様なる奇態者に 結び一つもやれないものよ」 箒を持って叩き出す
ものの哀れは俊徳丸よ そこで俊徳あまりのことに 笠の上書きこれ見て給え
と云うて差し出すその笠見れば 国は上方河内の国の 音に名高き信義長者
末の世取りの俊徳丸と 「さては河内の信義殿の 世取り息子の俊徳殿か」
それを眺めて桜の姫は 東御殿の一間のうちで 「さては河内の俊徳様か
御目にかかりてただ一言の 話なりとも致してみたい」 心ばかりは逸ると云えど
人目ある瀬はままにはならず 身をも悶えてお嘆きなさる 思い余りて桜の姫は
東蔵より金取り出し 西の蔵より衣装取り出だし 旅の装束身も軽々と
夜の九つ夜半の頃に 裏に回りて高へり越えて 闇に紛れて夜抜けをなさる
そうこうする間にその夜も明ける ああ行く人にはもの尋ね こう来る人にはもの尋ね
哀れな遍路にゃ逢やせぬか 逢うたと云う人さらにない 哀れなるかや桜の姫は
「どうせ我がつま俊徳様は 生きてこの世におられぬ者よ」 尋ねあぐみて桜の姫は
加賀と越後の境の川で 水に映せし我が身の姿 髪にも櫛も入れざれば
髪は縮れて鳥の巣の様な 手足の爪はただ伸びしだい 衣装は破れてつづれの如く
「こんな儚い我が身の姿 二度と我が家に帰れぬ者」と 心決して身投げをせんと
川の川原に石掻き寄せて 石の上には金積み重ね 「この金拾いしその人は
桜の姫と俊徳が 野辺の送りをよろしく頼む」 袖や袂に石拾い込み
こうの池にと沈もとすれば はるか彼方に幼き声で 「そこで死するは桜の姫か
そちが尋ぬる俊徳丸は 八丁山奥観音堂の 縁の下には住まいをなさる」
それを聞くより桜の姫は 捨てたお金をまた拾い上げ 急ぎ急ぎて観音堂に
縁の下をもよく見回せば 数多遍路もたくさんいるで 誰が誰やら見分けもつかず
しばし間はためらいなさる かくて果てじと気を励まして 「もうしこれいな俊徳様よ
肌を交わしはいたしませぬが 過ぎし天王寺御能の舞に

御前や稚児役わしゃ舞の役 綾と錦の袖取り交わし

堅く誓うた桜の姫よ」 云えば俊徳さて申すには
「さては御身は桜の姫か こうもなりたる俊徳丸を 思う貞節嬉しいけれど
今の俊徳その約束も 実行されないかような姿」 「いかにあなたが申そうとても
誓うた言葉はわしゃ反故にせぬ 末の病気の見取りをするは

妻の私の務めじゃほどに 病気なりとてわしゃ厭やせぬ」

侍する俊徳の手を取り上げて 無理に引き立て京清水に
京清水に参り着き 東門寺西御門寺 やがて大津の三井寺様よ

札所残らず皆打ち納め なんと京都はきれいな町よ

そこで二人は観音様に 七日七夜の断食籠り
「もうしこれいな観音様よ どうぞあなたのお慈悲をもちて 夫病気を治して給え
夫病気を治したなれば 一の鳥居を金にてあげる 二なる鳥居を銀にてあげる
三の鳥居を鉄でする どうせ観音御利生がなけりゃ わしがこの身は大蛇となりて
一の鳥居に首なんかけて 参る氏子をみな取り尽くし これな観音薮仏にする」
六日籠りてその明くる晩 アリャ不思議や御利生がござる びみの音楽諸共に
紫雲たなびき忽然と 観音様は現れて 「いかによう聞け桜の姫よ
そちの願いは叶えて得さす 夫病気は平癒なさん 明日の四つ時なりたるなれば
白い鳥が羽根をも落とす 黒い烏が羽根をも落とす 赤い鳥がまた羽根落とす
それを拾いて俊徳丸の 五体六根なでまわすやら 元の通りに平癒なさん
夢でないぞや疑うなかれ」 云うて観音消え行きなさる あとで姫君夢驚いて
アリャ嬉しやよい夢を見た そこで姫君打ち喜んで 夢のお告げの時刻を待てば
違うことなく羽根落ちまする それを拾いて俊徳丸の 元の通りに相なりました
男ぶりなら日本一よ そこで二人は打ち喜んで 七日七夜の札籠りする
そこで俊徳衣装をつける 下に着るのが白地の綸子 上に着るのが黒紋付よ
急ぎ急ぎで伏見に下る まだも急いで河内の国よ まだも急いで我が家に帰る
我が家帰りて様子を見れば 最早母様らい病のやまい そこで俊徳さて申すには
「もうしこれいな母上様よ 四国七度西国三度 丹後丹波や因幡や伯耆
廻らしゃんせやすぐさま治る わしが病気も治りたほどに」
云えばおすわが詮方なくも 弟梅若供にと連れて 最早母様行方は知れぬ
人を呪えば穴二つとか まわる小車我が身に返り 末路悲しきおすわが最期
そこで二人は打ち喜んだ 人も羨む長者の暮し 万劫末代河内の殿よ