那須与一口説(月は清澄)

月は清澄 日は満々と 驕り栄ゆる平家の御代も 勇む源氏の嵐に揉まれ
散りて儚い平家の連よ 四国讃岐の屋島の磯で 源氏平家の御戦いは
七日七夜も戦うけれど どちら勝負のつかざる故に 平家方なる沖なる船に
的に扇を上げたる態は あれは源氏に射よとの的よ 源氏方には弓引きゃないか
源氏方には弓引きゃ多い 亀井片岡駿河の次郎 武蔵坊主の弁慶などが
我も我もと威勢を為せど 的の扇は威勢じゃ落ちぬ 神や仏の功力でとらにゃ
国は関東下野の国 那須八郎その三男に 那須与一という侍は
形は小兵にござ候えど 空に舞い散る鳥燕さえ 三羽狙えば二羽さえ落とす
弓を取っては関八州で 並びないよな弓引き上手 そこで与一は御前に呼ばれ
「御用いかが」と伺いければ 「与一呼んだは余の儀にあらず

与一あれ見よ沖なる船の 出船入船また走る船

あれに扇を上げたる態は あれは源氏に射よとの的よ
あれを一矢に射落とすなれば 弓の天下を望みに取らす」 そこで与一は打ち喜んで
与一いそいそ御前を下がる 我が座返りて仕度をなさる 与一出でたち拵え見れば
黒の鎧に黒皮おどし 黒の名馬にこしばる置いて 五尺貼りかな矢は十五束
手綱かいとりユラリと乗りて 小松原かな波打ち際を しんどしんどと急がしければ
急ぎゃほどなく屋島の磯へ この日限りで屋島の磯は 風も激しく波高ければ
的の扇が矢に定まらぬ そこで与一は祈誓をこめる 西を向いては両手を合わせ
南無や八幡那須明神よ 射させ給えよ扇を的を 神の功力があれ有難や
要どころがありありわかる そこで与一は狙いを定め 切って放せば扇の的は
要際よりぷつりと射切り 風に吹かれて波間に落ちる 沖の平家は船端叩き
陸の源氏は箙を鳴らす 至る与一と皆誉めそやす 那須の高名数多かれど
与一高名まずこれかぎり