順平お市口説

肥後の阿蘇山 南郷の手長 村と申さば松山村よ ここに千石庄屋がござる
庄屋その名は伊兵衛と言うて 子供ばかりが兄弟ござる 兄の半之亟に弟の曽助
親子三人盛りの時分 裏にゃ泉水築山ついて 金魚銀魚や鯉鮒放し
前にゃ百間矢来を結うて 朝と晩には曲乗りなさる 村の百姓にゃ順平とござる
順平前田が三反七畝 庄屋田が又三反七畝 同じ田並び相畝でござる
頃は六月日照りの頃に 畦を堰き上げ溜めおく水を 順平田がまた水口なれば
夜中夜中に庄屋が盗む 畦を切るのが十三所 切った深さは盤より低い
そこで順平が腹立てなさる 夜の夜中に水守り行けば 田中所で庄屋に出会い
そこで順平申することにゃ 「申し聞かんせ庄屋の旦那 わしが溜めたるこの田の水を
夜中夜中にあなたが盗む あなた守護する十石高も わしが作れる一石高も
お上上納は皆同じこと やめて下され水盗人を」 腹の立つのを皆まで言えば
そばの薮より半之亟が出でて 「村の庄屋にたてつく者は

打てよ叩けよちょうちゃくせよ」と 順平一人に相手は二人

多勢無勢で打ち伏せられた そこで二人が申することにゃ
「今日は母様命日なれば 不憫加えて助けてやるぞ」 言うて二人は小唄で帰る
あとで順平そろそろ起きて 水の落ち口顔うち濯ぎ 鍬の杖にて我が家に帰り
「お市お市」と女房を起こす 妻のお市は打ち驚いて 「これは我が夫順平様よ
何の大事かわし語らんせ」 言えば順平はお市に向かい

「お市出て行け子も連れて往ね」 言えばお市は両手をついて

「何の落ち度で暇くださんす 身には一つも落ち度がない」と
言えば順平の申することにゃ 「そなた常々知っての通り 水のことにて庄屋と喧嘩
畦を枕に打ち伏せられた どうもこのまま我慢が出来ぬ

そちに暇やりわしゃ死ぬる気」と 言えばお市はからから笑い

「何を言わんす順平様よ お庄屋くらいに引け取りませぬ
わしが父様河内の国の 佐門太郎という侍で 二番娘のお市でござる
父は落ちぶれ浪人なれど 父の教えを忘れはせぬ」と 箪笥長持ち蓋取り上げて
一で出すのが手裏剣五本 二では薙刀 大太刀 小太刀 三で長柄の大槍出して
鎖帷子身軽い仕度 繻子の鉢巻 綸子の襷 「さあさ行きましょ順平様よ」
そこで順平も百姓なれば 破れこぎんに荒縄襷 庭に飛び降り平鎌持ちて
夫婦揃うて我が家を出づる ここに一つの哀れがござる

三つなる子の乳呑児でござる 乳を飲ませて寝んねをさせて

生きて還れば枯れ木に花よ 死んで還れば蓮華の花よ
急ぎゃ程なく庄屋の館 夜のこととて門の戸閉まる 裏に廻って塀乗り越えて
前に廻ってお庄屋を起こす そこで庄屋も打ち驚いて 「わしを起こすは何方か誰か」
「村の百姓の順平でござる 水の喧嘩の仕返しに来た」と

そこでお庄屋の申することにゃ 「おのれ最前打ち殺すのを

不憫加えて助けてやった 恩を忘れて仇とは何か
早く帰って百姓を励め」 言えど順平は耳にも入れず そこで庄屋も詮方なさに
くぐり突き上げ出てくる曽助 お市すかさず首打ち落とす

兄の半之亟が申することにゃ 「弟一人が殺されたとて

兄の半之亟は引けゃ取りゃせぬぞ おのれ順平覚悟をせよ」と
斬ってかかれば身を翻し しばし間は戦いけるが お市またもや首打ち落とす
父の伊兵衛は声高々に 「子供兄弟殺されたとて

父の伊兵衛は引けゃ取りゃせぬぞ」 家に伝わる大槍出して

玄関口より踊って出づる 気ってかかればひらりとかわす
しばし間は戦いけるが 運のつきかや伊兵衛の持った 槍の穂先がぽきんと折れた
片手片足早や切り落とす 首を掴んで順平の前に 「手足仏が何なるものか
首を取らんせ順平様」と 前にころりと首打ち落とす すぐにそのままお上に上がり
事の次第を細かに語る 時の褒美にゃ米百俵と お庄屋作れる三反七畝
これをお上からお市に賜う そこで世間の申することにゃ 水は引きがち喧嘩はしがち