豊後高田盆踊り

はじめに

 豊後高田市の盆踊りといえば何と言っても「草地踊り」が有名で、その名は県外にも広く知れ渡っている。毎年8月18日に開かれる「高田観光盆踊り大会」は大変な人出で、年々賑やかになっているようだ。

 しかし、集落単位・隣保班単位の小さな盆踊りは高齢化などの影響でやや衰退気味であるとともに、市街地においては各地の盆踊りが観光草地踊りのそれに同化しつつあるので、踊りの多様性といった点では、寂しくなりつつあるのも現実である。

 ここで、豊後高田市を大きな地区に分けて、それぞれの地区に伝わる盆踊りの特徴を紹介しながら、現状をまとめておきたい。

※ここでいう「豊後高田市」には、真玉・香々地の両地域は含みません

概要

 豊後高田市といってもなかなか広く、沿岸部と内陸部を比較しても盆踊りの様子は異なる。概ね、沿岸部の踊りは宇佐地方の影響が顕著であるのに対して、内陸部の踊りは沿岸部の踊り(=宇佐地方の踊り)と、速見・東国東地方の踊りとが入り混じっているといえる。どこの踊りも太鼓伴奏だが、観光化された盆踊り大会の場合は三味線が入る。段物口説ばかりだが、一部の唄では一口口説の場合もある。

 全域に伝承されているのは「レソ」と「ヤンソレサ(二つ拍子)」で、ほかに「マッカセ」も比較的広範囲に亙って踊られている。それ以外にも地域限定の踊りがいろいろとあり、市全体で見ると踊りの種類は多い。しかし集落単位で見ると、戦前までは多いところで10種類程度もの踊りを踊っていたのに、最近は5種類から2種類程度、平均で3種類程度にまで減少している。

  現在、踊に地域性が見られるのは田染・東都甲・河内の一部くらいなもので、その他の地域においては草地踊りの観光化に伴い、ほぼ観光草地踊りの所作に同化している。例えば、「レソ」にしても田染のものを除いて市内ほぼ全域で同じ踊り方をしているが、昔はもっと地域差があったそうだ。

 「豊後高田盆踊り=観光草地踊り」ではなく、観光草地踊りのほかにもいろいろな踊りがあるのだが、世間一般には「豊後高田盆踊り=(観光)草地踊り」と認識されているため、ほかの踊りはごく狭い範囲において細々と伝承されるばかりで、次から次に消えてしまっている。

高田地区の踊り

 この地域は豊後高田市の中心部にあたる。現在「レソ」「ヤンソレサ」「マッカセ」の3種類を踊っているが、昔は「杵築踊り」や「エッサッサ」なども踊ったと思われる。かつてはこの地域独特の所作や特徴も見られただろうが、今は観光草地踊りに完全に同化しており、さしあたって紹介するような特徴は見られない。

 以前、田染の盆踊り会場にて「豊後高田は地域ごとに踊りがばらばらだったので、観光盆踊り大会が始まる頃に、草地踊りの踊り方に『揃えた』が、田染の踊り方は昔から伝わるもののままだ。市街地の方は、みんな草地踊りと同じになってしまった」というようなことを教えてくれた人がいた。この言葉からは、草地踊りが流行したので近隣の踊りも自然と同化したというのではなく、意図的に統一したというニュアンスが感じられた。

水崎地区の盆踊り

 この地域は昭和30年までは宇佐郡封戸村の一部だった。そのため封戸や南宇佐辺りの盆踊りに似通っていて、以前は「レソ」「ヤンソレサ」「マッカセ」「らんきょう坊主」の4種類が踊られていた。もっと昔は、「唐芋踊り(六調子)」とか「エッサッサ」も踊ったと思う。現在は、「レソ」「ヤンソレサ」「マッカセ」の3種類を踊っているようだ。

 「ヤンソレサ」は宇佐も草地も同じだからいいとして、「レソ」と「マッカセ」は、昔は宇佐の踊り方で踊っていたと思う(節も、宇佐の節回し)。今はどうだかわからないが、多分、観光草地踊りの踊り方に変わっているのではないだろうか。また、「らんきょう坊主」は、豊後高田市内においてはこの地区でしか踊られていなかったため、現在、高田市内では全く廃絶していることになる。なお、この踊りは大分県内でも山香町向野地区と、宇佐市の一部地域に残るのみとなっており、衰退の一途を辿っている。

河内地区の盆踊り

 この地域では一般に「レソ」「ヤンソレサ」「マッカセ」の3種類が踊られているが、近年は「マッカセ」を省略することも多くなった。田染に近い集落では、「六調子(杵築踊り)」を踊ることもあるようだ。大体、草地踊りのものと同じだが、草地では「レソ」の下の句の頭3字を捨てるのに対して、ここでは下の句も全て唄っている。

 小田原集落では、40年間ほど途絶えていた「三つ星(三つ拍子)」を数年前(確か2010年頃だったと思う)に復活させ、新聞記事にもなった。しかしこの唄の口説ができる人が1人か2人くらいしかおらず、2012年には都合でこの踊りを踊ることができなかった。「三つ星」は、速見・東国東・宇佐地方に広く伝承されている「三つ拍子(蹴出し)」とは全く関係のない唄・踊りで、現在、大分県内でもこの小田原集落にしか残っていないと言われるほどに珍しいものである。かつては草地村でも伝承されていた記録があるので、おどらく高田近辺で古来より踊られた踊りなのだと思う。それが、宇佐方面より「レソ」「マッカセ」等が流入し大変に流行したので、大昔からの「三つ星」はいつの間にか消えてしまったのだろう。

 40年も前に途絶えたものを復元するのは容易ではなかったと思うし、実現できたのは大変素晴らしいことだ。いま、後継者問題に直面しているわけだが、後継者の育成はもちろんのこと、映像化も望まれる(伝承・記録のため)。

草地地区の踊り

 この地域は、昔から「草地踊り」と呼ばれるほど盆踊りが盛んな土地だが、いま一般に「草地踊り」として知られているのは観光草地踊り(次項参照)の方である。「草地地区の踊り」と「観光草地踊り」は同義ではない。この項では前者、すなわち草地地区の供養踊りで踊られている盆踊りについて説明する。

 現在、草地地区では「レソ」「ヤンソレサ」「マッカセ」「六調子(唐芋踊り)」の4種類が踊られているが、大正末期頃は12種類もの踊りを踊っていたそうで、現在の4種類に加えて「ヤンテコ(セーロ)」「三つ星」「杵築踊り」「エッサッサ」などの踊りがあった。それらは時代の流れとともに捨てられてしまったが、この中でも「ヤンテコ」は戦後になってもしばらくは踊っていた。

 「レソ」「マッカセ」「六調子(唐芋踊り」は、いずれも宇佐地方の踊りである。「レソ」は、宇佐地方においては一般に一口口説なのだがこの地域においては段物になっているほか、下の句の頭3字を伏せた節に変化している。これは全県的に伝わる「祭文」の一種であり、宇佐地方・西国東地方においては囃子言葉をとって「レソ」と呼んでいる。「マッカセ」は宇佐地方の沿岸部のものとほぼ同じ節回しだが、宇佐地方沿岸部においては一節で3句(1句=7字+7字)を口説くのに対して、ここでは3句目の節の頭を省いて、2句目の後半を返して唄っている。一節がわりと長いので曲節が変化に富んでおり、おもしろい。「レソ」も「マッカセ」も、うちわを回したり円心に蹴り出したりするところに、宇佐地方の踊り方の特徴がよく残っている。「六調子」は宇佐地方の「唐芋踊り」と同じだが、テンポが上がり節回しが自由奔放になっている上に、踊り方もやや複雑化している。

 「ヤンテコ」は東国東・速見地方に残る「セーロ」と同じで、元来この地域では盆踊りの最初に踊っていたのだが、踊り方があまり簡単でおもしろくないので踊らなくなったようだ。また「ヤンソレサ」と「杵築踊り」はよく似た節回しなので混同したと見え、現在、「ヤンソレサ」は「杵築踊り」の節で唄っている。これは草地踊りの影響を受けた他の地区においても同じことであり、現在、「ヤンソレサ(二つ拍子)」と「杵築踊り(六調子)」の節をきちんと分けているのは田染地区などごく僅かとなっている。踊り方は宇佐地方の二つ拍子と同じで、手数は僅かに6呼間。

 踊りの種類は減ったが盆踊りはまずまず盛んで、この地域の一部集落では、初盆家庭を順々に廻って行う形式の供養踊りが残っている。初盆供養踊りと先祖供養の踊りを2夜連続で行うところもある由。

 なお、観光草地踊りのように舞台向きの大きくキリッとした所作で踊ったり、途中で衣装の早変わりをしたりすることはない。めいめいが思い思いの服装で踊っており、素朴なものである。

観光草地踊り

 観光草地踊りとは筆者の命名で、普通はただ「草地踊り」と呼ぶ。この記事では草地地区の供養踊りの際に一般に踊られるものと、観光化・舞台芸化されたものとに区別したかったので、後者を観光草地踊りと呼ぶことにした。

   草地踊りの名声が特に高まったのは昭和40年代からのようで、音源のレコード化(レソ・ヤンソレサがEPの裏表に吹き込まれた)のほか、日本各地でのイベント参加を重ね、海外のイベントにも参加したこともあるなど、今や「鶴崎踊り」や「津久見扇子踊り」「堅田踊り」などと並ぶ、大分県を代表する盆踊りとなっている。

 観光草地踊りといえば、「草地踊り保存会」の活躍が目に浮かぶ。よほど練習しているのだろう、踊りがきれいに揃っているし、所作が大きい派手な踊り方は最早、地面で踊る「盆踊り」 ではなくて「舞台芸」と化している。踊る順番も、「レソ」「マッカセ」「ヤンソレサ」「六調子」の順に決まっている。前半2つを「女踊り」、後半2つを「男踊り」としているが(実際に踊るのは女性のみ)、元々の草地踊り(供養踊りのもの)ではそのような区別はなく、これも舞台芸化の一貫である。それに伴い、保存会員のステージでは「マッカセ」から「ヤンソレサ」に切り替える際に浴衣から法被に着替えるのが恒例となっている。その着替えも、踊りの輪を進めながら所定の場所で順々に行うので、全く踊りが途切れない。

 この「観光草地踊り」を中心としたイベントが「高田観光盆踊り大会」で、「レソ」と「ヤンソレサ」の行進踊り(各団体が参加)のあと、ステージにて草地踊り保存会が「レソ」「マッカセ」「ヤンソレサ」「六調子」の4種類を披露するという構成になっている。これはあくまでも「イベント」であり「観光」目的なので、どうこう文句を言うつもりはないが、現在の高田市内における盆踊りの一元化(多様性の喪失)は、このイベントにも原因があるのではないだろうか。

 草地踊り保存会の踊りはとても見ごたえがありおもしろいのだが、あれは舞台芸であり「地踊り」ではないということと、「草地地区の地踊り」と「観光草地踊り」は同義ではないということを、強調しておきたい。

西都甲地区の盆踊り

 この地域は草地地区の踊りに同化したのか、または隣接することもあってか昔から同じだったのか定かではないが、現在、草地踊りとの差は見られない。踊りの種類は草地踊りと同じ4種類だが、「六調子(唐芋踊り)」を省略するところもあるようだ。

東都甲地区の盆踊り

 この地域は豊後高田市の中でも特に山の方であり、安岐町に隣接している。そのこともあり、東国東地方からの踊りの流入が見られる。昭和50年頃には「レソ」「ヤンソレサ(二つ拍子)」「杵築踊り」「エッサッサ」「ヤッテンサン(セーロ)」「豊前踊り」「六調子(唐芋)」の7種類が伝承されていたようだが、生憎当地の盆踊りには行ったことがないので、現状はわからない。

 「杵築踊り」は東国東・速見地方において広く踊られている「六調子」と同種のもので、「杵築の方で盛んな踊り」「杵築から伝わった踊り」の意で「杵築踊り」と呼んだと考えられる。「杵築踊り」は西国東地方をはじめ大野地方、直入地方においても見られ、かつては全県的に流行したようだ。西国東地方の盆踊りは手数の少ないものが多い中で、「杵築踊り」は踊りの手が一巡するまでに20呼間ないしは21呼間程度を要する。単純な所作の繰り返しが多いものの手数がやや多いため近年は敬遠され、西国東地方においては真玉町黒土などの山間部で稀に踊られることがあるといった程度にまで衰退してしまっている。

 「エッサッサ」の衰退も顕著で、かつては西国東郡一円と東国東郡の一部(山間部)で盛んに踊られていたが、今では国見町赤根などごく一部の地域に残るのみとなっている。これはとても簡単な踊りでそれなりにおもしろく、唄も簡単なのに廃れてしまったのは残念なことだ。現在、豊後高田市内で「エッサッサ」を踊っている可能性のあるのは東都甲地区を残すのみであると言ってよいだろう。

 「豊前踊り」は安心院町や院内町で踊られる「三つ拍子」が山香町に流入し、「豊前地方の踊り」の意で「豊前踊り」と呼んだもので、それが山香町から国東半島にも流入し、かつては山間部を中心に盛んに踊られていた。しかし、「杵築踊り」と同じく所作は簡単だが手数が多いこともあってか、国東半島においてはすっかり下火になっている。大田村や安岐町の一部集落に残るほかはほぼ廃絶している。ただし、山香町では今でも盛んに踊られている。

田染地区の盆踊り

 この地域は市街地を遠く離れ、大田村や山香町に隣接している。一般に踊られているのは「レソ」「二つ拍子(ヤンソレサ)」「六調子(杵築踊り)」の3種類だが、今下駄集落など山香町に近いところでは「セーロ」「豊前踊り」「三つ拍子(蹴出し)」も踊る由。「マッカセ」は伝わっていないが、或いは、河内地区に近い集落では踊る場合もあったかもしれない。高田地区の項で説明した通り、当地域は観光草地踊りに同化することなく、今なお独自性を保っている。

 「レソ」は、節回しが市街地と異なり、下の句の頭3字を上の句にくっつけて唄うところが多いが、山香町に近いところでは立石の「レソ」に似た節のところもあるようだ。踊り方も市街地とは少し違う(大田村の祭文とほぼ同じ)。また「六調子(杵築踊り)」と「二つ拍子(ヤンソレサ)」は、大田村や安岐町、国東町などと同じく3拍子(8分の6拍子)のリズムになっている点が市街地とは決定的に異なり、なんとものんびりとした雰囲気。豊後高田市内の大部分において、現在「ヤンソレサ」を「杵築踊り」の節で唄っているのに対して、当地域においては両者をはっきりと区別しており、「二つ拍子」では「杵築踊り」の上の句・下の句の頭3字を3連符で押し込めた節で唄っている(大田村と同じ)。

 「二つ拍子」は市街地の「ヤンソレサ」と同じであり、「二つ拍子」の呼称は踊りの手が一巡する間に2回手拍子を叩くからである。それに対して「ヤンソレサ」は囃し言葉からの呼称で、どちらで呼んでも差し支えない。「六調子」は、ここでは「杵築踊り」と呼ぶことはないようだ。これは、当地において別の六調子(唐芋踊り)が存在しなかったので呼び分ける必要がなかったためと思われる。踊り方には杵築市や安岐町の特徴がよく残っている(数歩後ろに下がって円外を向き、手拍子とともに円心に反転する部分など)。両手をすくいながらうちわを顔の前辺りで向こう側にクルリと回すのを繰り返して少しずつ前に出て行く所作が何ともおもしろく、田舎風だが何となく優雅な印象。

 田染地区は高齢化が著しいが、盆踊りは今でもそれなりに盛んに行われている。お盆期間中には集落ごとに供養踊りをするが、一部の集落では初盆家庭を順々に廻って供養踊りを行い、次の日に寄せ踊りをする場合もある。それに加えて毎年17日には田染地区全体の盆踊り大会(レクリエーションとして)も催され、会場は万国旗で飾られ、賑やかな雰囲気。翌日の「高田観光盆踊り大会」とはまた違った良さがある。

終わりに

 草地踊りと同化した部分も多いものの、まだまだ、豊後高田市内にはいろいろな踊りが残っていることがわかっていただけたかと思う。観光草地踊りのますますの発展を願うとともに、地元の草地踊りや、田染の踊り、都甲の踊りなど、地域ごとの踊りがこれからも受け継がれていくことを願ってやまない。「観光化」と「年中行事としての盆踊りの伝承」の両立は、困難かもしれないが、無理ではないと思う。その為には、草地踊り以外の踊りについても、等しく価値を見出すことが必要だ。盛大な「観光盆踊り大会」にも、集落の供養踊りにも、それぞれに良さがある。このことを、少しでも発信していきたいと改めて思う。

盆踊り唄一覧

「六調子(臼すれ)」(東都甲) <47段物>
☆ヤーレ臼すれ臼すれ(ヨーイヨヤナ) 臼すりましょか(サノサイ)
☆すれすれ揃いの 揃いの法被

「六調子」(草地) <77段物>
☆誰もどなたも速いが(ヨンヤサヨヤサ) 速いがよかろ(ショイショイ)
☆しばし間は六調子 六調子やろえ

「ヤンテコ」(草地) <77段物>
☆しばし(セーロ) しばらくヤンテコさんでやろな(ハ餅つくセーロ)
☆わしとあなたが二人でセーロ

「ヤッテンサン」(東都甲、田染)<77段物>
☆かえた(セーロ) かえたよヤッテンサンにかえた(ヤッテンセーロ)

「エッサッサ」(東都甲) <77・75切口説>
☆わしの若い時ゃ(ヨイヨイ) 夜の明けるまで
 盆の見合いで見合いをしたよ(エッサッサ エッサッサ)
☆空は日本晴れ国東半島 六郷満山よい日でござる
 
「らんきょう坊主」(水崎) <77・45切口説>
☆それじゃナー コリャ出します(アヨイヨイ)
 薮から笹を(おくれよ短冊よ)
☆竹に短冊 七夕様よ(思いの歌を書く)

「マッカセ」(草地) <77・77段物>
☆国はエー 豊後で臼杵の御城下(アラマッカセマカセ) 御城下本町
 (ヨイヨイ) 繁盛なところ(ドッコイドッコイショ) ヨーイナコラ
 繁盛なところ(ソラ ヤヤト ハーリハリ ヤヤノ ホーイソラ)
☆角の伊勢屋という町人は 肝が太うて大事を好む 大事を好む

「ヤンソレサ」(草地) <77・77段物>
☆人は一世名は末代よ(アラショイ コラショイ)
 因果応報も仏の訓え(ヤーンソレ ヤンソレサ)
☆昔いにしえ神代のときも 今が世までも正直者が

「ヤンソレサ」(河内) <77・77段物>
☆国は豊後で高田の御城下(アラセーヨイヨイ)
 御城下 本町 繁盛なところ(アラヤーンソーレ ヤンソレサ)


「二つ拍子」(田染) <77・77段物>
☆人は一世名は末代よ(アラショイ コラショイ)
 因果応報も仏の訓え(ヤンソーレサッサーノ ヤンソーレサイ)

 

「杵築踊り」(東都甲) <77・77段物>
☆杵築踊りは速うてのろて(アラセ コラセ)
 速うてのろうてのどかな踊り(ヨーヤナ ヨヤヨーイ)
☆杵築踊りにゃだんだんご苦労 それじゃどなたもこの先頃で

 

「六調子」(田染) <77・77段物>
☆ヤーレ嬉しや一輪が立ちて(サノヨイサノヨイ)
 それじゃこれから口説いてみましょ(アラヨーイソラ ヨイヤヨイ)
☆これぞ仏の盂蘭盆経よ 巧徳利生を説き分けなさる
 
「レソ」(草地) <77段物>
☆じわりじわりと 文句と行こかコラサノサ(ヨイショヨイショ)
 ヨイカナ 文句と行こか(アソラエヤ ソラエヤ ヤトヤンソレサ)
☆国は豊後の 高田の御城下 高田の御城下
 
「レソ」(河内) <77・77段物>
☆一つ手を振りゃ千部の供養 コラサノサ(アーヤンシキドッコイ)
 二つ手を振りゃ万部の供養(ソラエヤ ソラエヤットヤー ソレサイ)

「レソ」(田染) <77・77段物>
☆それじゃ皆さん レソやんでやろなコラサノサ レソはナー
 (ヨイショヨイショ) 踊りようてまた品がよい
 (ソラヨイ ソレエンヤヤト ヤンソレサイ)

 

「レソ」(田染今下駄) <77段物>

☆それじゃ皆さん レソやんでやろかコラサノサ(ヨイショヨイショ)

 ソレソレ レソやんでやろか(ソレソレソレー ヤットヤンソレサイ)


「三つ星」(草地、河内) <77段物>
☆肥後の熊本(ソーラヨーイヨ) 南郷の手長(ヨンヤセー コリャセー)
☆小村申さば杉山村にゃ

 

「豊前踊り」(田染今下駄) <77段物>

☆豊前踊りはしなよい踊り イヤサそうかな しなよい踊り

 (アヨーイサッサノ ドッコイショ)

 

「三つ拍子」(田染今下駄) <77段物>

☆よんべ山香の踊りこ見たら(オイサオイサ) そうかな踊りこ見たら

 (ヤーレショ ドッコイショ)