盆踊り唄「臼すれ」(豊後高田市東都甲) <47段物>

☆ヤーレ臼すれ臼すれ(ヨーイヨヤナ) 臼すりましょか(サノサイ)

☆すれすれ揃いの 揃いの法被

メモ:宇佐地方の「唐芋踊り」、高田市街地の「六調子」と同じ唄である。「臼すれ」の呼び名は「臼すれ臼すれ…」の唄い出しからだろうが、或いは、この唄はものすりの作業時にも唄われたのかもしれない。

 

盆踊り唄「六調子」(豊後高田市草地) <77段物>

☆誰もどなたも速いが(ヨンヤサヨヤサ) 速いがよかろ(ショイショイ)

☆アーリャそれでは六調子 六調子さがろ

メモ:宇佐地方の「唐芋踊り」と同じ唄だが、ずっとテンポが速い。盆踊りの最終に踊る。草地踊り保存会の六調子は大変所作が大きいが、普通の供養踊りのときに一般の人が踊る六調子は、ことさらに所作が大きいわけではない。上の句の節回しが一定でなく、自由に変えながら唄う。

 

盆踊り唄「六調子」(真玉町黒土) <77段物>

☆人に意見も言う年(ヨーヤサヨヤサ) 言う年頃に(ショイショイ)

☆金のなる木も持ちゃしゃん 持ちゃしゃんすまい

メモ:「唐芋踊り」と同じ唄だが、上の句の節回しが一定でない。草地の六調子と同じくうちわを叩く所作を基調にした踊りだが、こちらは継ぎ足をしながら後ろ向きに進んでいく。後ろに数歩さがっては円心向きに蹴り出すような踊り方で、躍動感がある。必ず盆踊りの最後に向けて、どんどんテンポが上がりいよいよついていけなくなる頃にお開きとなる。

 

 

盆踊り唄「六調子」(香々地町小池) <77段物>

☆四方四面に蔵建て(ヨーイヨイヤーヨイ)

 アドッコイショー 蔵建て並べ(ショイショイ)

☆池に鯉鮒 築山ついて

メモ:小池の六調子は、「ヨーイヨイヤーヨイ」の後ろに「ドッコイショー」を挿むので真玉や高田、国見の節よりもその部分が2拍長くなっている。真玉では高く入る節や低く入る節を自由奔放に唄っていくのに対して、小池では低く入る節のみを繰り返して唄っていた。踊り方は真玉町黒土とも国見町赤根とも違っていて、前を向いたまま数歩出て一歩下がり、うちわを叩きながら進む簡単な踊り方だが、足運びが裏拍になるところと表拍になるところがあってややこしい。

 

盆踊り唄「六調子」(香々地町香々地) <47段物>

☆ヨイサノ暮らしも繁盛(ヨーイヨーヤヨイ)

 ハ主水さんという侍は(サノサイ)

メモ:テンポは速めだが小池の六調子とは節が違い、こちらは大田村の「粟踏み」とほぼ同じ節。

 

盆踊り唄「ヤンテコ」(豊後高田市草地) <77段物>

☆しばし(セーロ) しばらくヤンテコさんでやろな(ハ餅つくセーロ)

☆わしとあなたが二人でセーロ

メモ:杵築市周辺に残る「セーロ(ヤッテンサン)」と同じ唄である。昔は草地地区の盆踊りで最初に踊っていたが、草地踊りが観光化された際に単純で見栄えのしないこの踊りは捨てられてしまった。まだ覚えている人もいると思うし、易しい踊りなので復元は容易と思われる。

 

 

盆踊り唄「ヤッテコサン」(豊後高田市東都甲)<77段物>

☆かえた(セーロ) かえたよヤッテコサンにかえた(ヤッテコサンノ)

メモ:この踊りは豊後高田市内でも、昔は草地地区をはじめ田染の一部地区など、ところどころに伝承されていたようだが、今では東都甲に残るのみとなっているようだ。ただし、隣接する山香町、大田村、安岐町では今でもよく踊られている。東都甲のものは山香や大田より少しテンポがのろく、踊り方も違う。

 

盆踊り唄「エッサッサ」(真玉町潮見) <77・75切口説>

☆ハー わしが出しましょ(ハエッサッサ) お粗末ながら

 唄の文句は ヤレ知らぬけど(ハエッサッサ エッサッサ)

☆踊り踊るならしゃんきりしゃんと踊れ 品のよいのが嫁に行く

メモ:エッサッサは国東半島で広く踊られたが、現在は廃れている。その例に漏れず、真玉でも現在踊られていない。真玉のエッサッサは唄い出しが自由奔放で、たまにハーがついたり(ほとんどがハーなし)、頭3字を長くひっぱったりする節を自由に混ぜていた。国見町赤根地区では今でも踊られており、おそらく真玉のエッサッサも、赤根のものと大同小異だろう。唄も踊りも易しいので、復元は容易と思われる。

 

盆踊り唄「エッサッサ」(豊後高田市東都甲) <77・75切口説>

☆わしの若い時ゃ(ヨイヨイ) 夜の明けるまで

 盆の見合いで見合いをしたよ(エッサッサ エッサッサ)

☆空は日本晴れ国東半島 六郷満山よい日でござる

メモ:東都甲では今でも踊られているようだ。おそらく昔は、市街地でも踊ったのだろう。

 

盆踊り唄「らんきょう坊主」(豊後高田市界) <77・45切口説>

☆それじゃナー コリャ出します(アヨイヨイ)

 薮から笹を(おくれよ短冊よ)

☆竹に短冊 七夕様よ(思いの歌を書く)

メモ:現在は踊られておらず、山香町向野と宇佐市の一部地域に残るのみである。頭3字を伏せた下の句を囃子が取るのが特徴で、界のらんきょう坊主は特にテンポが速かったようだ。

 

盆踊り唄「マッカセ」(豊後高田市草地) <77・77段物>

☆ありゃさエー 踊りはマッカセと変わる(ソリャマッカセマカセ) 東ゃ白んでも

 (ヨイヨイ) まだ夜は明けぬ(ドッコイドッコイショ) ヨーイナコラ

 まだ夜は明けぬ(ソラ ヤヤト ハーリハリ ヤヤノ ホーイソタ)

★肥後のエー 阿蘇山 南郷の手永(アラマッカセマカセ) 村を申さば

 (ヨイヨイ) 松山村よ(ドッコイドッコイショ) ここに千石

 庄屋がござる(ソラ ヤヤト ハーリハリ ヤヤノ ホーイソラ)

☆角の伊勢屋という町人は 肝が太うて大事を好む 大事を好む

メモ:マッカセは宇佐地方の踊りだが、隣接する高田でも広く親しまれている。基本的な踊り方はレソによく似ているが、宇佐地方のうちわをくるくると翻す所作を取り入れている。草地のマッカセは、枕音頭のときは☆のように中の句の下7字を返して唄うのに対して、文句に入ると★のように中の句を返さずに唄う。下の句の入りの部分の節(ドッコイドッコイショの後ろ)が少し異なる。

 

盆踊り唄「マッカセ」(豊後高田市小田原) <77・77段物>

☆踊るみなさん(ヨイヨイ) 厭いたよにゃござる(ドッコイドッコイショ)

 しなを変えましょこの次の句で(ヤットハーリハリ ヤーノエイエイ)

メモ:小田原のマッカセは節がとてもおもしろい。マッカセというと1節3句のものと1節2句のものがある。本場の旧宇佐市内は一様に1節3句で、他地域には1節3句のものと1節2句のものが混在している。或いは、山香町向野地区など、両者を自由に混交して唄う土地もある。

◎3句のマッカセの例

 (上) あまりエー マカセが続いたほどに(ソラマッカセマカセ)

 (中) 踊るみなさん(ヨイヨイ) 厭いたよにゃござる(ドッコイドッコイショ)

 (下) しなをかえましょこの次の句で(ヤットハーリハリ ヤーノエイエイ)

これから(中)の節が脱落したものが、2句のマッカセである。中の句の節がない都合で下の句の入り方が少し変化しているが、そう大きな違いではない。

◎2句のマッカセの例

 (上) あまりエー マカセが続いたほどい(ソラマッカセマカセ)

 (下) 踊るみなさん厭いたよにゃござる(ヤットハーリハリ ヤーノエイエイ)

小田原のマッカセも1節2句だが、おもしろいことに1節3句のマッカセから(上)の節が脱落している。そのためマッカセマカセ等の囃子も欠落しており、これはとても珍しくておもしろい。(中)の節が頭に来ているためか節回しが変化して、「エッサッサ」のような節になっている。(上)の節は音引きが多いが、ここを省いて(中)と(下)の節を繰り返すため、小田原のマッカセはよりと軽やかな印象を受ける。テンポも宇佐のものより速い。踊り方は草地のものとは少し違うが易しいので、レソやヤンソレサ等と同様、よく親しまれている。

 

盆踊り唄「ヤンソレサ」(豊後高田市草地) <77・77段物>

☆それじゃ皆さんヤンソレサをやろな(アラショイ コラショイ)

 アー皆さん ヤンソレサをやろな(ヤーンソレ ヤンソレサ)

★人は一世名は末代よ(アラショイ コラショイ)

 因果応報も仏の訓え(ヤーンソレ ヤンソレサ)

★昔いにしえ神代のときも 今が世までも正直者が

メモ:二つ拍子だが、囃子言葉から「ヤンソレサ」と呼んでいる。踊り方は大変易しく、継ぎ足をしながら2回うちわを叩き、ナンバを踏みながら円心を向くだけ、わずか3個間のみ。草地では枕音頭のときは☆のように上の句を返して、頭3字を詰めて唄うのに対して、文句に入ると★のように詰めずに唄っている。そのため、文句の部分では「ヤーンソーレヤンソレサ」と囃してはいるものの、節回しは「杵築踊り」になっている。

 

盆踊り唄「ヤンソレサ」(豊後高田市小田原) <77・77段物>

☆国は豊後で高田の御城下(アラセーヨイヨイ)

 御城下 本町 繁盛なところ(アラヤーンソーレ ヤンソレサ)

 

盆踊り唄「二つ拍子」(豊後高田市田染) <77・77段物>

☆人は一世名は末代よ(アラショイ コラショイ)

 因果応報も仏の訓え(ヤンソーレサッサーノ ヤンソーレサイ)

メモ:「ヤンソレサ」だが、こちらは頭3字をつめている。踊り方はヤンソレサと同じだが、3拍子のリズムである。

 

盆踊り唄「ヤンソレサ」(真玉町黒土) <47段物>

☆イヤサ お江戸のそのかたわらに(アラショイ コラショイ)

 アラソレソレ そのかたわらに(ヤーンソーレ ヤンソレサ)

☆花咲く青山辺の 青山辺の

メモ:黒土では、ヤンソレサのときは下の句の頭を伏せて「アラソレソレ」と詰めて唄っていたが、この頃は「杵築踊り」の節と混同して、下の句の頭を詰めずに唄うことが多くなってきている。

 

盆踊り唄「ヤンソレサ」(香々地町香々地) <47・47段物>

☆ハどなたもだんだんご苦労(アラセ コラセ)

 ハここらで中入りゅやろか(ヤーンソレ ヤンソレサ)

☆どなたもお覚悟なされ よければこの口さらば

メモ:頭3字を伏せているが、伏せずに3連符で唄う場合もあると思われる。

 

盆踊り唄「ヤンソレサ」(香々地町小池) <77・77段物>

☆じなしゅ数々述べましょよりも(アラセ コラセ)

 しばし間は理と乗せましょな(ヤーンソレ ヤンソレサ)

メモ:真玉や高田に比べるとずいぶんテンポが速い。そのため、2回うちわを叩いたあとの所作が前に歩くだけになっており、輪の進み方が速くなっている。節回しは、頭3字を伏せずに唄っているので「杵築踊り」の節を速くしただけになっている。

 

盆踊り唄「杵築」(豊後高田市東都甲) <77・77段物>

☆杵築踊りは速うてのろて(アラセ コラセ)

 速うてのろうてのどかな踊り(ヨーヤナ ヨヤヨーイ)

☆杵築踊りにゃだんだんご苦労 それじゃどなたもこの先頃で

メモ:この唄はかつて西国東で広く唄われたが、廃れ気味である。高田では、東都甲と田染(六調子と呼んでいる)に残るのみ。速見地方の「六調子」と同じ唄で、杵築の方から伝わったというのと、唐芋踊り系の六調子と区別する目的もあり、「杵築」と呼んだのだと思う。

 

盆踊り唄「六調子」(豊後高田市田染) <77・77段物>

☆ヤーレ嬉しや一輪が立ちて(サノヨイサノヨイ)

 それじゃこれから口説いてみましょ(アラヨーイソラ ヨイヤヨイ)

☆これぞ仏の盂蘭盆経よ 巧徳利生を説き分けなさる

メモ:市街地の唐芋踊り系のものとは異なり、「杵築踊り」と同系である。つまり、速見郡の「六調子」と同じ。3拍子のリズム。杵築や安岐の「六調子」は左右に5回から6回程度流すのに対して、田染の六調子は山香の「豊前踊り」のように両手を左右対称に振り上げて顔の前でくるりと返すのがおもしろい。ほかにもいろいろと変化は見られるが、基本的なところは杵築や安岐の「六調子」によく似ている。

 

盆踊り唄「杵築踊り」(真玉町上真玉、香々地町三重) <77・77段物>

☆花のお江戸にその名も高い(アラセ コラセ)

 音に聞こえし新宿町よ(アラ ヨーイソーラ ヨーイヤヨイ)

☆店ののれんに橋本屋とて 紺ののれんに桔梗の御紋

メモ:かつては真玉、香々地の全域で唄われたが、現在は山間部の一部集落に残るのみ。香々地では元来この踊りを最初に踊っていた。真玉の「杵築」は、唄も踊り方も田染の「六調子」によく似ており、杵築や安岐の「六調子」のおもかげを色濃く残している。テンポが遅い上に手数がやや多いので特に若い人からは敬遠されるようで、山間部の集落でも今では滅多に踊らない踊りとなってしまった。踊ったとしても、レソやヤンソレサでは二重に膨れ上がった踊りの輪が、「杵築」になったとたんに総崩れとなる始末で、このままでは近い将来、全く廃絶すると思われる。「とてもよい踊りだったのに、最近はめったに踊らなくなってしまって…」とこの踊りを惜しむ声も聞かれるが、実際に「杵築踊り」に切り替わったところで踊れる人が少なくすぐにほかの踊りに切り替えることが多い。

 

盆踊り唄「レソ」(豊後高田市草地) <77段物>

○じわりじわりと 文句と行こかコラサノサ(アーヨイショヨイショ)

 ヨイカナ 文句と行こか(ソラエヤ ソラエヤットヤーソレサ)

☆国は豊後の 高田の御城下コラサノサ(アーヨイショヨイショ)

 御城下本町 繁盛なところ(ソラエヤ ソラエヤットヤーソレサ)

★角の伊勢屋と いう商人はコラサノサ(アーヨイショヨイショ)

 肝は太うて 大事を好む(ソラエヤ ソラエヤットヤーソレサ)

メモ:レソは宇佐と西国東で広く踊られている。祭文のこと。他地域のレソに比べるとテンポは若干のんびりとしているが、所作が易しく手数も少ないので、ヤンソレサと並んで広く親しまれている。踊り方は地区によって若干差異があるが、同じ輪の中で踊っても問題がない程度(前後とぶつかったりしない)。草地地区では大正末期頃までは12種類程度もの踊りを踊っていたそうだが、今はレソ・ヤンソレサ・マッカセ・六調子の4種類に限られている。昔はヤンテコ、エッサッサ、杵築踊り等も踊っていた由。草地のレソは、枕音頭では○のように上の句を返して下の句の頭3字の節を詰めて唄うが、文句に入ると下の句の頭3字を詰めずに唄う。そのときは、普通の節の中にところどころ高く唄い出す節(★)を挿んで、変化を持たせている。

 

盆踊り唄「レソ」(豊後高田市小田原) <77・77段物>

☆一つ手を振りゃ千部の供養 コラサノサ(アーヤンシキドッコイ)

 二つ手を振りゃ万部の供養(ソラエヤ ソラエヤットヤー ソレサイ)

 

盆踊り唄「レソ」(豊後高田市田染) <77・77段物>

☆それじゃ皆さん レソやんでやろなコラサノサ レソはナー

 (ヨイショヨイショ) 踊りようてまた品がよい

 (ソラヨイ ソレエンヤヤト ヤンソレサイ)

メモ:田染のレソは、高田市街地とは節が異なっており、山香町向野や宇佐市のものにわりと近い。下の句の頭3字分の節を飛ばすかどうかが、市街地のものとは決定的に異なっている。踊り方は草地踊りのそれと対して違わないが、内側に蹴り出した後の足運びが異なる。

 

盆踊り唄「レソ」(豊後高田市田染 今下駄) <77段物>

☆それじゃ皆さん レソやんでやろかコラサノサ(ヨイショヨイショ)

 ソレソレ レソやんでやろか(ソレソレソレー ヤットヤンソレサイ)

 

盆踊り唄「レソ」(真玉町) <77段物>

☆わしが口説は ぬろうて速うてコラサノサ(アヨイサヨイサ)

 アソウカナ ぬろうて速うて(ソレガエヤ ソレガエヤットヤンソレサ)

☆踊るお方にゃ 合いかねまする 合いかねまする

メモ:真玉のレソは草地踊りのそれと唄も踊りもほぼ同じ。手の振りの高さがかなり低く、素朴な印象を受ける。まれに、下の句の頭3字を省かない節(77・77)を途中に挟んで唄う人もいるようだ。

 

盆踊り唄「レソ」(香々地町香々地) <77段物>

☆やれさ音頭さんぬ 褒めたちゅなればコラサノサ(アドスコイドスコイ)

 ヨイカナ 褒めたちゅなれば(ソレーヤ ソレーヤットヤンソレサ)

☆一で声がようて 二で節がよて 二で節がよて

 

盆踊り唄「レソ」(香々地町小池) <77段物>

☆人は一代 名は末代よコラサノサ(アヨイショヨイショ)

 ソレソレ 名は末代よ(ソーラエヤ ソーラエヤットヤンソレサ)

 

盆踊り唄「三つ拍子」(豊後高田市草地、小田原ほか) 77段物>

☆肥後の熊本(ソーラヨーイヨ) 南郷の手長(ヨンヤセー コリャセー)

☆小村申さば杉山村にゃ

メモ:草地地区では廃絶している。転訛して三つ星と呼ぶ場合もあった。小田原地区でも40年間ほど踊られていなかったが、この踊りを惜しむ声が高まり、2011年の夏に見事盆踊りに復活したとのこと。きっとこれからも小田原地区で親しまれていくだろうし、これを機会に他の地区でも復活するかもしれない。

 

盆踊り唄「手ぬぐい踊り」(真玉町潮見) <77・75切口説>

☆月のひょいと出を夜明けを違うてヨ(ハドッコイセー)

 様を帰して気にかかる(ヨイヨイ ヨイヤサノ コラマカセ)

☆臼野港に二瀬がござる 思い切る瀬と切らぬ瀬と

メモ:今は全く踊らない。加藤正人先生の音源を聴いてみると、短調の簡単な節回しで、音頭の部分は杵築方面の「祭文」に少し似ている。また、「ヨイヨイヨイヤサノ」の部分が地口とも節ともつかぬ唄い方で、楽しげな感じがする。近隣に類似する唄がまったく残っていないし手ぬぐい踊りというのも珍しく、おそらく新民謡として作られた唄ではないかと思う。もしかしたら「臼野小唄」などと呼んだ唄だったのかもしれない。しかしその確証がないし、「レソ」や「エッサッサ」等の一連の盆踊り唄と同列に扱われていたようなので、ここでは盆踊り唄のグループに入れた。伴奏は他の盆踊り唄と同様、太鼓のみ。切り替えや中入れ等の即興の文句も自由に入る。