鬼神お松口説

他郷を舞台にした仇討ちものだが、筋が面白いので県内でも親しまれたのだろう。

 

 

鬼神お松

 

ここに名高き仇討ち話 国は奥州安達ヶ原に 人里はなれて一つ屋ござる

この家血統はその名も高き 安達太郎とて勇士の武士よ ついに少しの訳あるゆえに

屋敷払われ逃げ行く先は 金竜山にて御蛛巣谷よ これに暫く住いをいたし

七十四人の巨魁となりて 娘お松は凶悪者よ 鬼の娘に鬼神とやらで

花の莟の十七人よ これをたとえて申そうなれば 小野小町か照手の姫か

顔は桜のその肌雪よ 顔に似合わぬ心は鬼よ 音に聞こえし笠松峠

ここに働く鬼神のお松 その名改め大胆者よ 年を老いたる旅人と見れば

持病の癪と騙して殺し 出家さんなら話を仕掛け 若い者なら恋路で殺し

今日も明日もと手にかけ殺し かかるところへ侍一人 小組小頭一刀流の

数多門弟数あるけれど 中に勝れし達人こそは 夏目弾正四郎三郎は

殿の用事で飛脚の者よ 国を立ち出でその風俗は 黒の小袖に四つ目の紋よ

鼠御紋の股引脚絆 差した大小はさめ鞘造り 中はあつばんだんひら物よ

一刀流にて閂差しよ 当世流行の竹の子笠よ 上に着込みのぶっさき羽織

かかるところは笠松峠 一つ登れば宿坊か薬師 二つ登れば娼婦が岩屋

三つ登れば十二が薬師 音に聞こえし一力屋とて 茶屋に腰掛け四郎三郎は

話いたせば亭主が出でて 申し上げます御客様よ このや深山をご存知あるか

ただし知らずば教えてあぎょう これや深山は物騒なれば 今宵我が家へお泊りなされ

四郎言葉は有り難けれど 我は旦那の急用なれば 花のお江戸に急ぎの者よ

またの御縁のお世話になろと そのやお茶をば早立ち出でて 山路差してぞ早急がるる

二十八丁のその松陰に 鬼神お松は早待ち兼ねて 向こうより来るあの侍は

年の頃をば五十と二三 着たる着物にあの大小は 十と二三両と相見えまする

これはしめたり持病の癪で 騙しくれんと小松の陰に 陰に腰をば打ちかけまする

かかるところへ四郎三郎は 鬼神お松と夢にも知らず もうしそこ行く侍様よ

あなた様には願いがござる 私は難波村勘蔵方へ 嫁に入りたるその折柄に

相性悪さに夫婦の喧嘩 離縁貰うて我が家へ行けば 水の癇癪起こりしゆえに

これや瀬多川渡れませぬと 涙ながらに頼みにゆけば 憐れ不憫と四郎三郎は

我が子不憫や悲しきゆえに 人の心は思わず知らず 若き女の不憫さゆえに

背負い渡して通さんものと 川の浅瀬はどこぞと訊けば 浅いところは深みと知らせ

深いところを浅瀬を云うて 深いところへ二足三足 背も立たねば差したる大小

背中女にしっかと持たせ 心烈しく渡さんものと 思う折から女の言葉

足へ水がと後振り向きて 抜いた懐剣四郎三郎が 胸へ突き立てあら恐ろしや

川の中にて儚い最期 無情の煙のからんで昇る 国の倅の専太がうちへ

夢か現か現れまする 父の四郎三郎が申することは 殿の御用で下りし道に

音に聞こえし笠松峠 これを下りて渡し場ござる 無念なるかよ女にかかり

最早その夜はや明け方よ 汝鬱憤晴らさんものと 云うて夢醒め専太が起きて

さては不思議と辺りを見れば 血潮染まりし片袖あれば 父の手跡と詳しくあれば

これを見るよりうち驚きて 直に御前へ願いを上る そこで殿様驚きなさる

直に専太は召し出ださるる 憐れ不憫の四郎三郎は 花のお江戸のその道筋で

いとし最期とお嘆きあれば 専太聞くより御前に向かい 敵討ちにてお暇願い

なおも殿様御取り上げて 未だ幼少の専太郎なれば 国の助太刀遣わすほどに

専太聞くより敵は女 何の助太刀一人もいらぬ 我も四郎三郎が実子のことよ

何の助太刀何いるものか それを聞くより御前の言葉 さても不敵な若侍よ

覚悟いたせと抜き打ちいたす 専太すかさず扇で受ける 御前様には喜びありて

数代伝わる差添やれば 直に専太は我が家へ帰り 母に暇の盃いたし

下に着込みし南蛮鉄の 鎖帷子手甲までも 三度笠からあの大小は

一刀流にて閂差しで 右の峠へ早急がるる これに十二の薬師がござる

音に名高き一力屋にて 腰を打ちかけ安らいければ 茶屋の女中の申することに

あなた様には何れへお出で 言えば専太の申することにゃ 我は笠松峠へ登る

云えば女中の申することは 最早七つの晩ともなれば あなた様にはお急ぎあれと

云えば専太はその茶屋出でて 急ぎ行くのは二十八丁よ 最早松原打ち越しまして

かかるところは笠松峠 最早用意の専太郎こそは 父の敵に逢いたいゆえに

最早四つとも思しき時分 松にもたれて女が一人 専太見るより女の声で

もうしもうしと険しき声で 呼べば専太は早立ち寄りて これは敵の女であるか

見るに女は差し俯いて わしは当所の百姓の娘 農協戻りのその折柄に

このや山にて持病の癪で 難儀お助け下されませと 云えば専太はふと心付き

月の明りで見廻しければ 年も人相も書いたる通り これは望みの敵の女

そなた癪とは偽りものよ このや街道の山賊なるか 云うて専太につめかけられて

それに女も思案に兼ぬる そこで専太が申することに いつか我が父四郎三郎を

このや川にて手にかけ殺し こちは夏目の専太というて さらば尋常に勝負をせよと

云えば女は覚悟をいたし どうで知れたる六段目には 我が名明かして聞かさんものと

安達太郎の一人の娘 鬼神お松とその名を明かし 常に用意の懐剣抜きて

目指す専太を突かんとすれば うんと答えて早抜きければ 一刀流にてすばやく譲り

火花散らして戦う中に 川の下より四郎三郎は そこへ現れ助太刀せんと

声をかくれば専太は進み 女後ろへさがりしことを 五六寸ほど女を切れば

木の根つまづき転びしところ 専太打ち込み女の肩を 直に一刀切るより速く

首をかい取り我が家へ帰り これを浮世の鏡としるす